第39話 母
第39話 母
晩餐が終わった後、カルロスとリリアーナは
シャアルをサロンに案内した。
リリアーナはゆっくりくつろいで欲しいと言い、
お茶を注ぐ。マリーは給仕し終えるとサロンから下がっていった。
お茶の香りについてや、産地についてカルロスと話す。
意外にもカルロスの方が、お茶へのこだわりが強かった。
そんな2人の会話を眺めていたリリアーナが、
ゆったりと話を切り出した。
「シャアル様、アリシアの様子が変わりました。
どのようにお感じになります?」
リリアーナの口調は柔らかだったが、
明らかに母として、聞いておきたいことがあるという
意思表示のようだった。
シャアルは、正直にそのままに答えた。
「心の中に変化がおきたと思っております。
ただ、どのような変化なのかは私には分かりません。
自分の願望を取り除いて考えたとしても、
私にとっても良い変化のような気がしております」
リリアーナは、にっこり微笑んだ。
「シャアル様、アリシアを普段から大切にしていただいて
本当にありがとうございます。感謝しておりますわ」
そんな会話の横で、カルロスはへの字口で座っていた。
俺もこれを聞いていなければならないのか……。
いや、父親だから絶対に聞かねばなるまい……。
心の中の葛藤が全て表情に出るカルロスに
リリアーナが苦笑いした。
職務では、絶対にこんなことはしないはずなのに、
困った人……。
リリアーナは続けた。
「シャアル様、普段から大切にしていただいているのに
さらにお願いして心苦しいのですが、
アリシアが今の自分の気持ちを自覚して
打ち明けるまで、待っていただけませんか?」
リリアーナは、とても申し訳なく思うと言っているが、
これは母として譲れないことなのだという強い意志を
感じ取った。彼女も獣族なのだから、自分の努力は認めているのだろう。
そうでなければ この奥方のことだ、アリシアのために
最大限の努力をしない者など、知恵を使って追い払ってしまうだろう。
その自分を理解してもなお、娘の幸せを一番にと願うリリアーナに
人族の娘を、どれほど大切に育ててきたか心情がうかがい知れた。
そうは思ったが、シャアルは提案を一つしてみる事にした。
「もとより、そのつもりでおりました。
先ほどお話しした人族の友人の話だと、
半年で結婚相手を決めることは、普通難しいことだそうです。
ただ、お付き合いはできると話しておりました。
もしアリシア殿の気持ちが、幸運にも私にあるようでしたら、
番として、お付き合いを認めていただきたいのです」
リリアーナは柔らかく微笑んで聞いたが、瞳には強さを含んでいた。
「それは婚約という事ですか?」
シャアルは苦笑いする。
「私としては、ぜひそうしたいのですが……。
アリシア殿の気持ちを考えると
そう簡単にはいかないような気がします。
いかがお考えですか?」
カルロスは、さらにへの字口になっていた。
婚約という言葉に、大きな声を出すところだった。
リリアーナに、父親らしく、威厳を保ってくださいねと
輝くような微笑みで言われていたから我慢できたのだ。
そんなカルロスを放っておき、リリアーナは素早く考えていた。
どちらが、アリシアを守ることができるだろう?
婚約すれば、アリシアの身の安全も立場も明確になる。
ただ恋から覚めてしまえば、婚約破棄になる。
破棄するのは一向に構わないが、アリシアの評判に傷はつくだろう。
ただ、婚約せずにお付き合いとすれば、余計な詮索は受けるし、
政敵が利用することも考えられる。
格好のウワサ話の標的にされる可能性は高い。
リリアーナは見かけの柔らかさとは違い、剛胆にも決断した。
「人族のご友人の意見、教えていただいてありがとうございます。
もし、アリシアがシャアル様をお慕いしていると打ち明けたなら
婚約という形を進めるのでいかがでしょう」
そういうとリリアーナはカルロスの方を向き、問いかけた。
「ねえ、カルロス。シャアル様はアリシアの気持ちを優先してくださると
お話くださっているけど、さすがにお互いに気持ちがあるのに
お付き合いの形だけにしておくのは、アリシアにもよくないわ。
そうは思わない?」
問いかけられてはいるが、カルロスに反論の余地はない。
獣族の考えからすれば、付き合いだけなど、期間が長ければ長いほど
真剣な想いがないに違いないなどと、アリシアもよく言われなくなるだろう。
カルロスは観念した。
「そうだね、リリー。その通りだと思うよ」
カルロスの返事を聞いて、リリアーナは1つだけ加えた。
「ただ、シャアル様。先ほどの人族のご友人の話通り、
まだ半年もたっていないアリシアの気持ちが、どう変化するのか
母親の私でも分りません。それはシャアル様に辛い思いをさせてしまうことも
含んでおります。それでも婚約という形で進めてしまっても
よろしいのですか?」
的確な指摘だった。シャアルは、この想い人の母親の手強さに
内心で舌をまく思いだった。
まったく、この王国ときたら、そこかしこに人材が眠っている。
シャアルは、穏やかに答えた。
「構いません。アリシア殿にも話してあります。
どのような答えであろうと、気持ちの行き先であろうと、
彼女の心おもむくままに考えて欲しいと。
ですから、どのような答えであっても構わないのです」
シャアルが、落ち着いて、そして穏やかに答えるのに満足したリリアーナは
カルロスを上手に立てながら、もし婚約になった時の手順など
あっという間に話をまとめてしまった。
娘を想う母として、充分な成果をあげたのだった。




