第37話 景色
第37話 景色
シャアルは、アリシアからもらった万年筆を早速使っていた。
レストランの用意したインクを使い、サインをする。
紋様は家紋を一箇所変えた物にすることに決めた。
ケースに大切に万年筆を収め、行こうかとアリシアを促す。
その様子を見ていたアリシアは恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしていた。
シャアルは、屋敷に送る前に少し歩かないか?と話した。
どこかと思ったら、レストランの前の丘を降りる道を
一緒に歩かないかと言うのだ。
ちょうど、もう少しで陽が降り、星が入れ替わりに出る時間だった。
不思議に思ったものの、父に約束した時間には
まだ少し余裕がある。
丘の道は高い木はなく、適度に花や背の低い樹木が植えられており
綺麗なので、誘ってくれたのだろうと思った。
丘の中腹にはベンチもあり、
ゆっくり街中を眺められるようにもなっていた。
給仕に、とても美味しかったことを伝えて、
2人は外に出た。一本道が下へと続いている。
もう少しで陽が地に隠れそうだ。
シャアルにエスコートされながら、ゆっくり歩いていると
坂道に差し掛かったとたんシャアルが歩みを止めた。
「シャアル様?」
アリシアが首をかしげると、シャアルがアリシアを見て微笑んだ。
「アリー、下を見て」
視線を、進む方へやると シャアルが耳元でささやいた。
「アリー、君はこれが1番好きなんだと話していたね」
シャアルはそう言うと、手をサッと道へかざした。
その途端、道を挟むように置いてあったらしいランプに
次々と灯りがともっていく。
まるで絨毯を広げた時のように、灯りは下へ降りていった。
そして、ベールをかけたかのように光が道が駆けていった。
そうだ、そういえば1番最初の魔法の稽古の時に聞かれた。
ーー君のお気に入りの魔法は何?ーー
覚えていてくださったんだ……。
アリシアは、普段の何気ない会話を覚えていてくれたシャアルに
あっけにとられた。そしてこの道のように自分の心に暖かいものが
湧き上がってくるように感じた。何だか、じわじわと暖まる
暖炉のように、この道を駆け下りた灯りのように
それは心に広がっていった。
「シャアル様……」
アリシアは、初めて自分からシャアルに そっと抱きついた。
この間のように、ショックを受けたからでもなく、
感謝からでもなく、この暖かな心をシャアルに分けたかった。
シャアルは驚いたものの、そんな素振りは見せず、
自分の胸にアリシアを優しく抱きしめた。
「アリー、どうだ? 君のいった通り、私もこの魔法が
お気に入りになった」
シャアルは優しくそう言った。
アリシアは、いつもと違い少し上ずった声で話した。
「シャアル様……、シャアル様……、ありがとう。
私の話したことを、覚えていてくれてありがとう」
アリシアは、ポロポロと涙をこぼしていた。
シャアルはビックリして、慌ててアリシアの涙を拭う。
「アリー? ビックリしすぎたか?」
シャアルは戸惑っているようだった。
アリシアは、話し続けた。
「シャアル様、ありがとう。私、嬉しいんだと思う。
嬉しすぎて涙が出るんだわ。知らなかった、嬉しくても泣くのね」
泣き笑いしたアリシアの顔を見て、シャアルは自分の心の中の
アリシアへの愛おしさが溢れ出る様だと思った。
「アリー、喜んでる? 嬉しいと言ってくれたね。
嬉しくて泣いているのか?あぁ、アリー。
喜んでくれて良かった。愛してる、愛してるよ、アリー」
シャアルは、いつもよりも、ほんの少し力を込めアリシアを抱きしめた。
アリシアの心に何かの変化が起きた。
シャアルには、その事だけは分かった。
何が起きたのか……? それは、今はどうでも良い事の様に感じられた。
ただ、この変化をアリシアと分かち合いたかった。
アリシアは、目の前のシャアルと、灯りのともった小道を交互に見て、
笑いながら泣いていた。アリシアは、しばらくシャアルの胸の中にいて
それを繰り返していた。
シャアルは、この刻が永遠に続けば良いのにと願った。
2人は不思議な空間の中にいる様だった。
自分たちの周りに、まるで結界が貼られて
誰も入れない様な、そんな感じがしていた。
2人でゆっくりと魔法の灯りの中を下りていく。
それは、とても暖かな灯りで、何も話さなくても
お互いが労わりあえる様な時間だった。
アリシアは時々立ち止まって、ゆっくりと辺りを見まわした。
どこもかしこも、魔法がかかった様に美しく見える。
ランプの灯りもあって、それは幻想的に見えた。
そんなアリシアに寄り添いながら、シャアルは想いを新たにしたのだった。
アリーは、自分の命に変えてでも守る。
何があっても、もし例えアリーに拒絶されることがあったとしても……。
シャアルが改めて、生涯をかけてアリシアを守ることを誓った瞬間だった。




