第22話 用務員
「キミッ! 急いでっ、洞窟が崩れてきてる!」
「分かった! でも……」
「あの二人は、もういない。それが現実よ……」
「分かった」
手榴弾の爆発をきっかけとした洞窟全体の振動は、一層激しさを増していた。うねりが共鳴し、洞窟自体が叫びを上げていた。まるで先住民のたぎる怒りのように。
ハアッ、ハアッ、ハアッ。ジュンヤとライムは、久しぶりに外の空気を吸った。時間感覚は麻痺していて、何日経過したか分からない。それよりも二人にとって、日数は余り意味を持たなくなっていた。
――これから、どこに行けばいい。どこに向かえばいいのだろうか。
そんなことを考えれば考えるほど、ズキンと頭が痛んだ。そこに答えは見つからなかった。ただ苦悩が提示されるだけだった。残りの人数も日数も分からない。
押し寄せる恐怖と苦悩。隙を見せると、すぐに誰かに襲いかかられる圧迫感。正に戦争だ。
誰を信じ、何を頼りに――そして、誰を殺せばいい?
そんな考えがジュンヤを蝕み始めようとしていた。その思考を辛うじて食い止めてくれているのが、ライムの存在だった。彼女はおよそ卓越した存在であり、普遍的な考えを持っていた。
――ジュンヤを守るために、生きていくという誠実さだ。
その一心さが、ジュンヤの心を悪魔の囁きから守ってくれた。ジュンヤも同じことを思うようになっていた。彼女のために、生きよう――と。
小屋は跡形もなくなっていたが、例のオートバイ自転車は無事だった。辺りは夕暮れにさしかかっていたが、夜のとばりが降りるにはまだ時間がある。行動するなら今だ。
ジュンヤが自転車にまたがると、ライムも続いた。山道を転げるようにして降りる。
現実世界でいうところの市街地へ出ると、前に見たときと変わらない大きな一本道が伸びていた。
――この道を先へ進めというのか。そこに何が待っているんだ。
ジュンヤはやりきれない思いを抱えながらも、頭の中はこの殺し合いの世界に順応しつつあった。まずは次の武器を調達しなくてはならない、という思いが先んじた。
愛用していたトラップの魔界石は、クロダの魔界石と刺し違えるかたちで破壊された。
改めて手持ちの魔界石を確認する。長剣(タイタンの剣)は、金狼熊との戦いで消滅した。その熊から獲得した如意棒は、リクトに渡した。野球男から頂いた魔界石も全てない状態だ――手榴弾は使い果たし、お揃いのスリッパは小屋で焼失した。
今あるのは、ジュンヤとライムが着用しているレザーアーマーと、門番から奪ったハンドガンだけだ。ライムがハンドガンの弾数を確認し……残り三発と伝えた。
生き抜くためにも、次の魔界石が必要だ。そう考えた瞬間。
道路のど真ん中に、寝そべっている人がいる!
「うわぁああああ!」ジュンヤはハンドルを大きく右に切った。
ズザアアアアッ! 道を大きく外れ、草むらに激しく突っ込む。ライムの小柄な体が宙に浮くのを、ジュンヤはその下から見た。彼女は空中でしなやかに体を回転させていた。
まるで重さのない人形のような身軽さで、彼女は茂みの中に両足から着地した。ジュンヤは茂みが持つ弾力性に助けられるかたちで、無様にも背中から着地した。
ふう。ひき殺すことだけは免れたようだ。
「ちょっと! 何をしてるんですか、こんなところで!」ジュンヤが道路に戻り、珍しく怒る。
しかし、その寝そべっていた人が誰か分かると、怒りはすぐに消え失せてしまった。
「用務員さん!? 無事だったんですね!」
その老人は、はて? という顔をしてジュンヤを見上げた。初めは空腹で倒れていたのかとも思ったが、存外その動きは軽快だった。
「ああ、片桐君じゃないか。君も無事じゃったか」
――用務員の中河原とジュンヤは、よく話があった。先生達よりも格段に仲が良かったといっていい。校庭の落ち葉掃除をしながら、密かに焼き芋をごちそうになったことも何度かあった(校則では、落ち葉による焼き芋は当然禁止だが)。
学校内にいながら、学校のしがらみから超越した存在の老人――その雰囲気にジュンヤはある種の憧れすら持っていた。自分にとっての地獄にいながら、それを忘れさせてくれる存在。
「よかったです、無事で……。もう、学校もないし……」ジュンヤは会えた興奮とは裏腹に、かける言葉が見つからなかった。そこでとりあえずライムに話題を振った。
「こちら、用務員の中河原さん。ライムさんも知ってるよね?」
「ええ、直接お話ししたことはないけど。音無ライムと言います」と、ライムが用務員に丁寧に頭を下げる。
「どうも、こんばんは。音無さん……一年生の子かな。もう、生き残ってる生徒もほとんど……いないところじゃて。二人に会えるなんて実に幸運じゃ」
「ほとんどいない? 用務員さん、どうしてそんなことが分かるんですか!」ジュンヤが食いついた。
「ちょうどわしが授かった能力というのは……戦闘には向かない、見通す能力という奴での。千里眼みたいなものなんじゃ」
定年間近で腰がすっかり曲がった用務員が、説明を続ける。
「その力の情報によると、一人の強い力を持った男が、多くを殺戮しているようじゃな。校舎を破壊したのもその男さ」
ジュンヤは、少しかすれた用務員の声を懐かしく感じた。どこかで聞いたような、そんなふうにも思った。
「その男は……今、どこにいますか? 僕達の近くにいますか?」
「ほっほ。その男は、ここからずうっと先の塔におる。天空までそびえ立つ塔じゃな。そこから、この世界の頂点に立とうとしているわい」
「そうですか。遅かれ早かれ、その人とは戦う必要があるんですね。そうだ! 用務員さん、今どれぐらい時間が経ったかとかは分かります? その……千里眼の能力で」
「うむ、ちょうど一週間が過ぎたところじゃな。十四日間の殺し合いだとすると、ちょうど半分、折り返し地点といえるかのう。しかし……」
「どうかしたんですか?」
「おかしいとは思わんか? その減る速度について……。もうほとんど残っておらんのじゃぞ。一体、この学校の生徒は何人いると思ってる? 千人以上は、いたんじゃよ」
「たしかに……。僕が交戦する速度と比べてみると、明らかに早いですね」
「彼の戦い方は、戦闘じゃない。戦争じゃ。実に見事な戦いぶりと言っていい。まあ、その戦いを見るには、特等席にいく必要があるがの」
用務員がデストロイヤルの戦闘を、ショーに例えるように聞こえたのでジュンヤは少しムッとした。
「彼は強い。じゃが、対抗できる強さの魔界石がどこにあるのかを教えることはできる。千里眼の能力は、そうしたことを得意にしているのじゃ」
「教えてください! お願いします」
「ここから先に進むと、遺跡……いや、廃虚じゃな。廃虚がある。そこに、お主を導く石があると告げておる」
「本当ですか! ありがとうございますっ!」ジュンヤは目的ができ大喜びした。
「ありがとう、用務員さん。その情報は、轢き殺さなかったお礼ですか?」ライムも彼女流で礼を述べた。慌ててジュンヤが口を挟む。
「でも、ここで倒れ込んで何をしていたんです? もしかして、お腹が空いてるんですか?」
「いやいや、その心配には及ばんよ。こう見えても、わしは水や食糧の備蓄をたんまり持ってるからのう。最初に食堂に向かったのも、わしぐらいじゃったからの」
「はは……そうだったんですか」
老齢な用務員が困窮していないことが分かっただけでも、上出来だろう。
「どうです? この自転車にまだ乗れますけど。一緒に行きませんか?」
「いや、いいさね。もしまた誰かがここを通ったら、道案内でもするからの。それがわしの役目じゃ。気にしないで、行くがいい」
「分かりました。それじゃ……変な言い方ですけど、お元気で」
「さようなら」とライム。
「ああ、二人も気をつけてな」
そう言って用務員と別れた。目的地は明確になった。まずは廃虚に向かい、そこで魔界石を入手しよう。そしてその後は、塔に向かうことになるだろう。
ジュンヤはフロート・モービルを飛ばしながら、頭の片隅にくすぶる思いを拭いきれなくなってきていた。
――もしかしてこの世界は、他でもない……この僕が望んだ世界なんじゃないか?
強く頭を振った。いや、違う。確かに元の世界がなくなってしまえと心から願ったのは事実だが、だからといって、他人を殺したいほど憎んではいなかったはずだ。リクト君やムラ君であっても。
しかし、そんな自分の思いに、自信が持てなくなりつつあった。自転車の右についているミラーでライムの顔をチラリと見る。すると、彼女にしてはとても珍しい……ニコリとした笑顔をそのミラーへ映した。
その表情を見てジュンヤは安心した。そうだ、僕は彼女のことを元の世界でも知っていた。その彼女をこの世界に巻き込むなんてことを、するはずがない。あれは確か――
◆確認された魔界石
万華眼〈全てを見通す千里眼〉
レア度:★★★★★★★★
カテゴリ:ミュレット〈特殊〉
攻撃力:0
攻撃範囲:S
戦闘の相性:剣などの打撃系……×、魔法などの範囲攻撃……×、その他特殊系……×
説明:非常にレアなミュレット。この世界の戦況を把握することができる。遠くを見通すことができるが、近くのものを見るのは苦手。戦闘などは近くで見なくてはならない。




