第54話 誓い
第54話 誓い
デヴォン家を迎えるアリシアは、出席者にも輝いて見えた。
彼女の愛らしさと、初々しさが皆を笑顔にした。
アリシアのハツラツさのように、良い天気の日だった。
獣族にとって婚約式は、事実上結婚することと同じくらい
重要な意味を持つ。公的にも認められる2人の権利がたくさんあるのだ。
結婚式は、周りのものへの初のお披露目のような意味を持ち、
どちらかと言うと、客人をもてなす意向が強かった。
家令とマリーが客人を案内し、美しい婚約式は始まった。
マリー達が、念入りに準備した花は、今にもこぼれ落ちそうなほど
ふんだんに飾られ、テーブルも窓辺も部屋中を華やかにしていた。
シャアルは、夢のようだと思った。アリシアを番として
迎えられる自分は、なんて幸せなのだろう。
アリシアは、日々綺麗になっていく。彼女の心のようだと思った。
兄弟達は普段見ることのできないシャアルを、からかうだけ からかった。
しかし、シャアルは目の前のアリシアが愛らしすぎて
半分も耳に入ってこなかった。
シャアルはアリシアの手を取り、お互いの両親の前へ歩み寄った。
婚約の宣誓書は美しい飾り文字で書かれており、とても厳かな感じがした。
婚約式に使うペンは銀でできたものと決まっていた。
そのペンで、シャアルは自分の名を丁寧に書いた。
そして、とろけそうな笑顔でアリシアにそのペンを渡す。
「アリー、君の名を……」
アリシアは、改めて自分の婚約者を見上げた。
銀色の髪が陽の光に照らされて、とても綺麗だ。
アリシアはペンを受け取ると、自分の名前を書いた。
シャアルの父が立ち上がり、2人を祝福した。
「婚約おめでとう」
婚約宣誓書は、家令によってすぐに王宮へ届けられる。
祝福されたシャアルは、少し頰を染めるアリシアを抱きしめた。
「アリー、これで君は私の婚約者だ。愛してる。愛してるよ」
家族の前で、ささやかれアリシアは真っ赤になった。
指輪はシャアルが選んでくれたものだ。シャアルの瞳と同じく
琥珀色をしたダイヤで、とても貴重なものだと聞いた。
シャアルの指輪もシンプルなデザインだが、
石はアリシアとお揃いにしたと聞いて、
はにかみながら指にはめてもらう。
アリシアもシャアルの指に、指輪を通した。
儀式は終了した。アリシアは不思議な気持ちだった。
家族に祝福され、新しく家族になる人たちが増え祝福される。
アリシアの指に輝く指輪を見て、シャアルの手を見る。
同じ石の入った指輪が、シャアルの手に見えた。
私、シャアル様と婚約したんだわ……。
急に喜びが、胸から溢れるように湧き上がってきた。
アリシアは、シャアルを見上げた。
「シャアル様……私達、婚約したのね……?」
「アリー、そうだよ。私達は婚約したんだ。どんな気分?」
「……嬉しい……嬉しいわ」
少しうつむいて、照れて話すアリシアに、シャアルは目を細めた。
……我慢できるだろうか?……愛らしすぎて、このまま連れて帰りたい。
そんな2人を見て、シャアルの父は笑った。
「シャアル、まだ連れては帰れんぞ」
まるでシャアルの心を覗いたようだ。シャアルは素直にムッとして答えた。
「分かっています、父上」
そのやりとりを見て、ドッと笑い声が起きる。
カルロスが2人を促した。
「さあ、2人とも席について。皆で祝いの食事を囲もう」
シャアルがうなずき、アリシアが答えた。
「はい、お父様」
両親や、それぞれの兄弟も話が弾んでいた。
ときおりシャアルがからかわれ、笑い声が上がる。
お返しにシャアルは、弟達にお前達の仕事を増やすといい
さらに笑い声がおこっていた。
楽しく、優しい気持ちのこもった祝いの席だった。
そろそろ、陽が傾いてきた頃、シャアルはアリシアに
庭へ連れて行って欲しいと話した。
「シャアル様? 」
「婚約式はね、この後2人で行うことが残っているんだ」
アリシアは驚いて母を見た。母はおっとりと微笑んで答えた。
「アリー、ここからはね、未来の旦那様が教えることになっているのよ」
カルロスとフィル、グラントは、眉間にシワがよったり、
天井を見上げたりしていた。
アリシアは、不思議そうに答えた。
「そうなの?分かったわ。シャアル様、
今朝、お庭で新しいお花が咲いたのよ。とてもいい香りがするの。
見に行きましょう?」
「そうだね。見せてくれ、アリー」
シャアルは、アリシアの手をとり立ち上がった。
庭にあるガゼボの前で、その香り高い花は大輪を開いていた。
「ね、シャアル様。いい香りでしょう?」
そう言って振り返ったアリシアは、母の言うとおり金色の中で妖精のようだった。
シャアルは、これ以上ないくらい微笑んだ。
アリシアを抱き寄せる。首筋に顔をうずめて答えた。
「そうだね、アリー。とてもいい香りだ」
アリシアは真っ赤になった。いつもたくさんふれられている気はするが、
ここまでシャアルがあからさまに、アリシアにふれる事は無かった。
「シャアル様?あの…、あのっ……」
「アリー、ここからは私にしか教えられないんだ」
シャアルは耳元でささやいた。
「君は、私を信じている?」
アリシアは混乱しながらも答えた。
「もちろんよ。シャアル様を信じているわ」
そう答えたアリシアの頰を、シャアルは優しく両手で包み込んだ。
アリシアは考えていた。お兄様にも同じことをされた。
でもお兄様とは違う……。
なぜシャアル様だと、こんなに心臓の音が聞こえるのか?
なぜお兄様よりも体温を高く感じるのか?
その答えはシャアルが知っていた。
「アリー、これが私から教えられることだよ」
シャアルはそう言うと、アリシアの口に自分の口を寄せた。
思いもかけず、柔らかい感触がアリシアに走る。
「アリー、愛してる。これが誓いのキスだよ」
シャアルの吐息が、アリシアに柔らかくかかった。
アリシアが、初めて受ける大人の口づけだった。




