第5話「最初のフォロワー100人」
六月になって、WBRCには少しずつリズムができてきた。
週に三本か四本、気が向いたら五本。観察記録は短い。三行から五行。でも写真を選ぶのに時間がかかった。
これは藤代のアイデアだった。
「研究センターなのに、ビジュアルが地味だと説得力がない」と藤代は言った。「ヴィラ・ナチュラーレの"生活"を見せよう」
そこからAIで画像を生成するようになった。夜の屋外プールのそばで人々が話している場面。芝生の上でシャンパンのグラスが並んでいるBBQの光景。明け方の浜辺に焚き火が見える写真。全部、架空だった。キャプションには「研究合宿の一コマ」「先輩研究員より」と書いた。
実態は高校生二人だった。
「これ、詐欺じゃないの」と浅井は一回だけ言った。
「誰かを騙してるわけじゃないから詐欺じゃない」と藤代は答えた。「ただ雰囲気を作ってるだけ」
「雰囲気って何?」
「入りたいって思わせる空気。内容に共感しても、場所に惹かれないと人は来ない」
浅井はそれについてそれ以上考えなかった。写真の出来は確かによかった。
フォロワーが四十を超えたころ、藤代が言った。
「マダニについて書きたいんだけど」
「マダニ?」
「ユクスキュルって人の理論。マダニって視覚がなくて、感じられるのが温度と酪酸と振動の三つだけなんだって。それだけで生きてる。18年待てる」
浅井は「何が言いたいの」と聞いた。
「そっちの方が幸せなんじゃないかって。余計なものを感知しないから、不安もない。焦りもない。意識っていうのが、人間をむしろ不幸にしてる気がする」
「それ、考察記録に書くの?」
「書く。重いかな」
浅井は少し考えた。これまでのWBRCの投稿は、どちらかというと軽かった。エスカレーターで止まる人とか、試食を三回食べるおじさんとか。でもたまに重いのがあってもいい気がした。
「書いてみれば」と浅井は言った。
「浅井が書いてよ。俺が考えたやつを言語化するのは浅井の方がうまい」
浅井は「そんなことないだろ」と言ったが、藤代がノートを差し出したので、書いた。
三十分後、こんなものができた。
【考察記録 No.31】
マダニ(Ixodida)は、視覚を持たない。
感知できるものは三つだけ——体温、酪酸、振動。
この生物は、それだけで生きる。
18年間、一本の枝の上で待ち続けることができる。
飢えを感じることなく。焦ることなく。
ただ、反応を待って。
本センターは、マダニこそが生物の幸福のもっとも純粋な形に近いと考察する。
彼らには、意味のない「思考」が存在しない。
写真は、藤代が選んだ。霧の中に立つ白樺の木が一本だけ写っている、静かな森の画像だった。
「重すぎない?これ」と浅井は言った。
「重いのがいい気がする。いつもと違う方向から来た方が刺さる」
投稿した。
翌朝、通知が止まらなかった。
「怖いけどわかる」「なんか救われた気がした」「ここの投稿でいちばん好き」。リポストが次々に来て、引用コメントがついて、知らないアカウントに紹介されていた。
昼休み、屋上で二人でスマホを見た。
「どの層に刺さったんだろ」と浅井が言った。
「疲れてる人かな」と藤代が言った。少し考えてから続けた。「考えすぎるのがしんどい人。俺もそういう気持ち、わかるから書いたんだけどね」
浅井は「藤代が疲れてる感じ、しないけど」と言った。
藤代はちょっと笑った。「してるよ、ちょっとは。しないように見せてるだけで」
浅井は何か言おうとして、やめた。それでいいと思った。言わなくてよかった。
フォロワーが百になったのは、帰りの電車の中だった。
通知で気づいて、画面を見た。ちょうど百だった。
藤代にLINEした。「100」
三秒で返ってきた。「見た。お疲れ」
お疲れ、という言葉が少し可笑しかった。何に疲れたのかわからないが、でも確かに何かをやってきた気がした。
しばらくして、もう一通来た。「明日、新しいの出そう。マダニの続き」
「思想シリーズにするの?」と返した。
「そういうわけじゃないけど、続きがある気がする」と返ってきた。
窓の外を夕暮れの住宅地が流れていった。百一人目は、もうそこにいた。
マダニが枝の上で待っているように、何かがゆっくり近づいてきていた。浅井にはまだ、それが何なのかわからなかった。




