第6話「そらみちゃんとの開戦(前)」
フォロワーが三百を超えたのは、七月の最初の週だった。
「もうちょっとなんかバズるやつ出せないかな」と浅井がLINEすると、「考える」と返ってきた。三分後に「明日の昼、屋上来て」と来た。
朝、通知を開いたら、数字がおかしかった。
七十七件、と書いてあった。
浅井は二度見した。スマホを振った。数字は変わらなかった。
引用RTの一番上に見知らぬアカウントがあった。猫のイラストのアイコン。フォロワー二万三千人。
@sorami_1204。プロフィールに「フェミニスト・社会活動家」と書いてあった。
タップした。
「こういう頭おかしい"学術ごっこ"に若い子が乗せられてるの本当に心配。マダニに人間を例えて「反応だけで生きろ」って意味わかってんの?ただの宗教じゃん。迷惑なんだけど。」
スレッドが続いていた。
「フィールド"詳細非公開"ってウケるんだけど。どうせ実在しないでしょ。詐欺じゃないの?」
「フォロワー増えたからって調子乗ってる感じ、ほんとキモ。」
コメントが千件以上ついていた。「そうそう」「この手のやつが一番やばい」「洗脳系でしょ」。
浅井はしばらく画面を眺めた。
怖いというより——すごいな、と思った。こんなにはっきり言うやつがいるのか。
「見た?」と藤代にLINEした。
「見てる笑」と即返信が来た。「最高じゃん」
「最高?」と打ち返した。
「昼な!」
昼休みの屋上に行ったら、藤代が先に来ていた。
フェンスにもたれて、スマホをいじっていた。浅井が来ると顔を上げて「来た来た!」と言った。
「最高ってどういうこと」と浅井は言った。
「これ、伸びるよ!」と藤代は言った。「でかいアカウントに絡まれるって、一番注目集まるやつじゃん!」
「でも悪口めちゃくちゃ書かれてるんだけど」
「それがいいんだって!向こうが先にキャラ立ってるから、こっちが冷静に返すだけで一気に印象変わる!」
浅井はもう一度スレッドを読んだ。「頭おかしい」「ただの宗教」「キモ」。
「……確かにこれは返したくなるな」と浅井は言った。
「でしょ!しかも向こう、感情的になりすぎてるから返しやすい。何て返す?」と藤代が身を乗り出してきた。
浅井は少し考えた。「ユクスキュルの話が一番やりやすくない?「意味わかってんの?」って書いてるけど、俺、論文読んだことあるんだよな」
「あ、それめっちゃいいじゃん!引用できる?」
「たぶんできる」
「それだ!「意味わかってんの?」って言ってきてるんだから、わかってますってちゃんと示す。しかも感情ゼロで!」
「ゼロで返したら余計煽りにならない?」と浅井が言った。
「なるなる!でも"煽り"じゃなくて"冷静"に見えるのがミソで」
「どう違うの」
「俺たちが怒ってなさそうだと、向こうの怒り方が浮くんだよ!」
浅井は「なるほど」と思った。「じゃあ「詐欺じゃないの?」のとこはどう返す?」
「直接答えなくていいんじゃないかな」と藤代が言った。「本文のどっかに「非営利で会費とかない」ってさらっと書けば、返したことになるじゃん」
「答えてる感じしない答え方か」
「それがいい!」
放課後、藤代の部屋でテーブルを向かい合った。
扇風機が回っていた。コンビニのアイスコーヒーが二本あった。
「書こう書こう!」と藤代が言って、ノートを開いた。
浅井はスマホで論文を探しながら「ユクスキュルって1926年に提唱した——」と言った。
「それたぶん長すぎる笑 一文でいい」
「「ユクスキュル(1926)が提唱した環世界概念において、マダニは〜」くらい?」
「あーいいな!本がありますって感じ!」
「俺が書くか」と浅井が言って、ノートを受け取った。たたき台を書いた。
藤代が読んだ。「最後の一文、なんか弁解っぽくない?」
「どこ?」
「「誤解されているようですが」ってとこ」
「消す?」
「消した方がいいな。弁解してるやつって、後ろめたい感じがするから」
浅井は消した。「あと「ご指摘ありがとうございます」も消す?なんかへこへこしてる」
「消して消して!こっちは全然へこんでないもん!」と藤代が笑った。
浅井も笑った。確かにへこんでいなかった。むしろ楽しかった。
「最後どうする?」と浅井が聞いた。少し考えてから「これ入れたい」と言って書き足した。「「なお、本センターは非営利の研究機関であり、会費・入会金等は一切存在しない」」
「あー!」と藤代が声を上げた。「これ最高!向こうが「詐欺じゃないの?」って言ってたやつへの回答になってる!」
「答えてる感じしないでしょ」
「ちゃんと答えてるのに答えてる感がない!これだよこれ!」
投稿したのは夜の八時過ぎだった。
二人でスマホを見ていた。最初の五分は何も来なかった。
六分後にいいねが三つついた。
九分後に「WBRCの返し、真っ当じゃないか」というコメントが来た。
十五分後に「そらみちゃんの方がなんか感情的じゃない?」という引用RTが来た。
「動いてきた!」と浅井は言った。
「明日どうなるか楽しみだな」と藤代が言った。にやにやしていた。
浅井もにやにやしていた。自分がにやにやしていることに、途中で気がついた。
朝に通知を見たときは怖かった。でも今は——面白くなっていた。
「最初、怖かったのにな」と浅井は言った。
「俺はずっと面白かったよ!」と藤代が言った。
外はもう暗かった。扇風機がまだ回っていた。コーヒーはとっくにぬるくなっていた。




