第50話 激務
第50話 激務
シャアルはフィルの予想通り、仕事量が増えた。
淡々と、分野の違う仕事をこなす。
もちろんアリシアの警護を、人に任すなどあり得なかったが
さすがに騎士団の稽古は一日置きになった。
心配はいらない、騎士団には優秀な人材がゴロゴロといるのだ。
今まで辛抱強く鍛え上げた成果が、ここで役立った。
あの憂鬱な相談の会も、とっとと済ませ、
やっとアリシアと婚約式の準備に入れる週末がやってきた。
相談の会とは、議会で話すまでもないが
ちょっとした打ち合わせや、相談したい時に使う。
今回はそれを隠れ蓑にしたのだ。
アリシアとの週末があるからこそ、乗り越えられた。
今日は、初めてアリシアを領地に連れて行き、
自分の両親に会わせる。
シャアルの両親は仲睦まじい夫婦だが、
早くにシャアルに爵位を譲り、辺境の別邸で
優雅に、のんびりした時間を楽しんでいた。
趣味は釣りに、野菜作りなので別邸の方が都合が良かったに違いない。
シャアルが手に余る問題だけ乗り出してくる。
父がいうには、自分は人の3倍は働いた。
のんびりするのは長年の夢だから叶えさせろというのだ。
たぶん母と過ごす時間を増やしたいだけだ。
アリシアと婚約することになったシャアルは、
絶対に自分も同じようにしてやると思っていた。
シャアルは4人兄弟の次男だった。
男ばかりの兄弟で、母からは可愛い娘が欲しいから
早く番を見つけるよう言われたものだ。
長兄は魔法にしか興味がなく、寝食も忘れてしまうほどで
父は、辺境伯を継がせることを早くから諦めていた。
言わずもがな、魔法省で嬉々として働いている。
辺境伯にするには、次はシャアルと言う訳だ。
自分も見込みがなければ、弟がなっていただろう。
2人の弟は、領地の他の屋敷でシャアルを手伝ってくれていた。
シャアルの領地は、隣国との境界線なので、広大なのだ。
とにかく時間がない。シャアルはカルロスに話して
迎えに行った時に屋敷を使わせてもらい、転移魔法を使うことにした。
辺境とは、王国中心からは距離があるという事に他ならない
この魔法がなかったら、辺境伯と騎士団の両立など不可能だった。
カルロスはシャアルが転移魔法を使えることを知っていた1人だ。
アリシア1人でシャアルの領地へ向かわせることに
しかめっ面をしたが、他の家庭もやっている事だ。
あきらめるしかない。
アリシアは初めての転移魔法にワクワクを押さえきれなかった。
満面の笑みで父に挨拶する。
「お父様、行ってまいります」
「アリー、気をつけて行っておいで。
時間までには送っていただきなさい」
「はい」
シャアルはソッとアリシアを抱き寄せた。
自分から離れてはいけないと教え、片方の手を高くかざす。
シャアルが何かつぶやくと、2人の足元に魔法陣が浮かび上がった。
「伯爵、アリシア殿を、お預かりします」
シャアルがそう言うと、2人はつむじ風の中に消えて行った。
カルロスが大きな溜息を吐き、つぶやいた。
「頼んだぞ……」
アリシアは転移魔法を一瞬でも見逃すまいと
意気込んでいた。つむじ風に取り囲まれたかと思ったら、
キラキラしたものが降ってきて、もうシャアルの屋敷にいた。
綺麗な光……。そう思ったアリシアは、番を見つけると見る光に
似ているかとシャアルに尋ねた。
シャアルは笑って、残念だが、番を見つけた時は
この何千倍も美しいと教えた。
仲睦まじい姿を見て、長年仕える執事が声を掛ける。
「旦那様、お帰りなさいませ」
アリシアがハッと辺りを見回すと、そこは屋敷のエントランスだった。
シャアルの家に仕える者、皆が出迎えてくれているようだ。
アリシアは、なんだか恥ずかしくなって、頰が赤くなった。
その声にシャアルは、アリシアを紹介しようと
腰にそっと手をまわしたので余計に頰が赤くなった。
「いま帰った。出迎えありがとう。
皆、この方が私の番、アリシア・ヴンサン・ヌヴェル殿だ」
皆、顔には出さないだけでアリシアの姿に愛らしさを感じ
はにかむ様子を、可愛らしいと受け取っていた。
執事は、旦那様、お手柄ですなと心でつぶやいた。
主人への礼をとり、代表として口を開いた。
「アリシア様、ようこそおいで下さいました。
先代の旦那様より支えております、執事のバートと申します。
旦那様にお支えする者、皆、心よりお持ち申し上げておりました」
アリシアは、若者らしい素直さで挨拶した。
「初めまして、アリシアです。どうぞよろしくお願いします」
デヴォン家に仕える者は、主人の豹変っぷりに唖然としていた。
まず、穏やかに笑っている。そのことが驚愕させられる事だった。
シャアルは優しい主人だった。あまり口うるさくないのに、
細かなところに気がつく主人だ。
仕える者にとっては、心地の良い距離感だった。
ただ滅多に表情を変えたりしない、いつでも冷静な主人だ。
そのシャアルが、アリシアを見て優しく微笑んでいる。
番の威力は凄まじい……。
皆、そう思って表情に出さないように苦心するのだった。




