歌臼大学連続吸血事件 第二十話
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壁に立てかけてあった刀を手に取る。相手の殺意が萎えている事は知りつつも、俺は武器を手に取らずにはいられなかった。この家で唯一信用していた相手の狼藉に、俺は酷く動揺していたのだと思う。
兵庫県の山奥、人里離れた鷹峰本家の、更に奥。本家邸宅の俺の部屋に、二人の男女が居た。一人は小太刀を片手に倒れ伏したまま地面に蹲い、一人はゆっくりと鞘から刀を引き抜き、襲撃者へとその切っ先を向けた。
「なんでだ…………」
男は動揺を隠しきれない揺れる声で問いを投げる。女は肩を震わせるだけで応えない。口元を左の袖で拭う。あの感触が消えない。実の兄妹で、気色の悪い事を……いや、今はそれどころじゃない。
「誰の差し金だ? 俺を殺して来いって誰かに頼まれたんだろ?」
一抹の願望を込めた問いに、女は無情にも首を横に振った。目の前が真っ暗になる。分からない。思い当るところが全くない。俺は、コイツに何かしたか? 恨まれるような事があったのか?
無い…………ハズだ。
ようやく、地面に擦り付けていた顔をあげる紗実。あっちも酔いは醒めたらしく、上気していた顔は嘘のように冷え切っていた。死人のような目で俺を見上げ、力なく笑う。何を考えているのか、分からない。
「空理が悪いんだよ? 私がこうするのも……こうなったのも…………全部空理のせいなんだから」
「そんな事言われたって、どんな事情があるかなんてさっぱり分からねえよ」
俺が何したってんだ。そう叫んでも、紗実は目を伏せて泣き始めるだけ。嗚咽交じりにミナ、ハヤト、ユウキと知らない名前を呟くばかりで、やはり、俺には何がなんだか分からなかった。刀を鞘に仕舞う。この泣き崩れた哀れな女には必要のないものだ。
「…………………………落ち着いたか?」
紗実が泣き止むまで三分とかからなかった。俺の確認の言葉に彼女は黙って頷いて、そのまま語り出す。
「こんな顔のせいで他所には嫁げなかったって話したでしょ」
「あぁ……」
「だから、最初は分家に下賜するって話もあったんだけど」
「そうはならなかったのか」
言葉を継ぐ俺に、紗実は小さく頷いてその理由を告げた。
「私は空理の次に強いって評判なの、そんな人間を分家にやって…………もし空理が当主にならなかったらどうなると思う?」
「それは…………お前の次に強い奴が当主に」
そこまで言って、全てを察した。分家の嫁が本家の当主よりも高い実力を持っている。そんな事を、この家の人間は万が一にも許さないだろう。
「だから、私は婚姻という形では役に立たない女なんだ………………」
でも、と続ける彼女の声に身が竦んだ。
「女には他に使い道があるでしょ?」
部屋の温度が下がり切るのが分かる。物理的な話ではない。ここが人の住む場所ではないと、心が気付いてしまったかのように全身に鳥肌が立つのだ。
「私にはね、空理。────三人も子供が居たんだよ?」
けど、皆殺されちゃった。そのために産まされたから。力無くそう呟く彼女に、俺は何も言う事ができなかった。
「だから全部、空理のせい。十年前、空理が儀式をやめて、当主になる事から逃げ出したりしなかったら…………私はこんな私にならずに済んだのに」
◆◆◆
朝霧の中、裏山の社へ続く山道を歩く。俺の前を歩く紗実は白い百合の花束を持っていた。社の裏手には、鷹峰家とその分家だけが入る事を許される霊園があり。本家が使う墓から遠く離れた、端の方に俺達の目的地があった。まるで犬でも葬っているのかと思いたくなるこじんまりとした墓石に、三人の子どもの名前が記されている。鷹峰三奈、速人、優紀。
俺の甥っ子と姪っ子達が眠る場所。紗実が花束を置き、俺は線香の束に火をつけて供えた。
「紗実…………お前、家を出る気はあるか?」
横に振る首に、鳶色のサイドテールが揺れた。
「私は空理とは違う。ただの鷹峰の魔術師だから。きっと、空理みたいな事をしようとすれば殺される」
「なら、お前が当主になれば良い。俺が何とかするから」
「無理」
キッパリと紗実は否定する。俺は必ず鷹峰の意のままに当主の座に立つのだと。
「あんな事があって、なのに私を殺せない空理じゃ…………」
俺の目を真っすぐと見つめる彼女は、まるで憐れむように歌った。
「十年前に来翔を見捨てられなかったみたいに、空理は私を見捨てられない」
「そんな事は…………」
紗実の顔を見てられなかった。その顔を見たまま、言葉の続きを紡ぐ事ができそうも無かったから。そんな事は無い。例えお前が人質になったとしても、俺は家と戦える。戦い続ける事ができる。そんな自分でも呆れるほどの、大嘘を吐くよりも先に紗実が口を開く。やけに明るく、けれど、疲れ切ったような声音で。
「それよりさ空理」
そっと左肩に重力が乗るのが分かった。見れば、紗実が俺の肩に頭を預けていた。
「空理が当主になって私を守ってよ」
なんならお妾さんになってあげても良い。なんて冗談を言って笑う紗実。左腕を抱く彼女の腕を、俺はそっと放した。
「ごめんな……」
「……………………バカ」
そんな力ない罵倒を無視して、俺はただ、墓石に向かって手を合わせていた。俺がこの帰省で紗実に会ったのはコレが最後だった。昨夜の事が家にバレて、謹慎を申し付けられたのだとか。俺はそれから二日で術を完成させ、金曜の夜に家を出て、寝台で東京へ帰る事となった。
十二月五日金曜日の夕方。俺は荷物をまとめて屋敷の廊下を歩いていた。父の部屋には行かず、このまま家を出るつもりだった。
「挨拶も無しに、もう帰るのか空理」
「…………どこで嗅ぎつけた」
「警戒するな。私一人だ」
廊下は広く、無視して通れなくもなかったが、背後に複数の気配を感じる。事を荒立てたくなかったら、会話に応じるしかなかった。
「何か用か?」
「この愚息は、よほど父の事が嫌いらしいな」
「………………」
目の前の男を睨む。色々と言いたいことはあるが、俺はそこは堪えて話を続ける事にした。
「知らなかったとは驚きだ。ボケるには少し早いんじゃないか」
背後の連中が一瞬殺気立つ。この程度の嫌味で騒がれては会話もできない。俺は仕方なしにカバンを地面に置く。
「口が減らないな……まぁ良い。空理、良い機会だ。ここでお前の真意を確かめよう」
「なんだ……?」
廊下の奥から、何かが飛んでくる。それは、紙でできた鳥…………恐らくは使い魔の類だった。その紙の鳥はバタバタと俺の目の前まで飛んできて、解けるように一枚の書状となる。それは、先日亡くなった祖父の遺言書だった。
「そこには、財産の分配や、この家の後継者としてお前を指名する旨の爺様の言葉が遺されている」
「…………そのようだな」
「お前が頷きさえすれば、お前は今日からこの家の当主となる。東京に帰る必要もなくなるな」
落ち着け、まだ拒否はできる筈だ。自分に言い聞かせ、大きく息を吐く。
「何度も言うが、俺は家を継ぐつもりは無いんだ。家督は紗実にでもくれてやってくれ」
「そうはいかない。お前を置いて、他に当主に相応しい者は居ないんだぞ空理。特にお前があの霊翔環を持っているうちは」
「なら、あの指輪を返せば良いんだな?」
「そういう問題ではない。何度言えば分かる。お前は一族の崇高な役目をなんと」
「どこが崇高だ!!」
思わず、怒鳴りつけていた。死んでいった家族や、幼い日の友人達の顔が脳裏に浮かぶ。伊月さんや紗実の涙を思い出す。これが、崇高な役目とやらか。この家の有り様のどこが、崇高だと言うのだ。
「誰がこんな薄汚い家を継ぐか、俺は帰るぞ。ここにじゃない! 東京の家にだ!!」
俺は腰の刀を引き抜いて、遺言書とやらを投げ捨てると、一息にバラバラに切り捨てた。そんな俺の、錯乱とも取れる醜態を、父はただ愉快そうに笑って眺めていた。
「お前の意思は分かった。だが無意味だぞ空理。拒否したところで、結果は変わらんさ」
「負け惜しみだな……その口振りから察するに、今すぐに俺の言う事を聞かせる手札は無いんだろ?」
「無くは無いが…………確かにお前の言う通り、猶予はある。精々東京で備える事だ」
俺はカバンを拾って、そのまま男の横を通り過ぎる。誰も止めに入らないところを見るに、猶予があると言うのは本当なんだろう。何を企んでいるにせよ、俺は東京に帰っても良いと言う事だ。なら…………
「最後に一つ良いか?」
俺の問いに男は振り返る。薄気味悪い笑みは、まだ張り付いている。その鼻っ面に、刀の切っ先を向ける。刃と鼻の先の間は数mmとない。それでも表情一つ変えない男に、俺は知らず舌打ちをしていた。
「アンタ、俺の事を愚息と呼んだな?」
「愚かな息子だ。そう呼ばれる事は不満か?」
まさか、と首を振る。
「父親にどう思われてようと、今更気にするような親子関係でも無い」
だが、この家に帰って来た時から。その言葉が、ずっと引っ掛かっていた。
「知らないみたいだから教えてやる。親父が俺を愚息と呼ぶのはな、アンタの前でだけだったんだよ」
最も恐ろしい支配者を前にして、それが父なりに息子を守るための処世術だったのは理解しているが、気分の良いものでは無かったから覚えている。
「その格好はどういうつもりだ? クソジジイ」
目の前に立っているのは俺の父親、鷹峰壮語などではない。くつくつと笑う男。父のような姿をし、父として振る舞っていた妖怪。鷹峰点睛と言う名の怪物。
「なんじゃ、気付いていたのなら、下手な演技に苦労することも無かったのう空理」
俺の祖父だ。
「どういうつもりと言うてもな。前の肉体がダメになったのだから、新しいものを手に入れた。それだけの事よ」
「それは…………何を言ってるのか分かってるのか?」
自分でも分かる。今の俺は完全に表情を引きつらせている。まるで、当然の事のように男は言ったのだ。『魂の分与』を使ったのだと。
「国際法を気にしているのか? 生憎と、そのようなものが生まれる前から転生を繰り返してる身でな、今更やめられんよ」
おっと見ではなく御魂であったわ。なんて、欠片も面白くない冗談を言い、ひとりで喉を鳴らして笑う鬼。その姿はまさに、俺の記憶にある祖父そのものだった。
「本来であれば、壮語ではなくヌシの肉体を手に入れる筈だったのだがの、反抗期か知らんがヌシが家に近寄らんせいで間に合わなんだわ」
「親父は今、どうなってる?」
「転生した御魂は肉体を失った代償に、他者の魂で自らを補わなければ消滅してしまう。初めに手を付けるのが誰の魂かなど説明するまでもあるまい? ワシとしても残念な限りよ、どうせならこのようにしょぼくれた体でなく、若く溌剌とした肉体が良かったとな」
それにと、やけに機嫌の良さそうな声で怪物は続ける。まるで、目の前に何かを思い描くように虚空に視線を這わせ、片頬を持ち上げる。にやけ面と言うには、些か邪悪な気配が強すぎた。
「遠城の娘、霧花と言ったか? アレは良い女だ。ヌシに代わってアレを味わうのを楽しみにしていたが、ククク……惜しい事をしたわ」
「殺すぞクソジジイ」
「そう怒るな、今となってはそれも割に合わんでな、ヌシの肉体にも、その婚約者の肉体にも手は出さんよ」
怪物は、目の前に突きつけられた刀など目に入らぬとばかりに笑って、そのまま廊下から庭に出る。夕暮れ時の茜色の空、遠く東の地平には既に微かな星が瞬いていた。
「代わりと言っては何だが」
怪物は星に手を伸ばす。何が見えているのか、何を考えているのか、俺には理解できない。けれど、それが人間に理解できるものでない事だけは、確かだった。
「お前の種に、あの娘の胎、さぞ優秀な魔術師が生まれるのだろうな。楽しみにしているぞ? 空理」
その胸糞の悪い言葉に俺は刀を収めて、空いた右手の親指で地面を指す。
「俺はお前なんかのために魔術師やってるんじゃない」
拒絶する俺を見る怪物の目は、なおも嗤っていた。まるで愚かな子供を見るように。
「助けを必要としてる人が居る。その人たちを守れる人間でいるために、俺は魔術師を続けてるんだ」
「良い事を言うな。ワシもそう思う」
「だから、俺はいつか、アンタを殺すよ」
我ながら、青臭い宣戦布告だ。けれど、これで良い。
俺はそのまま踵を返し、このクソみたいな実家を後にした。寝台列車に乗って一路東京へ、もう既に懐かしくなり始めた愛しの危穂へ着いたのは、十二月六日土曜日の早朝の事だった。
脳が破壊されました。
またストックが尽きたので次の更新は暫くかかります。ご容赦ください。




