第2話「退屈という火花」
「面白いことって、自分で作るしかない」——藤代がそう言って一週間が経ったが、浅井の生活は何も変わっていなかった。
朝起きて、電車に乗って、授業を聞かないで、帰る。それだけだった。
きっと藤代も忘れているだろうと思っていた。
「ちょっとファミレス行かない?」
帰り道、藤代が言った。
忘れていなかった。
ドリンクバーのコップを二つ取って、二人は向かい合った。
テーブルの斜め後ろでは、スーツ姿の男性がノートパソコンを広げていた。その横の席では、母親が子どもに「もう一口だけ食べて」と交渉していた。入口近くでは、高校生くらいのカップルが、二人ともスマホを見ながら座っていた。
「何が嫌なの、今の生活で」と藤代が言った。
「急だな」
「一週間考えてたやつ」
浅井はコーラを一口飲んだ。「何もない、が嫌かな。ずっと何かを待ってる感じがする。でも何を待ってるかわかんない」
「誰かが何か面白いこと用意してくれるのを待ってる、ってこと?」
「……たぶん」
「来ないよ」と藤代は言った。笑ってなかった。
「知ってる」
しばらく黙って、入口のカップルを二人で眺めた。男の方が何か言った。女の方は画面から目を離さないで「え、なんで?」と答えた。男がもう一度同じことを言った。女が「あー、そうなんだ」とだけ言った。
「野生動物みたいだな」と藤代がつぶやいた。
浅井は「どっちが」と言った。
「両方」
なんとなく笑えた。
「研究したらどうかな、これ」と藤代が言った。
「何を」
「人間の野生的な行動。あのカップルみたいな、完全にマニュアル化されてる反応とか。あと先生が板書しながら一個だけ字間違えるやつとか、スーパーで試食だけ三回食べてる人とか」
浅井は「それ研究って言わないだろ」と言った。
「じゃあ観察。記録。センターを作る」
「センター」
「野生行動研究センター。略してWBRC」
今度は笑えなかった。あまりにも本気っぽい顔で言うから、どっちの反応が正解かわからなかった。
「……何をするセンターなの」
「SNSで発信する。観察記録を。公式みたいな感じで」
「公式って」
「学術機関っぽい文体で書く。『本センターの研究員が確認した事例』みたいな」
浅井はしばらく黙った。
「それ、絶対ウケるな」と思ったが、なんとなくすぐに言いたくなかった。
藤代がスマホでメモを広げた。「たとえばこういうの。『午後4時23分、ファミレス内において、二名の被験体が互いにスマートフォンを凝視したまま15分間会話を継続する様子が観察された。発話内容の67%は相手の発話を復唱するものであった。本センターは引き続き観察を継続する』」
浅井は一度、口を開いて、閉じた。
「……センターって何人いんの」
「今は二人」
「規模小さくない」
「立ち上げたばかりだから」
「立ち上げたことになってるの」
藤代が笑った。さっきより少し楽しそうだった。「やってみる?」
浅井はコーラを飲みながら、斜め上を向いた。
やる意味はない。学校の評価には関係ない。お金にもならない。ただのSNSアカウントで、誰かに見てもらえるかもわからない。
でも——と思った。
でも、今の生活に足りてないのは、こういうことかもしれない。意味がないのに続けたくなるやつ。
「……やってみるか」と浅井は言った。
「よかった」と藤代が言った。「名前変えられないからな、一人で決めるとこだった」
「俺が断ったらどうするつもりだったの」
「そのときはそのときで考えた」
浅井は少し笑った。
窓の外を夕方の空が流れていった。スーツの男はまだパソコンを叩いていた。カップルは会計をしていた。母親と子どもは帰ったようだった。
野生行動研究センター、とスマホのメモに打ってみた。
なんか、本物みたいだった。




