53, 闖入者
「皇帝だ!」
「俺たちを苦しめ続けた張本人だ!」
「玉座から引きずり下ろせ!」
平民たちが口々に叫び、怒りの矛先を一斉に玉座へ向ける。
「……ふ、ふざけるな!」
皇帝の低く重い声が、広間の空気を震わせた。
その一喝に、平民たちの動きが、ぴたりと止まる。
皇帝は玉座から立ち上がると、背後に控える魔法師たちへ苛立ちをぶつけるように命じた。
「おい、お前たち! あの者どもを捕えろ! ――殺しても構わん!」
命令を受け、魔法師たちが一斉に前へ出る。
同時に、近衛騎士たちも剣を構え、なだれ込んできた平民たちを抑え込もうと足を踏み出した。
「リゲル様!」
平民に混じって突入してきた灰色の騎士の一人が、焦った声を上げる。
――が。
「問題ない。ミカ!」
リゲルの声が飛ぶ。
反射的に、私は魔力を解き放った。
魔法師と近衛騎士たちの周囲の空気を、一気に圧縮する。
「「「くっ……!」」」
呻き声とともに、彼らの動きが止まった。
見えない壁に貼り付けられたように、誰一人、身動きが取れない。
「な、何をしている! 早く動け!」
皇帝が焦りを隠せない声で叫ぶ。
「申し訳ございません、陛下……何らかの魔法により、体が言うことを聞きません」
魔法師の一人が、苦しげに答えた。
「何だと……。ならば、かくなる上は……!」
その瞬間、皇帝は佩いていた剣を鞘から引き抜いた。
「よく見ておけ! この剣は、“神の手”を持つと謳われたペレが鍛えた魔剣だ!
火圏の大魔女を凌ぐほどの魔力がなければ、打ち破ることなど叶わぬ!」
皇帝の手にした剣が、赤い光を帯び、やがて炎を噴き上げる。
剣が振るわれた瞬間、炎は意思を持つかのようにうねり、こちらへ襲いかかってきた。
私は咄嗟に魔力を展開する。
周囲に防御魔法を張り巡らせ、迫る炎を受け止めた。
「な……何?」
皇帝が目を見開く。
「ば、馬鹿な……! ペレの魔導具だぞ! それを防ぐというのか!?」
「無駄だよ」
リゲルが、口角をわずかに上げて言った。
「ミカは気圏の大魔女だ。つまり――ペレと同等、いや、それ以上の魔力を持っている」
「気圏の……大魔女……? そんなものは、伝説の中だけの存在……」
皇帝は、信じられないものを見るように呆然と立ち尽くす。
「ミカ。――あれの動きも止められる?」
「……やってみる」
私は右手を上げ、魔力を流し込んだ。
皇帝の周囲の空気をさらに圧縮する。
「ぐっ……! そんなものが存在するはずがない! たとえそうだとしても、私はペレの防具を纏っている! こ、こんなもの……!」
皇帝の鎧が光を放ち、圧縮された空気を押し返してくる。
「……っ」
魔力が、跳ね返される感覚。
簡単には抑え込めない。あの封魔の魔導具よりも、明らかに性能が高い。
「ふははは! さすがはペレの防具!
似非大魔女め、お前の魔法など通じぬわ!」
鎧の光が、さらに強まる。
「リゲル……これ以上魔力を流すと、死んじゃうかも」
「問題ないよ。そのまま続けて」
さらりと放たれた言葉に、思考が一瞬、追いつかなくなる。
……死んでもいいってこと?
ちょっと待って。それって、私が人を殺すってことじゃ……。
――考えている暇は、なかった。
私は魔力の使い方を変える。
皇帝の周囲の酸素濃度を、少しずつ下げていく。
ゼロにはしない。だが、確実に――。
「な……なんだ……頭が、くら……」
光を帯びたまま、皇帝の身体が、ゆっくりと床へ沈んでいった。
「よし。よくやった、ミカ」
リゲルの声に、私はようやく息を吐いた。
「さあ、君たち」
リゲルは平民たちへと振り返り、穏やかな笑みを浮かべる。
「君たちを苦しめてきたのは、あいつらだ。――存分に、恨みを晴らすといい」
「待ってくれ!」
その声に、思わずはっとする。
震えていたのは、ロイドの声だった。
「ロイド……?」
振り返った瞬間、私は彼の異変に気づいた。
顔色が悪く、拳を強く握りしめている。
「……父さんなんだ……」
ロイドは、唇を噛みしめるようにして言葉を続けた。
「三人いる魔法師のうちの一人……あの真ん中のは、俺の父さんなんだ」
苦渋に歪んだ表情から、必死に絞り出した言葉だと分かる。
真ん中にいる魔法師……灰鼠色の髪の一番がっしりした体格の魔法師だ。
「ロイドの……お父さん……」
私の口から無意識に溢れた。
胸の奥が、ひどく冷える。
――やっぱり。
あの魔法師たちは、皇帝の側にいるべき人間じゃなかった。
攫われ、使われているだけの存在だったのだ。
私は、思わずリゲルを見た。
何も言わず、ただ目で訴える。
「ああ……仕方ないね」
リゲルは、ほんの一瞬だけ目を伏せ、それから淡々と指示を出した。
「ゼスト。魔法師以外を捕らえ平民たちの采配に任せろ」
灰色の騎士たちは、気を失った皇帝と近衛騎士たちを拘束し、そのまま平民たちの前へと引き立てていった。
「あとは、彼らが裁いてくれるだろう」
リゲルはそう言うと、床に残された魔法師たちへと視線を移す。
「さて……彼らをどうするか、だね」
「ミカ、お願いだ」
ロイドが、切羽詰まった表情で私を見た。
「さっきみたいに、父さんの呪紋も解呪してくれ」
必死な声に、胸が痛む。
「え、えっと……それなんだけど」
言いづらさに、言葉が詰まる。
「さっきので……解呪薬、全部使っちゃったんだよね」
正直に告げると、ロイドの顔がみるみるうちに泣きそうに歪んだ。
慌てて、私は続ける。
「で、でも大丈夫! 師匠が、また作ってくれるから!」
自分でも少し強引だと思いながら、そう言った、そのときだった。
――大広間の扉が、騒がしい声とともに押し開かれた。
「おい、ここだな。俺たちと同等の魔力の波を感じる」
「あらぁ……もうクライマックスは終わっちゃったみたいねぇ」
「ミカ、やはり無事だったようじゃ。元気そうではないか」
現れたのは、三人。
褐色の肌に、燃えるような赤髪を後ろで結った女性。
水色の長い髪を揺らし、柔らかな微笑みを湛えた清廉な雰囲気の女性。
そして――相変わらず美しいビスクドールの姿に囚われたままの、師匠。
「え……?」
思考が追いつかない。
「し、師匠……? どうして……それに、その人たちは……」
突然の闖入者たちを前に、私はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。




