第21話 咆哮
クロダは叫んだ。まるで獣のように。
「何てことをするんだ、くそぉおおお! お前の魔界石と引き換えに、俺様のレア石を消しただとぅ! これだから、お前みたいな虫けらは!」
頭をかきむしりながら、声を荒らげる。そして、地面に足を打ち付けて悔しがった。
〈あれっ?……俺達どうなってたんだ?〉
ジュンヤがクロダの魔界石を消滅させたことにより、魅了されていた生徒達は我に返った。そして口々に言った。
〈あの野郎……クロダのせいで、俺達は何人殺めてきたか……〉
五人衆に続き、洞窟の陰から魅了の効果が切れた生徒達が姿を現した。その数ざっと二十名。それぞれが操られていたときの記憶があると見て、武器を片手にクロダへにじり寄っている。クサリ鎌や双剣、ショットガンなど、攻撃力の高そうな武器がズラリと並ぶ。さすがにあの人数と武器を相手にするのは、容易じゃないはずだ。
「お、お前達……落ち着け、な」
クロダが薄ら笑いを浮かべながら、後ずさりを始める。彼の包囲網が出来上がった。
しかしジュンヤはその嫌な予感を拭いきれなかった。クロダの指にはめられた指輪が、まだ残っているのが見えたからだ。判断をライムに仰ぐ。
「彼の能力が本当にあれだけなのか、それを見極めてから攻撃すべきよ。キミ、皆に声をかけられる?」
「もちろん」ジュンヤは言った。
本来、彼はそうした行動が苦手だ。皆に向かって何かを一方的に話すことなど、基本的には不得意だ。しかし彼は、いとも簡単にやってのけた。
「皆! クロダを攻撃するのは危険だ! もう少し距離を取って、相手の武器を確認してからにして!」ジュンヤは精一杯叫んだ。自分の言葉で。しかし……
〈何言ってんだ、あいつ? この人数でボコれば決まりだろーが〉
〈こっちは朝晩こき使われてな、はらわたが煮えくり返ってるんだ〉
〈そうよ、女子全員の仇を取ってよ。あいつ、私達に何をしたと思う? あのサイテー教師!〉
二十名の集団は興奮状態にあり、誰一人としてジュンヤの忠告を聞かなかった。そしてすぐさまクロダを湖の際まで追い詰めた。彼の足が、湖にさしかかったそのとき。
それまで静かだった水が、意志を持ったように水柱を立ち上げた。風の竜巻のように、上空へ向かって。
〈おい、何だありゃあ!〉
〈きゃあああああ! 助けてっ、誰か助けてー!〉
七本ほどの水の竜巻が、次々と生徒に襲いかかる。クロダが笑う。
「クククッ、すっかり騙されたようだな。この魔法が、指輪から出るんだよ。見ろ、この指輪の魔界石はこれだぁ!」
クロダは、一段と相好を崩しながらひとつの魔界石を取り出した。その色は――赤ではなく、虹色だった。
魅了の能力は、ジュンヤのトラップと同じ不可視のタイプだった。赤い魔界石を破壊しても、本命の魔界石をまだ隠し持っていたと言うことだ。それも厄介なことに、見たことのない色で……レア度の想像がつかない。
ドゥワアアア! ドパアアアアッ! 不用意に近づいていた生徒達は全員巻き上げられ、水の奔流へと飲み込まれていく。あの魔法に対し、銃や剣では全く歯が立たない。
二十人分の悲鳴が洞窟内にこだまし、やがて静寂へと変わった。圧倒的優位からまだ数分も経っていないのに、状況は急転直下していた。
「ん? 何のんびりと構えてんだ、お前ら? そこも十分に射程距離だからな」クロダは言う。
シュドァワアア! 水の竜巻が一筋、ジュンヤへ狙いを定めた。水流がジュンヤの足下に絡みつき、湖へと引きずり込む。
「キミ! 手を出して!」ライムが叫ぶ。
ジュンヤは懸命に手を伸ばしたが、凄まじい勢いで一気に湖に引きずり込まれた。
ガボガボウアッ! ジュンヤは深淵なる地下水脈に全身を引きずり込まれた。もがいても相手は水である。反撃のしようがない。
水面のゆらめく光が脳裏に映り込む。そして、みるみる湖底へと連れ去られていく。
ガボガボッ! 鼻に水が入り、呼吸ができない。水没していく……。意識を一気にもぎ取られそうになったとき、水中にライムの姿が見えた。
グン! 魔法の力には動じないように――世界の理に干渉されないように、ライムは泳いだ。その脇にはジュンヤを抱えている。
プハアッ! ジュンヤが水面に顔を出し、呼吸をした。ライムは人魚のように泳ぎ、ジュンヤを岸まで運んだ。水色と白のレザーアーマーは彼女の体にフィットし、陸へ上がったその姿は、本物の人魚と見まごうほどだった。
「何だ、音無……。お前にはそんな能力もあったのか。まあいい。体力の続く限り、それを何度も繰り返すのも面白かろう」
その言葉にライムは、はっきりと顔色を変えた。もう一度泳ぐ体力など残っているはずもない。次に水中に引きずり込まれたら、それで終わりだ。
するとリクトが、ジュンヤとライムの元へ駆け寄った。ジュンヤはたらふく水を飲み、ぐったりしている。そのジュンヤに向かい、リクトは話し始めた。
「ジュンヤ、聞こえるか? 少しだけ俺の話を聞いてほしい」
ジュンヤは言葉は軽くうなずいて答えた。リクトはそれを確認すると、ゆっくりと話し始めた。
「何て言うか……。俺はいつも、目に見えない不安に押し潰されそうな日々を過ごしてたんだと思う。何もやりたいことが見つからねえ、ゴミみたいな人生さ。それを少しでも紛らわそうと、あの世界にいた頃は……お前を攻撃した。許されることじゃねえ。今なら……はっきりとそれが分かる。誰にも人を傷つけていい権利なんてないんだ。俺ら……いや、俺が小心者で卑怯者だっただけさ」
ジュンヤはリクトの話の真意を測りかねたが、黙って聞くよりなかった。
「でも、今は違う。この世界に来て少しだけ感謝しているのは、そこなんだ。俺にもやるべきことがある。俺にしか……できないことがあるって、な。あいつは俺が倒さなきゃならない。それが俺に課せられた試練なんだ」
「リクト君……」
「まあ、見てろよ」
リクトがそう言ってジュンヤに見せたのは二個の手榴弾だった。
「あのビビりなムラがさ、この一個を最後に俺に託したんだぜ。どういう意味か分かるな? 仇を取ってくれって……そういうことだ」
リクトはそれだけ言うと、クロダに向かって全力で走った。狙い澄ましたかのように水の竜巻がリクトをつかみ上げた。しかし、リクトの両腕にはクロダがいる。
クロダは竜巻に持ち上げられながらも、余裕の表情で言った。
「おいおい、こんな密着した体勢でどうするつもりだ? 銃や剣を出したとして、この距離じゃ何もできないだろ。お前は本当にバカだな。ほら、一旦地上に降りるチャンスをやるから、もっとましな戦い方でこい」
「クロダよぅ。俺はバカだから、こんな戦いしかできないんだわ。それこそ俺らしいだろ!」
二人の体は水の渦に支えられ、高く持ち上げられている。リクトはそこから水流に負けないように、両腕を開いた。その手には、二個の手榴弾が握られていた。
「おっ、お前……まさか……」クロダの顔が青ざめる。
「そのまさかだよ!」クロダに抱きついたまま、リクトは手榴弾のピンを口で抜いた。
――三秒後には爆発する。彼との別れを惜しむには少なすぎる時間だ。
三秒……、二秒……、一秒……。しかし、爆発しない!
「ど、どうして……」宙ぶらりんの体でリクトが言う。「な、何だよ! ちっきしょう! おい!」
「フハハッ、お前は運にまで見放されたようだな。大方、雑な扱いをして手榴弾が湿気ったんだろうが。面倒くさい奴だ。一人だけ落ちて死ね!」
高く掲げられた水流から、今にもリクトだけが引きはがされそうになった瞬間。
――クロダ目がけて照準を合わせる者がいた。他でもない、FPSの射撃を得意とするジュンヤだ。しかし、その腕を持ってしても狙いを定めることはできない。クロダはピッタリとリクトの背後に回り、完全に体を隠している。その両手でリクトの首を絞めにかかっている。
「ジュンヤーッ! 頼む! 俺を……俺の持つ手榴弾を撃ってくれー! こいつの暴走を止めるためにも。ムラの仇のためにもっ」
「駄目だよっ、できない! リクト君」
「バカ野郎……。俺を無駄死にさせる……気か」
それを見て、ライムが言った。
「キミができないのなら……私がやる。あの強大な魔界石を使う奴を倒せるのは、今しかない。銃を貸して」
リクトは、今にも手榴弾を湖に落としそうになっている。ジュンヤはライムの方を向き、小さく首を振って答えた。そして、リクトをしっかりと見据えた。
「リクト君、分かったよ! その思いは受け取ったから。無駄にはしない! これで……決める!」
バン! ハンドガンから、ジュンヤの決意を込めた銃弾が飛んだ。
ドゥバアーーーン! グゥオオオーーー! どちらの声か分からないが、咆哮が聞こえた。
手榴弾の激しい爆発は、リクトとクロダのどちらの肉片も、この世界に残さなかった。
◆確認された魔界石
ウォル・トルネイド〈深海の竜巻〉
レア度:★★★★★★
カテゴリ:魔法〈水属性〉
攻撃力:500
攻撃範囲:B
戦闘の相性:剣などの打撃系……◎、魔法などの範囲攻撃……○、その他特殊系……◎
説明:非常にレアな魔法。水の竜巻を操り、その濁流へと敵を飲み込む。水の近くで発現されるとほぼ最強クラスに属する。以下、水魔法についての伝説を引用する。
――水魔法の使い手は、海の魔物すら恐れるほどだ。海面を真っ二つに割る能力を操り、幾千年前の沈没船ですら引き上げることができる。罪深いものを深海に沈め、永遠の沈黙を与えることも可能とする。




