↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/36

えまーじぇんしー

(プツン!!)


樹(いつき)の眼(め)の前(まえ)は真(ま)っ暗(くら)になったが、すぐに視界(しかい)がもどってきた。


少年(しょうねん)は強(つよ)い違和感(いわかん)を感(かん)じた。今(いま)までの自分(じぶん)ではないようだ。


「これが……脳侵(はっく)か?」


本当(ほんとう)に自分(じぶん)が他人(たにん)の脳(のう)に侵入(しんにゅう)してしまったのかを確(たし)かめる必要(ひつよう)があった。


肝心(かんじん)の顔(かお)は見(み)えない。


自分(じぶん)で自分(じぶん)の顔(かお)を観察(かんさつ)できないのと同(おな)じだ。


鏡(かがみ)でも無(な)い限(かぎ)りは。


前髪(かみ)をパサパサといじると視界(しかい)に水色(みずいろ)の髪留(かみど)めヘアピンがちらついた。


髪(かみいろ)はダークブラウンのショートボブだった。


身体(からだ)も確認(かくにん)せねば。


樹(いつき)は下心(したごころ)などとアホな事(こと)を考(かんが)えている場合(ばあい)ではなかった。


少年(しょうねん)は死(し)に物狂(ものぐる)いだった。


とりあえず、ペタペタと身体(からだ)を触(さわ)る。


その人物(じんぶつ)はセパレートタイプでオレンジカラーのランニングウェアを着(き)ていた。


YAE(やえ) HI(ハイ) SCHOOL(スクール)とロゴが入っている。


「八重高校(やえこうこう)……?」


校庭(こうてい)の様子(ようす)とウェアを見(み)るからに陸上部(りくじょうぶ)のように見(み)えた。


それにしても胸(むね)がない。男子(だんし)なのだろうか。


申(もう)し訳(わけ)ないとは思(おも)いつつ、少年(しょうねん)は胸元(むなもと)をめくった。


スポーツブラを着(つ)けている。女子(じょし)のようだ。


「あぁ……すんません……」


貧乳(ひんにゅう)というやつだろうか。


本人(ほんにん)ではないのに、樹(いつき)はなんだかわびしく感(かん)じた。


ヒタヒタと手(て)のひらを下(した)の方(ほう)に動(うご)かすと腹筋(ふっきん)があるのが確認(かくにん)できた。


シックスパックのようなガチガチではないが、くっきりした美(うつく)しいそれだ。


「すげぇな。女子(じょし)でこれか。相当(そうとう)、鍛(きた)えてるんだな……」


無意識(むいしき)に下(した)へと手(て)をやると股間(こかん)にあるはずのものがない事(こと)にいまさら気づいた。


「ッ!! これやっぱ女(おんな)の子(こ)じゃないか!?」


樹(いつき)は自分(じぶん)が誰(だれ)かの脳(のう)に侵入(しんにゅう)していることを確信(かくしん)した。


「この娘(こ)が……繋人(つなんちゅ)なのか?」


我(われ)に返(かえ)ってあたりを見回(みまわ)すと空(そら)には赤(あか)い月(つき)が浮(う)かんでいた。


辺(あた)りは薄暗(うすぐら)く、夕暮(ゆうぐ)れ時(どき)よりさらに暗(くら)かった。


どうやら夢(ゆめ)か幻(まぼろし)かというわけではなく、自分(じぶん)と同(おな)じ世界(せかい)の出来事(できごと)のようだった。


夢(ゆめ)だったらどれだけ幸(しあわ)せだったったろうか。


オウガーが校庭(こうてい)に残(のこ)った人(ひと)や、校舎(こうしゃ)から逃(に)げてくる生徒(せいと)を襲(おそ)っていた。


情(なさ)け容赦(ようしゃ)ない連中(れんちゅう)だ。


もっともそんな概念(がいねん)がないのかもしれないが。


逃(に)げ惑(まど)う人々(ひとびと)を助(たす)けたいのは山々(やまやま)だが、うかつに動(うご)けばこちらが殺(ころ)されてしまう。


その時(とき)、向(む)こうからランニングウェアを着(き)た少女(しょうじょ)が走(はし)ってきた。


「はぁ、はぁ……あかね、大丈夫(だいじょうぶ)!?」


あかねと呼(よ)ばれた少女(しょうじょ)は呼(よ)びかけに反応(はんのう)した。


(この娘(こ)、アカネっていうんだな……漢字(かんじ)の綴(つづ)りはわからんが)


ここで初(はじ)めて樹(いつき)は彼女(かのじょ)の名(な)を知(し)った。


「あ、ああ。いや、ええ……」


そうこうしていると駆(か)け寄(よ)ってきた少女(しょうじょ)はあかねに涙(なみだ)を流(なが)しながら抱(だ)きついてきた。


いきなり女子(じょし)に抱(だ)きつかれて樹(いつき)はドギマギした。


だが、次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)。


「ハッハァ!! 若(わか)い娘(むすめ)の脳味噌(のうみそ)、頂(いただ)きぃ!!」


すぐに樹(いつき)にはそれがオウガーの罠(わな)であることがわかった。


だが、がっしり掴(つか)まれて逃(に)げることが出来(でき)ない。


友人(ゆうじん)の姿(すがた)をしたオウガーは鉄球(てっきゅう)を片手(かたて)で振(ふ)り上(あ)げると、あかねの脳天(のうてん)めがけて振(ふ)り下(お)ろした。


「バチュュュュン!!!!」


アカネの頭部(とうぶ)はスイカを割(わ)ったように四散(しさん)し、眼球(がんきゅう)が吹(ふ)っ飛(と)んだ。


「あ″……ぐぎゃがぁっ?!」


アカネは頭部(とうぶ)の骨(ほね)が砕(くだ)ける音(おと)と共(とも)に、うめくまもなく絶命(ぜつめい)した。


(プツン!!)


うわアアアッッッ!!」


樹(いつき)は思(おも)わず頭部(とうぶ)を抱(かか)えた。


形容(けいよう)しがたい激痛(げきつう)を覚(おぼ)えたのである。


気(き)づくとまたもやあかねの主観(しゅかん)に切(き)り替(か)わっていた。


「あれ……? この娘(こ)、確(たし)かに殺(ころ)されてしまったのでは……?」


頭(あたま)を触(さわ)ると破壊(はかい)された様子(ようす)がなく、綺麗(きれい)なままだ。


するとグラウンドの真(ま)ん中(なか)から誰(だれ)かが走(はし)ってきた。


あかねに脳侵(はっく)した樹(いつき)は戦慄(せんりつ)した。


さきほど、あかねを撲殺(ぼくさつ)した少女(しょうじょ)が駆(か)け寄(よ)ってきたのである。


「はぁ、はぁ……あかね、大丈夫(だいじょうぶ)!?」


この後(あと)に起(お)こることが少年(しょうねん)には視(み)えていた。


「ぎゃあああァァ!!」


あかねの身体(からだ)に脳侵(はっく)した樹(いつき)は思(おも)い切(き)りヒトに化(ば)けたオウガーを突(つ)き飛(とば)ばした。


「てめェ……」


オウガーは牙(きば)を隠(かく)さずに醜(みにく)い顔(かお)を晒(さら)した。


危(あぶ)ないところだった。


巻(ま)き戻(もど)しの能力(ちから)がなければアカネは助(たす)からなかっただろう。


とっさの判断(はんだん)で樹(いつき)は逃げ出した。


「無理(むり)だ!! 巻(ま)けるわけがない!!」


フィジカルに長(た)けたオウガーからは逃(のが)れることは出来(でき)ない。


樹(いつき)は絶望(ぜつぼう)した。


しかし、どういうわけだろうか、少年は襲(おそ)い来(く)るオウガーを次々(つぎつぎ)と振(ふ)り切(き)った。


「し、信(しん)じられない!! 身体(からだ)が羽(はね)のように軽(かる)い!! これが陸上部(りくじょうぶ)の力……!!」


樹(いつき)は余裕(よゆう)で無数(むすう)の喰人鬼(しょくじんき)を振(ふ)り切(き)って校庭(こうてい)の端(はじ)まで駆(か)け抜(ぬ)けた。


眼(め)の前(まえ)には胸(むね)の高(たか)さくらいの校門(こうもん)が待ち受けていた。


樹(いつき)の身体能力(しんたいのうりょく)ではとてもこれを越(こ)えられそうにない。


だが、あかねの身体(からだ)ならなんとかなりそうだ。


そう確信(かくしん)した樹(いつき)は少女(しょうじょ)のフルパワーを引(ひ)き出(だ)して跳(と)んだ。


そして片手(かたて)を門(もん)についたまま、両足(りょうあき)をひょいっとを門(もん)の外(そと)へと投(な)げ出(だ)したのである。


「ううっ!! 高(たか)い!! 着地(ちゃくち)できるか!?」


すると侵(おか)した脳(のう)はしなやかな筋肉(きんにく)に命令(めいれい)をして、衝撃(しょうげき)をいなし、無事(ぶじ)に着地(ちゃくち)した。


「ガシャアン!!!! ガシャガシャ!!」


振(ふ)り向(む)くと背後(はいご)の門(もん)の向(む)こうに飢(う)えたオウガー達(たち)が群(むら)がっていた。


門(もん)はそこそこ高(たか)かったので時間稼ぎ(ぎかんかせぎ)にはなった。


樹(いつき)は自分(じぶん)がアカネへの脳侵(はっく)に快感(かいかん)を覚えていた。


自分(じぶん)より遥(はる)かに優(すぐ)れた能力(ちから)を発揮(はっき)できるのだから無理(むり)はなかった。


彼女(かのじょ)の脚(あし)で駆(か)け抜(ぬ)けるのは状況(じょうきょう)を忘(わす)れて楽(たの)しくさえあった。


だが、すぐに少年(しょうねん)は我(われ)に返(かえ)り迂闊(うかつ)な行動(こうどう)を慎(つつし)むように自(みずから)らを戒(いま)めた。


そして樹(いつき)は背後(はいご)を見(みた)た。


相変(あいか)わらずオウガー達(たち)は校門(こうもん)をガシャガシャ揺(ゆ)らしている。


(プツン!!)


切迫危機(くりてぃかる)を乗(の)り越(こ)えたからか、気がつくと樹(いつき)は元(もと)の自分(じぶん)の脳(のう)へと戻ってきていた。


あかねは奇妙(きみょう)な夢(ゆめ)を見(み)ていたが、意識(いしき)を取り戻した。


なんだか、自分(じぶん)が別人(べつじん)になっていた気もする。


「樹(いつき)……少年(しょうねん)……俺(おれ)……誰(だれ)かが私(わたし)の頭(あたま)の中(なか)に……?」


背後(はいご)ではバケモノがガシャガシャと校門(こうもん)を突破(とっぱ)しようとしていた。


「に、逃(に)げなきゃ!! そうだ、お父(とう)さんとお母(かあ)さんが心配(しんぱい)!! スマホは……もう!! 部室棟(ぶしつとう)のロッカーの中(なか)じゃない!! かといって取(と)りに戻(もど)ってはいられない。とりあえず、家(いえ)に帰(かえ)ろう!! 服(ふく)もこんなんじゃしょうがないし……」


セパレートのランニングウェアを着た少女は、携帯(スマホ)を諦(あきら)めて自宅(じたく)のある住宅地(じゅうたくち)に向(む)けて走(はし)り出した。


先(さき)ほど、全力疾走(ぜんりょくしっそう)して、跳(と)んだのがウソのような走(はし)りっぷりだった。


彼女(かのじょ)は常人離(じょうじんばな)れした運動能力(うんどうのうりょく)を持(も)ち合(あ)わせていたのだ。


向(む)かうところ敵無(てきな)し……と言いたいところだが非力(ひりき)な女子生徒(じょしせいと)であるということには変(か)わりがない。


(プツン!!)


樹(いつき)は自分(じぶん)の脳(のう)に戻(もど)ってきた。


そして彼(かれ)はアカネの走力(そうりょく)に着目(ちゃくもく)した。


「なんてフィジカルだ。これなら走(はし)って染井(そめい)を脱出(だっしゅつ)できるんじゃないだろうか?」


さすがに距離的(きょりてき)にそれは無理(むり)だと樹(いつき)は首(くび)を左右(さゆう)に振(ふ)った。


そんなことを思(おも)いながら、アカネの何気(なにげ)ない一言を思い出した。


「そういや、スマホスマホって言ってたな」


樹(いつき)は素早(すばや)く自分(じぶん)の携帯(けいたい)を取(と)り出(だ)したが、一切(いっさい)の反応(はんのう)がない。


少年(しょうねん)が目覚(めざ)めるのを観察(かんさつ)していた遊鬼(ゆうき)はスマホを指(ゆび)さして笑(わら)った。


「キシシ。一部(いちぶ)を除(のぞ)いて通信機器(つうしんきき)の類(たぐい)は使用禁止(しようきんし)だよ。ズルっこなしだぜ」


どうやらスマホによる繋人(つなんちゅ)や外部(がいぶ)と連絡(れんらく)は不可能(ふかのう)らしい。


ますます状況(じょうきょう)が絶望的(ぜつぼうてき)になって樹(いつき)は愕然(がくぜん)とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。