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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
歌臼大学連続吸血事件編

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歌臼大学連続吸血事件 第十六話




 また、夢を見ている。昔の記憶、()()光景。逆光の中、上から覗き込んできた年上のお姉さんの事を、暖かな陽光が遮られ、俺の顔に()が差す瞬間を……


 ────最近よく思い出す。



◆◆◆



 影法師とは、障子や床などに映る人の影を意味する言葉だ。”影武者”のような意味合いで使われる事もあるが、これを指し妖怪であるとする言説もある。つまり、影武者のように人に付き従い、そっくりに動くはずのそれが、まるで意思を持つように自由に動くとしたら。そのような現象があるとしたら。それは妖怪の仕業であるとしか言いようが無いだろう。


 歌臼大学大学図書館。その読書スペースの片隅、立ち並んだ長机の一つに古い学術書が数冊置かれていた。表題(タイトル)は『全国的に発生してる影法師的魍魔被害について』。俺はそれを開き、その紙面に目を落とす。


 この国で発生する魔物、古くは魔術師の間で魍魔(もうま)と呼ばれていた存在の多くは、信仰を失い零落した神の落とし仔であると言う。鬼、河童、狒々、天狗、龍。そういった由来の魔物は強力だが、同時に対処のしやすい部類とされている。何故なら、彼等には大きな個体差はなく、概ね同じ、一定の生態を持っているからだ。


 だから、自然と対応マニュアルのようなものが魔術師ネットの中で広まっていく事になる。そうでない自然発生的な魔物は、その生態や能力も千差万別で、個別に対応を考える必要があるため、強力な魔物でなくても手こずる場合がある。


 今回の犯人、および影法師と呼ばれる魔物群はどちらのタイプなのか。困った事に答えは後者だ。だから、影法師を調べる事には、それほどの意味はない。調べたからと言って、その対処ができるかと言ったらそうではないのだ。


 ならば、何故俺がこのようなものを手に取ったのか。目の前の青年が気にしているのはそこだろう。


「コレを読むのは君の勝手だが、俺から何か説明をするつもりはない」


 数秒の気不味い沈黙から、漸く切り出したその言葉に、席の向かいに座る彼は存外驚きはしなかった。ハンター志望だからと俺を付け回していたと言う大学生は、ただ腕を組み少しの間考えると、何かに気付いたように手を叩いた。


「企業秘密的な?」

「影法師の何を調べていたのか、なんで調べていたのか、なんて事を説明する事に意味が無いからだ」


 恰好付けて何かを言い当てたつもりになっている山下君には悪いが、そんな良いものではない。単に面倒なだけである。恐らく警察は彼等が宿主候補であり、その結果彼等の周囲に害が及ぶ可能性がある事も、放置すれば自身の命が危ない事も説明はしていないだろう。パニックを起こした人間の行動は制御できない。警察が説明しないと判断した以上は、俺の方から真実を告げる訳にもいかない。


 俺の不用意な情報漏洩で彼がパニックに陥り、最悪の結果を招いたとしても、一介の魔物ハンターには責任が取れないのだから。とはいえ、プロとして、大人として、ここで何も言わずに話を終わらせるのは流石にない。


 俺は再度、目の前に座るナンパな風貌の大学生を眺める。それから、その足元の影法師を見て、小さく息を吐く。


「ただ一つ言う事があるとすれば……」

「ゴクリ…………すれば?」


 肩を竦める。無駄に緊張して唾など飲み込んでいるが大した事ではない。


「お前()何も心配する事は無いって事ぐらいだ」


 俺という鷹峰の魔術師にとっては、影法師がどういう原理で影を操るのかを知れば、自ずと答えは得られる事だった。影法師とはつまり、他者の内面、影の中に潜む寄生型の魔物の総称である。


 俺の発言に首を捻っている山下君の足元を見る。机の下の暗がりに仄かに広がるそれに、俺が幼い日に感じた違和感はない。烏丸伊月など烏丸の人間が操るのと同じ、魔力的に手を加えた影特有の感覚。俺になら、それを感知する事ができる。


 この山下玄貴という男は、恐らく宿主ではない。なんて、何も説明を受けてない彼に言えやしないが。俺はそう判断していた。


 そう判断できるだけの情報が、この本にはあった。それが、俺がこの場所に来て得た、最大の収穫だった。


「二度目になるが、コレを読んで俺が何を知ったのか、興味があるなら好きに調べれば良い。俺は責任を持たない」


 本を机に置いて立ち上がる。これ以上、俺がこの山下という青年に告げるべき事は無い。いつまでもこうして向かい合っていても仕方が無いだろう。俺ももう、次にやるべき事は決まったのだから早々にここを立ち去るべきである。


 なのだが…………


「すみませーん!」


 図書館に相応しくない大声が響き渡る。


「鷹峰ハンターですよね!?」


 俺を呼ぶ声に振り返って見てみれば、司書カウンターのところに立つ大学職員の姿があった。俺と同い年ぐらいに見える女性で、俺がここに通うようになった頃には、もうここで務めていた人だ。要するに顔見知りである。とてとてと走ってくる彼女に「色々とダメだろさっきから」と内心でツッコミを入れる。


「丁度良いところに、すみませんお願いしたい事があるんですがっ! あっ、ですが……」


 俺の唇に立てた人差し指に気付いて声を潜める彼女。どうやら、突発の依頼らしい。この大学は土地柄的に色々起こるから……まぁ、こういうのも珍しくはない。


()()の掃除ですか?」

「はい、最近酷くて」


 依頼の内容もよく知るものだ。今はやるべき事があるんだが…………


「良いですよ。大して時間もかからないので」


 俺は携帯で時間を確認してから了承する。どうせ、一度事務所に帰って準備をしなければならないのだ。動き始めるのはその後、一刻を争うが、急いだところで今は意味が無い。ホッと安堵の息をする大学職員に連れられ図書館を出る。


「それで……なんで付いてくるんだ?」


 思わず呆れの念が声音に出た。背後を歩く大学生、山下玄貴に俺は何故付いてくるのかと問いを投げた。


「見学したいなって」


 まるで当然の事のように同伴を申し出るその顔にイラっとしないでもない。何故見学したいのか、なんてわざわざ聞くまでもない。だが、それでも聞かざるを得ない。


「なんで?」

「魔術師の仕事をこの目で見て勉強させてください!」

「そういうのはインターンとか、職場見学でやれよ」


 就活中ならそれぐらいやってるだろう。そう確認する俺に彼は元気に頷いた。やる気に満ち溢れていて大変よろしい。


「ハァ…………」


 溜息が出る。学生の面倒見るなんて、俺の性分じゃないが、やる気のある魔術師志望を無碍に扱う訳にもいかない。この業界は常に人手不足だからな。


「自分の身は自分で守れるな?」

「もちっス! 俺これでも高校の頃は魔術部で県大会準優勝した事あるんですよ!」


 そう言うなら仕方ない。俺はまた溜息を吐きながら振り返る。すると、少し歩いた先で立ち止まって俺達のやり取りを見ていた大学職員さんが「あわわ、どうしましょう! どうしましょう!」なんて何やら慌てているのが見えた。なんでこの大学に務めている人は皆キャラが濃いんだろうな。なんて思いながら、俺は彼女に声を掛けた。


「という事なんで、彼の分の()()ってありますか?」



◆◆◆



 歌臼大学が色々と引き寄せる場所である事はこのあたりでは有名な話だが、その原因について知っている人間はそう多くない。


 異界迷宮あるいはもっと俗っぽくダンジョンと呼ばれる空間がある。この世のものではない特殊な魔力で満たされた領域で、様々な財宝や無尽蔵に発生する魔物を内包した危険な場所だ。日本だけでなく世界各地にそれらは存在し、その多くは国家によって管理されている。この場所、歌臼大学の地下もその一つだ。


「うちの大学の地下にこんな場所があったなんて…………」


 衝撃を受けたような山下の声。エレベーターの扉が開くと、そこには地下とは思えないような青空と、どこまでも続くだだっ広い湿原が広がっていた。水はどこまでも澄んでいて、ここが都心の真っ只中にある事を忘れそうになる。燃えるような橙色の水草と青空を映す水面のマーブル模様は、見るものに奇妙なまでの爽快感を抱かせた。


 俺はいつもの事だと、その絶景の中へと躊躇なく踏み入っていく。ダンジョンに満ちた魔力は、瘴気のように魔の気配を覆い隠してしまう。それでも、この開けた空間では索敵に苦労しない。こうしてザッと見ただけで、十以上の魔物が視界に紛れ込んでくる。


 実際にはその倍以上居ると考えると、想定よりだいぶ……


「多いな」


 大学に借りた数打ちの刀を引き抜きながら、向かってくる敵の姿を睨みつける。黒い鱗を身に纏い、全身をくねらせ、水面下をユラリと泳ぐ、見るだけで鳥肌が立つような巨大な水蛇。


 定期的に間引きが行われるこのダンジョンでは、そう強力な魔物は生まれない。『育つ前に摘み取る。それが魔物被害予防の最も有効な手段である』。誰が言ったかも分からない、魔術界の格言だ。俺はこのダンジョンの掃除の依頼を何度も受けたが、その言葉を裏付けるように楽な相手ばかりだった。


 あの蛇は見た事がある。このダンジョンで見かける魔物の中では上から二番目の強さだ。強くは無いが毒を持っている。数が多ければ、それだけ怖い手合いだ。


「ミズチの亜種か、知っていれば図書館に居た他の奴も連れてきたんだけどな」

「ヤバいんスか?」

「絶対に噛まれるな。ここから病院に駆け込むまでに五割が死ぬぞ」


 怯える山下にそう言い残し、俺は走り出す。重い足取り、粘つく泥を長靴で踏み抜く。脛のあたりまである水嵩は、俺と言う人間が本来持つ機動力を八割がた奪い去っていた。それでも、一直線に飛んでくるを迎え撃つのには不都合はない。前方に突き出した刀の切っ先が、口腔内から脳天へかけて貫くと、俺は突進する死体の重みを逃がすように半歩後退り、刀を横へ振り払う。


 今の一瞬の攻防で、敵を一匹仕留めたは良いが……


「囲まれたか」


 グリグリと首を回しても、視界の端から端まで鎌首もたげた蛇まみれ。足の遅い獲物の狩り方を、連中も心得ているという事だ。不幸中の幸いは、奴等の注意は俺に集中しているという事だ。見学者の安全にまで、気は回りそうにない。


「宿れ! 流れの化身、高瀬の蛇よ! 死肉を手繰り、我を導け!」


 胴回りだけで六尺はあろうかという水蛇の死体の上に飛び乗れば、それはまるでジェットスキーのように水流を伴って走り出す。バランスを取るのは中々に難しいが、敵の包囲を抜けるには十分なスピードがあった。


 飛びかかるべく身をたわめる蛇の一匹。その首を切り跳ねながら包囲を抜けた。後はもう乱戦だ。バラバラに飛び掛ってくる雑魚を順々に斬っていくたけである。


 とは言え、数が多い。時折冷や汗を流すような場面もありつつ。俺は五分ほどかけて数えて十八匹の水蛇を始末していった。生き汚く逃げ出す最後の数匹を追いかけ、一匹ずつふくよかな蛇身に刃を突き立てていく俺を、見学者は興奮した様子で眺めていた。その周りに二匹ほどの水蛇が倒れているのを見て、俺は小さく安堵の息を吐く。


 そこから、地上へ出るまでのエレベーターの中で、山下青年は色々な質問をしてきた。術式の多くは秘伝のため、教えても仕方が無いのだが、それでも興味深そうにメモを取る姿が印象的だった。


「お疲れさまでした。鷹峰ハンター!」


 エレベーターが地上に着き扉が開けば職員さんが出迎えてくれた。彼女の手には一枚の小切手があり、俺は報酬としてそれを受け取った。私学だからか、歌臼大学は羽振りが良い。俺はホクホク顔で小切手を懐に入れた。


 五年前だったか、六年前だったか。建て替えてまだ数年の危穂キャンパスの中を歩いて帰る。まだ付いてくる男に良い加減にしろと怒ったり、うっかり返し忘れた刀を返しに職員棟へ走ったり色々とあったが、その後の俺は概ね平和に一日を終える事ができた。


 ここから数駅離れた霧花さんの大学で、ちょっとした騒ぎが巻き起こっていた事を俺が知るのは、それから数日が経ってからの事だった。


 その晩、諸々の準備を終えた俺は帰りの遅い許嫁に手紙を残し駅へ向かった。目的地は兵庫にある、我が鷹峰本家である。

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