がいすと
「プツン!!」
樹はまた誰かに脳侵した。
これが来るということはこの人物は切迫危機、つまるところ命の危機にある。
しばらく後、侵された人間は必ず死を免れない状況になる。
ただ、脳侵は未来予知の側面を持ち、樹が何らかの対策をとれば生き残ることが可能だ。
相変らず自分の詳細な姿形はわからなかった。
そして樹は心を落ち着かせた。
「これが他の繋人か……。死因……死因を確認して乗り切らないと!!」
あかねの時を教訓として、樹はボサっとしているだけでなく出来る限り情報を集めることにした。
この人物はすらっと身長が高く、かなり細身だ。
そして黒縁のメガネをかけている。度はかなり強い。
顔を触ると肌のアブラやニキビからして若い男性だとわかった。
だが、気づくと彼は仰向に寝転がって硬直していた。
(ぐっ、ぐぐッ!? 身体が、動かない!?)
樹に意識はあるのに指一つ動かすことが出来ない。
そして足元から得体の知れない重みのようなものがせり上がってくるのである。
それは人間ほどの重さだったが、酷く圧迫感があった。
おそらく金縛りというやつである。
それは首元まで迫ってくると青年の首を締め始めた。
「あがっ、あがががが!!!!」
息ができずにメガネの青年は泡を吹いた。
「キリギリギリ……ゴキン!!」
そうして彼は首をへし折られて命を落とした。
(プツン!!)
樹へと脳侵が戻ってきた。
金縛りが襲ってくるところから再開された。
すぐに樹は意識内に異物を見つけた。
紫のモヤ状の姿をしたオウガーが取り憑いていたのである。
見てくれは霧のようなものだったが、気配は喰人鬼そのものだ。
霊体とも表現できるだろう。
どうやら精神に干渉して悪さをしているらしい。
するとそいつは声をかけてきた。
「よぉ新人の兄ちゃん。脳侵はあんたの専売特許じゃねぇんだよ。素人が中途半端にちょっかい出すとヤケドするぜぇ?」
随分とフランクな性格をしている。
樹はそれに反発した。
「いくらなんでも殺すことはないだろ」
それを聞いた紫のモヤは愉しそうに言った。
「バッカだなぁ。自分が動けぬまま死んでいく。その絶望感は甘美。実に甘美なんだよなぁ。赤い月が上って、俺が目覚めてよ。もう何人も殺ったぜ。老若男女かまわずな。またリアクションが違うのが面白しろくてよ!!」
これはまたとんでもない下衆が現れた。
思わず樹は顔をしかめた。
どうにかしてこいつを撃破せねばこの青年は殺されてしまう。
そんな時、樹は思いついた。
霊体が青年に脳侵して金縛りを起こしているなら、自分も脳侵してダメージを与えればいいのではと思ったのだ。
脳侵すると取っ組み合い、揉み合いになった。
互いに実体がないのだから、おかしな表現ではあったが。
ただ、脳内で繰り広げられているのはそんな肉弾戦だった。
金縛りの霊体は樹を素人呼ばわりするだけあって、一枚上手だった。
「おらおらおら〜〜〜。俺を消せると思ってんのかか〜!? 消えるのはお前だっつってんだよぉ〜!!」
すると霊体は精神攻撃をしかけてきた。
凄まじいノイズが樹を襲う。
「あっ、うあ!! ががががが!!」
すると少年はまるで酔っ払ったかのように千鳥足になってしまった。
このままでは思いっきり叩きつけられて消滅待ったなしだ。
だが、樹は思いついた。目には目をと。
少年はオウガーの位置を察知する能力を使っのだ。
今はパニック状態なので、視界はグチャグチャだ。
まるで絡んだ毛糸のようにモジャモジャと混乱が広がっていく。
「おえええっっ!!」
霊体は湿気のあるえづきをあげて目を回した。
ただ、樹もそれに耐えることは出来ず、同じように吐きそうになった。
まるでバットを額に当ててグルグルと回った後に、紙相撲をしているような状態になってしまった。
思い切り殴り合うが互いに攻撃が当たらない。
少し考えて少年は閃いた。
当たらないのなら隅から隅まで叩けばいいと。
樹は頭を振り乱してロックなバンドでやるようなヘッドバンギングをし出した。
そして更に激しく脳内をミキシングしはじめた。
「うぉっぷ!! やめろよ!! そんなことしたらお前だってタダじゃすまねぇぞ!!」
モヤの警告を無視して樹は頭を振った。
「根性比べだ。どっちが長持ちするかな?」
表情を読むことは出来なかったが、霊体は怯えているようだった。
「こ、コイツ、狂ってやがる。とんずらこくぜ!!」
だが、霊体はそれこそ金縛りのように動けなくなってしまった。
「お前、何人も殺したらしいな。同情の余地は無い」
すると樹の手には紫のモヤが捕まえられていた。
「つかまえた!! くたばれぇ!!」
樹は思いっきり霊体をグッと握りつぶした。
「あ、あぐあぐ、あぐ……」
バシュン!!
すると青年の頭のモヤが晴れ、異物感が消えた。
「ハァッ、ハァッ……まさか実体のないヤツとまでやりあうことになるとは。今後、どんなのが出てきてもおかしくないぞ」
樹は視界がチカチカと光った。
その時だった。誰かの叫び声が聞こえてきたのである。
(ひいいぃ!! 黒いお化け〜〜!! 僕から出ていってくれ!! あんたが金縛りの元凶なんだろ!?
と、ぼ、僕から出ていってくれ!!)
こちらを″黒いお化け″と認識しているようだ。
制服が黒いからだろうか。
ただ、それはとんだ誤解で、むしろ樹は助けた側ではあるのだが。
青年の訴えを無視して、樹は状況を確認した。
脳侵した感じではこの青年にはこれといって特別な能力はない。
強いて言うなら感受性が高く、霊感のようなものはあるのかもしれない。
他の繋人よりこちらを意識しているフシがある。
まだ脳侵は途絶えない。
おそらく脱出の意志を確保せねばならないのだろう。
青年の住むアパートは商店街そばのようだ。
1階建てで、窓からの脱出は可能だが、アパートの前はオウガーが徘徊している。
背後の玄関からならなんとかなるかもしれないが、オウガーが居るかどうか確認する手段がない。
鉄の扉をぶち破る怪力である。突入でもされたらまず助からないだろう。
ここは割と安全な場所ではあるが、いつまでもここに居るわけにはいかない。
樹はこの険悪な関係でどうやって青年へ脱出を促せばいいか悩んだが、やはりこれしかない。
「おい……きこえるか。きこえるか……。染井市から早く出ろ……。しないとお前をあのバケモノにしてやる……。一刻も早く、早く、染井を抜け出せ。抜け出せ。抜け出せ……」
樹は青年を脅す手段に出た。
名を出して圧をかけようと思ったのだが、そういえば未だにこの人物の名前はわからなかった。
「ひええ!! 金縛りだけじゃなく、あのバケモノにするっていうのか!! そんなの、た、た、た、たまったんたもんじゃない!! こ、ここんな場所、に、逃げ出してやる!!」
完全にビビりである。
ともあれ、どうやら彼をなんとかして焚きつける事に成功したようだ。
彼にとってはオウガーと黒いお化けの板挟で、過酷な精神状態を強いられることになるが。
(プツン!!)
そうこうしていると名も知らぬ繋人との脳侵は途絶えた。




