こんふぇす
「俺さ、紗絵ちゃんに告白する気なんだよ。心の友のお前に見守ってほしいんだ……」
なんでもこの悪友は学年トップクラスの美少女に告白しようとしているという。
この春己という男についてだが、クラスのムードメーカーで人懐こい性格をしている。
故にクラスの皆から好かれる愛されキャラである。
ルックスもあながち悪くはない。
ただ、致命的な欠点がある。
三枚目のイメージが強すぎるのである。
面白いけど恋愛対象にならない男子。そんな評価である。
だから樹としてはこの告白については荷が重いと思わざるを得なかったのだ。
かといって頼みを無下にするわけにも行かず、結局、屋上の扉の後ろに隠れてその様子を見守ることにした。
(はぁ……なんで俺がこんなこと……)
枝垂高校はド田舎なので洒落たロケーションなどはなく、告白は屋上か体育館裏である。
ロマンティックさの欠片もなにもあったもんではない。
すると、春己が声をかけはじめた。
「お、はじまる……」
樹がボソリと声を出した次の瞬間。
鮮血のような色をした小ぶりな月のようなものがジリジリと空に登ってきた。
それは太陽を覆うようにして明るい陽光を遮った。
そして辺りは一面、薄暗くなってしまった。
あまりの異常事態に樹は取り乱した。
そして思わず屋上に飛び出す。
突如、正体不明の天体らしきものが出現したのだ。無理もない。
「な、なんだこれ……」
しばらくして我にかえった樹は春己のほうを見た。
すると、告白された紗絵が春己にもたれて、抱きついているではないか。
しかもかなりガッツリと抱擁している。
樹は二重に驚いて目を白黒させた。
「成功したのか?……にしても抱きつくのが早くないか?」
一方の春己は顔を赤らめて恥ずかしかっていた。
「そ、そんなぁ。いきなりだなんて。紗絵ちゃあん。俺、嬉しいけどさぁ……」
紗絵は鈍いうめき声を上げた。
「あぁ……あ、あ、あァ!! ゴリッ!! ゴリッ!!」
何かを砕くような異音が聞こえる。
一気に春己の血の気が引いた。
「ギリッ……ギリッ……ブチィッ!!」
なんと紗絵が春己の首筋に喰らいついているではないか。
ちょっと噛むというレベルではない。明らかに喰いちぎっている。
人間の噛む力はかなり強いとは頭ではわかっていても、これはその想像の遥か上をいった。
まるで骨付きチキンを貪るように紗絵は春己の首の肉を噛みちぎった。
少年の黒い制服に血が滲み出てドス黒く染まっていく。
そして太い血管が破られると同時に友人から鮮血が吹き出した。
にもかかわらず、少女は一心不乱に少年を喰らい続けている。
よっぽど美味しいのかと思えるくらいに。
春己には叫ぶ時間さえ与えられなかった。
「あ……あ″……あ″、ヒューッ、コヒューッ……」
彼は何か言おうとしているらしかったが、喉笛をやられていて空気が通る音しか鳴らなかった。
「い……ヒューッ……い……カヒューッ……」
樹は恐怖で足がすくみ、動けなくなってしまった。
紗絵は春己の首を半分ほど食いちぎると、その頭部を振り払って首無し死体の胴体ごしにこちらを凝視してきた。
投げ出された頭が無惨にもゴロゴロと転がる。
「ひッ!!」
さっきまで生きていた人間の成れの果てだ。
美少女の顔は返り血と、肉片にまみれてミートソースに頭をつっこんだようになっていた。
彼女は無表情だったのだが、次第ににこやかになり、そしてニタリニタリと満面の笑みを浮かべた。
「はぁるきくぅん、″味″はわるくなかったよ。″味″は」
樹は心臓が飛び出るほど驚いた。
「喋った!?」
偏見ではあるのだが、この手のクリーチャーは人語を介さないと勝手に思っていたからだ。
そうこうしているうちに紗絵は犠牲者の胴体を投げ捨てるように突き飛ばした。
「ビターーーンッ!!」
もはやそれはただの肉塊でしかなかった。
「おーい。次はおーまーえーだーよォ〜〜〜?」
相手は明らかに異常な怪力を持っていた。
とてもではないが、正面からやりあって勝てはしないだろう。
ここは逃げるしか無かった。
震える脚でなんとか立ち上がって樹は屋上の階段へと逃げ戻った。
そして急いで鉄製の扉を閉じ、背中でもたれかかり体重を預けた。
少年は黒い学ランの首元を荒っぽく緩めた。
いくらなんでもこれだけ分厚い金属板を、そう簡単に破れるわけがない。
すると頭の横の鉄板がものすごい勢いでボコリと盛り上がった。
どうやら向こう側から素手で殴っているようだった。
見た目は少女だが、あの怪力では屈強な男性でも殺されてしまうだろう。
となるとここはもう三十六計逃げるにしかずだ。
階段を飛び降りるように下り、樹は3年生の廊下に出た。
すぐに息を殺して奥の方を見ると何人か、人影がウロウロしている。
だが、明らかに挙動がおかしい。
同じ場所をグルグル回っていたり、壁をひっかいたりしている。
時折、校舎のそここから不気味な嗤い声や叫び声が聞こえる。
″ああなった″のは紗絵だけだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
この調子ではあのバケモノ、いや、バケモノになった生徒たちが校内を徘徊しているのは間違いなかった。
しかし、どうしたものか。まともに相手をしていたら命がいくつあっても足りない。
樹が頭をふり絞ってもいい案は出てこない。
万事休すである。
そんな時、背後から誰かか声をかけてきた。
「熊谷君!! こっち!! 皆こっちにいるよ!! 早く!!」
手招きをしてきたのはクラス委員の三沢真子だ。
メガネをかけた利発そうな女子である。
樹は生き残りの存在にホッとした。
それに縋って三沢の後をついて行った。
すぐに駆け込むようにして樹は自分のクラスに入った。
部屋に入ると背後で三沢がカギをかけた。
「……ガチャリ」
すぐに嫌な感じがして少年は身構えた。
血の臭いと何かが腐ったような嫌な臭いががツーンと鼻をつく。
ぐるりと部屋内を見渡すと、そこには″奴ら″が3人ほどゆらゆらと立っていた。
「三沢!! どういうことだ!!」
振り向くとここに案内してきた少女も不気味にニッタリと笑みを浮かべていた。
「どうって……皆いるでしょ? クラスの皆がさぁ……」
部屋の隅の肉だまりはクラスメイトのものだとでもいうのだろうか。
彼女はこうやって人間のふりをして″獲物″を呼び寄せているのだ。
罠である。こいつらは思いの外、ずる賢かった。
呆然としていると樹は、教室の床に叩きつけられた。
「ぐうえぇッッ!!」
するとバケモノたちがワラワラと寄ってきた。
その顔はグチャグチャで、もはや男女の区別もつかない。
喰らうのが楽しみだとばかりに歯を噛み合わせてガチガチと鳴らしている。
「こ……こんなところで終わるのか……?」
人間、死ぬ時はあっさりしたもんだと樹は思った。
しかし、厭世感にまみれた者の死に様としては妥当ともいえる。
先程の投げがクリーンヒットしたせいで息ができない。
そうこうしていると段々(だんだん)と意識が遠くなっていった。
ああ、今度こそ、おしまいだ。
樹はゆっくり瞳を閉じた。




