第4話「ヴィラ・ナチュラーレ」
投稿から五日で、フォロワーが七人になった。
七人というのは多いのか少ないのかわからなかった。ただ、見知らぬ誰かが七人、WBRCのアカウントをフォローしているという事実は、少し奇妙だった。自分たちが作ったものを、知らない人間が見ている。その感覚に慣れるのに、もう少し時間がかかりそうだった。
「公式ページ、作りたいな」と藤代が言ったのは、ある日の昼休みだった。
「SNSだけじゃなくて?」
「センターに公式サイトがないのはおかしくない?研究フィールドの名前もほしい」
「名前?」
「センターの拠点。住所じゃなくて、固有名詞」
浅井は「それどこに使うの」と言った。
「サイトに書く。『本センターはXXを主要研究フィールドとする』」
「それ、この公園じゃないの」
藤代は少し考えた。「この公園ではある。でも"この公園"と書くより、名前があった方がいい」
なんとなくわかった。名前があると、本物っぽくなる。それだけの話だった。
放課後、二人は件の公園のベンチに来ていた。
砂場で子どもが遊んでいた。鳩が三羽、パンくずをつついていた。ジョギングのおじさんが通った。それを眺めながら、浅井はノートに名前の候補を書き出していた。藤代も別のページに書いていた。
五分後、二人でノートを見せ合った。
浅井の案: フィールドα、野生観察地点01、南口公園フィールド、KGフィールド
藤代の案: ネイチャーベース、グリーンサイト、センターフィールド
二人でしばらく無言だった。
「全部弱いな」と浅井が先に言った。
「弱い」と藤代も認めた。「フィールドαとかKGフィールドは番号っぽくていいけど、英語が普通すぎる」
「南口公園フィールドはそのまますぎるし」
「ネイチャーベースとかグリーンサイトは会社の会議室みたいだ」
二人はまたしばらく考えた。鳩が一羽どこかに飛んでいった。残り二羽は引き続きパンくずを食べていた。
「ラテン語とかは」と藤代が言ったのは十分後だった。
「学術っぽさはある」
「ただ読めないやつが大半じゃね?」
「こういうのはかっこよさ重視で」
浅井がスマホで調べた。「ロクス・ナチュラリス、っていう組み合わせがある。自然の場所、みたいな意味で」
「ロクス・ナチュラリス」と藤代が繰り返した。「……くすりっぽい」
「わかる。飲み薬っぽい」
没にした。
「フランス語は」と浅井が言った。
「パルク・ソヴァージュ。野生の公園」
「テーマパークっぽい」
「あとフランス語は気取ってる感じがする。WBRC的じゃない」
没にした。
浅井はスマホで「自然 邸宅 かっこいい 外国語」と検索した。もはやなんの検索ワードかわからなかった。
「イタリア語は」と出てきた記事を見ながら言った。「ヴィラ、が邸宅って意味で。ナチュラーレ、が自然な」
「ヴィラ・ナチュラーレ」と藤代が言った。
二人で一秒、黙った。
「悪くない」
「悪くないけど」と浅井は言った。「響きだけで決めていいのか」
それお前がいうのか、と考えはしたが「ちょっと待って」と藤代がスマホで検索した。「もう少し候補出す。カンポ・ヴェルデ、が緑の野。フォレスタ・セルヴァ、が森と野生。ピアッツァ・ナチュラーレ、が自然の広場」
四択になった。
「ヴィラ・ナチュラーレ、カンポ・ヴェルデ、フォレスタ・セルヴァ、ピアッツァ・ナチュラーレ」と浅井が読み上げた。
「ピアッツァはもうほぼピザ」
「フォレスタ・セルヴァは長い。言いにくい」
「カンポ・ヴェルデとヴィラ・ナチュラーレか」
「好み?」
「好み」
二人とも少し悩んだ。浅井はカンポ・ヴェルデの方が短くて言いやすいと思った。でも藤代はヴィラ・ナチュラーレの方が「邸宅」という意味が乗っていて面白いと思っているようだった。
「決めよ」と浅井が言った。「クジで」
「クジってどうやって」
「じゃんけん。勝った方が決める」
藤代は「それでいいか」と言った。浅井は「それでいい」と言った。
じゃんけんをした。浅井がパーで、藤代がグーだった。
「ヴィラ・ナチュラーレ」と浅井は言った。
負けたのに自分で決めたことが、少しおかしかった。でもこれが正解な気がした。
公式サイトは一時間もかからず形になった。
トップページにロゴを貼って、「研究概要」に観察事例を並べた。一番下に「主要研究フィールド:ヴィラ・ナチュラーレ(関東近郊、詳細非公開)」と書いた。
「詳細非公開にするの」と浅井が言った。
「そっちがかっこいい」
「来訪者への案内とかも書く?」
藤代が少し考えて打ち込んだ。「『研究員の指導のもと、ご来訪を歓迎します』」
「誰か来るの?」
藤代は笑って言った。「誰も来ないよ」
浅井もそう思った。
ページを公開したのは夕方だった。
「野生行動研究センター」と検索すると、ちゃんと出てきた。ロゴがあって、ページが複数あって、フィールドの名前があった。本物っぽかった。
「続けていきたいな」と浅井は言った。
藤代は特に何も言わなかった。でも少し後に「続けよう」と言った。
それだけだった。でも、その一言でよかった。




