ぶれいんはっく
樹はバケモノに叩きつけられて意識が遠のいていった。
次の瞬間だった。
「ガシャアアアアン!!!!」
何かが窓を蹴破って飛び込んできた。
それはは恐ろしく速かった。
だが、かろうじて見えるシルエットは少女のそれだった。
「こンの三下がッ!!」
彼女はバケモノの頭部に飛び蹴りをかました。
「ブシッッッ!!」
怪物の頭が血飛沫をあげて吹き飛ぶ。
すんでのところで樹は飛び退いてそれを避けた。
「ひッ!!」
跳んできた生首は笑みを浮かべていたのである。
口角は上がっているが、顔はぐちゃぐちゃでもはや男女の区別さえつかない。
「おっと、こいつらは頭を潰したくらいじゃくたばらないぞ。くれぐれも残った身体には注意しろよっとぉ!!」
次に少女は物凄高速な手刀を繰り出して2人目の男を貫いた。
そのまま腕を引き抜きつつ、胴を蹴り飛ばした。
「ガシャーーーーーンッッッ!!」
バケモノは窓ガラスをぶち破って落下していった。
教室全体がミシミシと揺れる。
バケモノも怪力だが、それ以上にこの人物にはパワーがありそうだった。
「あと2人だ……なっ!!」
彼女は残った女の首をチョップしてバレーボールのように浮かせた。
そして、彼女は宙に舞った生首をキャッチした。
「……ラス1(イチ)だな」
すると残った三沢が命乞いしだした。
「見逃してくれよ!! もう人なんか喰わねぇよ!! なぁ!! 熊谷!! いや、熊谷くぅん!! 同じクラスメイトのよしみだろ!?」
女はわけのわからない事を喚いている。
生真面目な彼女がこんな風に変貌してしまったのを見て、樹はショックを受けた。
「ごちゃごちゃうるせぇな。くたばれ!!」
生首を手に持った少女はそれをポンと投げると空中で足蹴りを決めた。
「ボレーシューーーッ!!」
「ぐちゃあッッッ!! バシュュゥッッン!!」
彼女が蹴った″ボール″は三沢の頭部を粉砕した。
肉片が教室中に飛び散ってあちこちに張り付いた。
樹の顔にもそれはへばりついた。
むせ返るような血の匂いがした。
少年もさすがにこれには嫌悪感を隠せなかった。
震えながら立っていると、樹を救った少女が近づいてきた。
「おい。ここから抜け出すぞ。なにかしら話をするにしても、こんなところに留まる必要はない。さあ、おぶされ」
そう言いながら彼女は背中を差し出してきた。
その背はかなり小さく、細い体格である。
果たしておぶさって平気なのだろうか。
「おい、モタモタするな!!」
彼女の剣幕に押されて、樹はその小さな背中にしがみついた。
「そら、行くぞッ!!」
それを合図に少女は窓から飛び出した。
まるでノミのようにピョンピョンと高く跳ねて移動していく。
少年は恐怖のあまり目をギュッと閉じた。
風を肌と耳に感じることしか出来なかった。
気づくと2人は緑の茂る社の前にいた。
「枝垂高校の裏山だ」
樹は緊張の糸がプツリと切れてしまい、尻餅をつくようにへたり込んだ。
すると謎の少女はニッと笑った。
開けた場所でなら確認することが出来る。
幼女のようなあどけない表情。栗色の髪。
赤い袴の巫女服を着崩している。
特に驚くべきは額に白銀のツノが生えていることだった。
だが、脱力した樹にとってそれは些末な事だった。
息を整えていると、少女は自分を親指で指さした。
「名乗るのが遅れたな。あたいは遊鬼。あそぶおにと書いてユウキだ。ちなみに甘いものに目がない。特にメロンパンにはな。よろしくな」
そう名乗ったあと、彼女はからかうような表情を見せた。
「鬼なんて実在しないって顔をしているな? ところが、いるんだなこれが」
もはや鬼が出た程度では驚かない。
樹は黒い学ランの首元を緩めた。
「助けてくれてありがとう。しかし、あいつらはなんなんだ? あの赤い月はなんなんだ?」
子鬼は説明を始めた。
「襲ってきているのは喰人鬼の″オウガー″だ。人の生き血が3度の飯より好きでな。とにかく人間を喰らうことしか考えていない。常に強烈な飢餓感に襲われているらしいが……」
どうしてそんなクリーチャーが現れたのだろうかと樹は疑問に思った。
わからないと言った様子で少女も首をかしげた。
「それは鬼道の伝承に伝わる内容だ。どうして今になって連中が出てきたのかはわからん」
すると遊鬼はいたずらげに指を振った。
「お前、この染井市から生きて脱出したくはないか?」
樹は反射的にコクリコクリと頷いた。
する遊鬼はタネのようなものを取り出して、樹の額にそれを埋め込んだ。
「いくつか能力をやった。まずはオウガーの位置を察知する能力だ。集中すればどこらへんに奴らがいるかがわかる。ただ雑念が交じるとノイズまみれになる」
少年が集中するとそここに気配があった。
近くをオウガーが徘徊している。
「気配を殺す能力もある。じっとして居れば連中をやりすごすこともできるだろう」
これは試さないことにはなんとも言えない。
「あとはオウガー連中との会話もできるだろう。うまくやらないとバレるがな」
これは上手く使えば切り札になりそうだった。
「これらの能力を駆使すれば簡単に染井市から脱出できるだろう。″お前だけ″ならな」
樹は眉をしかめた。
「″お前″だけ?」
遊鬼は不敵な笑みを浮かべた。
「いいか? お前にお友達を用意してやった。だって、1人ぼっちはさみしいもんなぁ? こいつらは繋人と名付けておく」
どうやらこの鬼は純粋な良心で樹を助けたわけではないらしい。
少年は警戒して立ち上がった。
「おいおい。生き残る術を与えてやったのはあたいだぜ? そういきり立つなよ……」
樹は腕を組んで立ったまま話を聞いた。
「ゲームのクリア条件はお前と繋人の全員が染井市から生きて脱出すること。即ち、遊戯達成だ」
遊鬼は樹を指さしてバカにするようにクルクル指を回した。
「ただな、誰か1人でも死んだら全員揃ってオウガーになってもらう。これは死ぬより辛いぞ。未来永劫、血を求めて彷徨い続けるんだからな。つまり、これはちょっとしたサバイバルゲームってわけさ!!遊戯終了から逃れねばならないな!!」
どう逃げようか考えていた樹だったが、とんでもないことに巻き込まれてしまった。
困り顔の彼に子鬼は朗報を与えた。
「繋人の連中に簡単に死なれても遊戯にならんからな。樹、お前には特殊な能力をやる。″脳侵″……通称″はっく″だ」
少年は疼くような気がして額をさすった。
「ブレイン……ハック?」
少女は満足げに頷いた。
「そうだ。文字通り、お前は繋人の脳をハッキングできるようになった。ただし、好き勝手に出来るわけじゃあない。脳侵できるのは″繋人″が命の危機に晒された時のみだ。切迫危機とでも呼ぶか」
遊鬼はひどく愉しそうだ。
「お前は繋人の死因を視ることが出来る。そして、死ぬ少し前まで巻き戻しを起こせる。そこで繋人の死を回避できなければ遊戯終了。つまりお前らは運命共同体なわけだ。脳侵されると言ったほうが正しいか? そら、来たぞ!! 習うより慣れろだ!! いきなり死んでくれるなよ!!」
樹は頭の奥が焼けるように熱くなった。
「あっ、がっ、ぐぐっギギギ……ああああああぁぁぁ!!!!」
(プツン!!)
樹の意識はチャンネル切り替えるように途絶えた。




