てぃあーず
樹はなんとか枝垂高校に取り残された生存者達を逃がせないかと知恵を絞った。
「オウガーを校外におびき出せればあるいは……」
その時、彼は悪ガキのような策を思いついた。
樹は校舎沿いにしゃがみ、忍び歩きをした。
すると窓の外をずっと凝視している女子のオウガーがいた。
顔面蒼白で目からは夥しい量の血をだらだらと流している。
思わず悲鳴をあげるほどのビジュアルだ。
聞き耳を立てるとなんだか独り言を喋っている。
「あ〜〜由紀先輩の第二ボタン、ほしいなぁ。倍率たかいもんなぁ」
もう初夏なのに話題の時期がズレていることが余計に不気味さを駆り立てた。
しかしどうしたものか。この恋する喰人鬼はその廊下に居座っていた。
このままでは校内に進入できない。
すぐに樹は自分の第二ボタンを引きちぎった。
(由紀先輩のじゃないけどな!!)
窓からそれを投げ込むと「コンコンコン」という小音を立ててボタンは転がっていった。
「あぁ〜ん♡由紀センパァイ!!」
喰人鬼は物凄いスピードで第二ボタンを追いかけていった。
そして少年は額の汗を拭い、学ランの首筋を緩めた。
「……あんなのからまともに逃げられるわけ無いな」
そして彼は窓からの校内への潜入に成功した。
薄暗い中、ヒタヒタと壁沿いに手を這わせて歩くとあるものを発見した。
「よし。あった。いくぞッ!!」
樹は壁に設置してあった火災報知器のスイッチを思いっきり殴りつけた。
「ジリジリジリジリジリジリジリジリ!!!!!!」
けたたましいベルが学校全体に響き渡った。
なにやらドカドカという走る音が聞こえる。
おそらくオウガー達がパニックになっているのだろう。
すかさず少年は目星をつけていた放送室に滑り込んだ。
詳しい操作法はわからなかったが、カンでスイッチを押しつまみを上げ、マイクに声をかけた。
「あーあーあー」
うまいことに、校内にくまなく樹の声が響いた。
「これは訓練ではない!! 繰り返す!! これは訓練ではない!! お・か・し・も・お・か・し・も!! おさない・かけない・しゃべらない・″もどらない″!!」
校庭を見ると蜂の巣をつついたようにゾロゾロとオウガーが飛び出してくる。
生理的に嫌悪感を覚える光景だが、連中は人間の時のような記憶がハッキリ残っているらしい。
その証拠に防災訓練に関して極めて真面目にとりくんでいる。
あれは元々(もともと)、何ら変哲のない生徒たちだったのだ。
思わず樹はやるせなくなった。
ともかく、これでオウガー達を生存者から引き離すことが出来たはずだ。
「続けます!! 裏山はとりあえす安心です!! 生存者の方々(かたがた)は走って!!」
放送を終えると樹は窓から外へ飛び出した。
息を潜めていると無事に逃げてきた人達が視界に入った。
枝垂高校には約200人が過ごしているが、集まったのは10人弱程度だった。
あの環境下ではこれでも上出来だった。いや、上出来だったと思いたい。
もし、まだ生き残りがいても樹にはもはやどうしようもなかった。
後ろ髪を引かれる思いで、少年は生存者に声をかけながら裏山への道をのぼった。
その時だった。3人の男女が突如として一行を取り囲んだのだ。
「ははは。バーカ!! そんな簡単に逃げ出せるものかよ!!」
「肉の中にあたしらが混ざってるとか考えてなかったわけ?」
「にくにくおにくにくにくおにくにく……」
その場の面々(めんめん)は一気に大ピンチに陥った。
いくらこちらの人数が多いとは言え、相手は怪力のバケモノである。
その気になれば素手で人肉をちぎることも容易いだろう。
一瞬で肉塊になる。その恐怖では生存者は絶望に包まれた。
そんな中でも樹は諦めなかった。
(どうする!? どうすればこの局面を打開できる!?)
極限におかれた少年は妙案を閃いた。
「おい、おめぇら!! こいつら人肉を校舎からかき集めてきたのはどいつだ? 俺だろ!? 俺が最初に内蔵を食い破るのが道理ってもんだろうが!! 俺は1人でメシを喰うのが好きなんだ。あとでくれてやるから失せろ!!」
そう。樹はオウガーのフリをしたのである。
強力なプレッシャー下でも涼しい顔で、飄々(ひょうひょう)と動く。
彼の長所がフルに生きてきた場面だった。
それにしても1人でメシを喰うのが好きというのはパッと思いついたことだった。
まるで自己紹介だったなと少年はとんだ皮肉に思った。
改めて確認すると残ったのは教員1名、男子3名、女子5名そして樹の10名だけだった。
皆が皆、激しく疲弊していて何かを話す気力さえない。
もちろん、聞きたいことだらけなのだろうが命を守ることに必死だった。
それは樹とて変わらない。
全員が足を棒にして裏山を登り、社にたどり着いた。
助かった人々(ひとびと)は揃って地べたに座り込んだ。
すると急に空の真っ赤な月が明るくなり、怪しく光った。
そして、鮮血のような色をした雫のようなものが滴り落ちてきた。
それが地表に達したように見えた時。
「ぐがおおあああああ!!!!」
「アァああアァあああ!!」
「ごぷっ!! ごぷっごぷっ!!」
「きょきょきょきょ!!」
突然、脱出者達が奇声を上げて苦しみだしたのである。
樹は反射的にその場にふせた。
気づくと学校の人々(ひとびと)は全員、オウガーへと変貌していた。
激しい飢餓のせいか、互いを貪り始めた。
「があう、があう、むしゃ、むしゃむしゃ……」
「ゴリッ、ゴリッゴリッ!! 筋張ってるな」
「オウガーの肉はいまいちだなぁ」
「やっぱ生きたニンゲンだよな。ほら、俺の腕、食えよ」
ボトボトと地面に肢体が転がり、血溜まりができた。
その光景はまさに、地獄絵図だった。
思わず少年は吐き気で口を押さえた。
気づくと岩の上に見たことのある巫女服の小娘が居た。
樹は彼女を睨みつけた。
「どういうことだ!? 何が起こってる!?」
声を出しても、夢中になっているオウガーには襲われなかった。
遊鬼は天を指さした。
「″穢月の涙″だよ。あれと波長が合うとオウガーになっちまう。いまので染井の6割くらいは喰人鬼になっちまったんじゃねぇかな? 感染を避けるには染井を出るしか無い。あ、お前らはその汚染の影響は受けないから安心しろ。なにせ″主人公″だからな!! キシシシシ!!」
やはりコイツはこのゲームを心から愉しんでいる。
少年は人の命を弄ぶ態度に激しい怒りを覚えたが抵抗したところで歯がたたない。
まさに暖簾に腕押しだ。
まるでこの世界を受け入れるようで癪にさわるが、遊鬼の他に何の手がかりもないのだ。
情報を人質にとられているようなものだった。
次の瞬間、樹は凄まじい頭痛に襲われた。
「あっ、あ、う、ウウッうわああああ、ッッッ!!!!」
白銀のツノの少女はうずくまった少年を覗き込んだ。
「お、きたきた脳侵脳侵。くれぐれも死ぬんじゃあないぞ。面白くないからな。キシシシシ!!」
すると樹はまるで脳がジワジワと、溶けていくような感覚に襲われた。
(プツン!!)
そして彼の意識は電源を落とすように途切れた。




