第14話「重なり合う青の奇跡」
歩み寄るユージーンの影が、アイラの視界を覆い尽くしていった。
彼の長い腕が伸び、アイラの華奢な肩を引き寄せる。
抱きしめられた瞬間、上質な外套の毛織物の匂いと、彼特有の冷たい夜気の香りが、アイラの感覚を満たした。
包帯を巻かれた左腕も、躊躇うことなくアイラの背中に回されている。
背骨がきしむほどの強さで抱きしめられながら、アイラはその胸板に顔を埋めた。
彼の激しい心音と、荒い呼気が、衣服越しに直に伝わってくる。
「……長かった」
頭上から降ってきたのは、かすれ、今にも泣き出しそうな声音だった。
ユージーンの大きな手がアイラの後頭部に添えられ、慈しむようにその髪を撫でる。
「その言葉を聞くために、俺がどれだけの夜を数えたか……お前には想像もつかないだろうな」
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」
「謝るな。もういい。……お前が俺を選んでくれた、それだけで十分だ」
ユージーンはアイラを腕の中に閉じ込めたまま、自らの上着の内ポケットへと右手を差し入れた。
取り出されたのは、小さな銀の細工物だった。
彼がアイラの体をわずかに離し、二人の間にその品を掲げる。
夜の光の下に現れたのは、精巧な唐草模様が彫り込まれた、一対の銀の指輪だった。
その中央には、極小の青い原石の破片が、それぞれ埋め込まれている。
「十年前、お前に渡したあの石を割った時、欠け落ちた小さな破片だ。いつかお前に渡すと誓って大切に保管し、数年前から腕利きの金細工師に預けて指輪に仕立てさせていたんだ」
ユージーンはアイラの左手をそっと持ち上げた。
彼の硬い指先が、アイラの薬指をなぞる。
「侯爵家の家名などではなく、一人の男としての俺の魂をお前に預ける。……俺の生涯のすべてをかけて、お前を守り、愛し抜くことを誓う。俺の妻になってほしい、アイラ」
迷いなど、一片たりとも存在しなかった。
アイラは涙で濡れた瞳を真っ直ぐに上げ、力強くうなずいた。
「はい。喜んで……お受けいたします」
冷たい銀の輪が、アイラの薬指の根元へと滑り落ちた。
指のサイズは、驚くほど寸分の狂いもなく一致していた。
彼がどれほど執拗に、自分の指先の大きさを記憶に焼き付けていたかが伝わってきて、胸の奥が熱く疼く。
アイラもまた、もう一つの指輪を震える指先でつまみ、ユージーンの左手の薬指へとあてがった。
剣の素振りを重ねて太く角ばった彼の第二関節に、銀の輪が一度引っかかる。
ユージーンは小さく息を吐き出し、指の力を抜いて、アイラの手を導くように自ら指先を滑り込ませた。
冷たい金属が青年の皮膚の熱を吸い、やがて互いの体温と同じ温度へと同化していく。
その瞬間だった。
二人の胸元に下がる対のペンダント、そして薬指に嵌められた小さな双子の石が、一斉に目も眩むような光を放ち始めた。
これまでの乱れ狂った不協和音は、跡形もなく消え去っていた。
二つの魂の境界が溶け合い、同期を果たした魔石は、純粋な碧落の輝きを放ち、螺旋を描いて夜空へと立ち昇る。
見張り台の上を、透き通るような青い燐光の嵐が包み込んだ。
指の隙間から漏れ出す青い光が、石壁のひび割れや、足元の敷石の継ぎ目をひとつ残らず照らし出している。
冷たい夜風の中で、その光だけが春の陽だまりのような熱量を帯びて、二人の体を優しく温めていく。
十年間、互いを傷つけ、互いを求め合いながらもすれ違い続けた二人の波長が、ついに一本の完璧な旋律となって世界に鳴り響いていた。
「アイラ」
光の渦の中心で、ユージーンが囁いた。
彼の顔がゆっくりと近づいてくる。
藍色の瞳に映っているのは、涙を拭い、微笑みを浮かべるアイラの姿だけだった。
幼馴染という名の薄い仮面は、いま完全に砕け散り、風に吹かれて夜の彼方へと消え去っていた。
重なり合う吐息。
触れ合う唇の柔らかさと、皮膚を通して伝わる激しい熱の奔流。
交わされた口づけは、これまでの苦痛に満ちた歳月のすべてを洗い流し、確かな愛の存在を魂に刻みつける儀式だった。
二人が唇を離した時、青い燐光は静かに収束し、互いの胸元の石と指輪の奥へと穏やかに吸い込まれていった。
残されたのは、指先を固く絡め合い、互いの体温を分かち合う二人だけの静謐な世界だった。
見下ろす星都市アルケナの灯火が、二人の門出を祝福するように、夜の底で静かに瞬いている。
幼馴染の長い夜は終わりを告げ、二人で歩む明日が確かに始まろうとしていた。




