えぶりでー
いつの間にか桜は散り、新緑の季節になった。
多くの生徒が新しい環境に馴染む中、上の空の男子がいた。
染井市立、枝垂高校2年B組の熊谷樹だ。
黒髪で中肉中背。
顔は高い鼻筋に引き締まった唇。わずかに紅潮した頬。
割と整った顔立ちをしているが、唯一、目の印象はすこぶる悪かった。
眉は歪んでいるし、いつでもくたびれたような虚ろな目をしている。
生気もないし、クマも目立つ。
常に気だるそうな雰囲気を漂わせている男子だ。
それもそのはず、彼は強烈な厭世感に苛まれていたからだ。
精一杯、頑張ったり努力してもどうにもならない。
それならやろうが、やるまいが大差はない。ならばやる意味など無い。
それが樹の行動原理だった。
高校に入る前からずっとそんな状態が続いている。
それにはある理由があるのだが、クラスメイトはほとんどそれを知らない。
あえて公言するでもないが、彼はその″きっかけ″を他人に話さない。
いずれにせよ彼の健やかな青春を破壊した出来事かあったというのは事実だ。
それが陰を落とし、彼は何をするにも覇気がなくなってしまったというわけだ。
そのため「素材は悪くないが、やたら冴えないヤツ」
と、それがクラスメイトが共通して樹に対して抱く印象となってしまっていた。
「おい、一揆!!」
いきなり肩を組んできたのはクラスのムードメーカー、高畑春己である。
愛嬌のある顔をしており、コロコロと表情が豊かに変わる。
彼は小学校以来の悪友で、昔の樹の事を知る数少ない人物だ。
そんな彼は一揆!! 一揆!!と憂鬱な少年のことを一方的まくし立てた。
「″いっき″はやめろ″いっき″は」
こいつはいつもこんな感じだと樹は呆れた。
昔から″一揆″と茶化されるのはコンプレックスである。
そんな名前をつけた親を恨んだことさえもあった。
それでもなんだかんだで今はそれなりにこの名前を気に入っているのだが。
「なぁ一揆、今日もゲー研、来るだろ!? 今日も来いよな一揆!!」
″いっき″と呼ばれた少年は軽く頭を掻いた。
黒髪がかすかにゆれる。
「しかたない。放課後、部室でな」
やかましいやつではあるが、数少ない樹の理解者ではある。
腐れ縁というのもあって、樹はしつこい彼に対しても悪い感情は抱かなかった。
そうこうしているうちに昼休みになった。
樹は大きく伸びをしてまた変わらぬ外の景色を見た。
枝垂高校は周りに山や田んぼが一面に広がる田舎である。
ここ、染井市は造成地である市街地は栄えているが、未開拓のこの辺りとはずいぶんとギャップがあるのだ。
故に、この高校の生徒は母校を自虐して″ド田舎高校″と呼ぶ。
実際、そうであるからして誰も否定する者はいなかった。
制服は男子が黒の学ラン、女子は飾り気のない紺のセーラー服となんとも芋臭い。
おまけに校舎も古いコンクリ建てで、雨漏りまでする始末だ。
ただ、少ないながら誇るべき点もある。
それなりに実績のある進学校であるということだ。
有名大学に合格すると校舎に垂れ幕がかかる。
あとは地味にラグビーが強く、体育に取り入れられていたりもする。
もっとも樹にはどちらも縁がなさそうだったが。
というものの、彼はお世辞にも文武に秀ているとは言えなかった。
故に3年生になっても受験ムードに乗り切れないのは火を見るより明らかだった。
強いて、強いて長所をあげるとすれば、ここぞという時の頭の回転が早い。
機転が利く……というのだろうか。悪ガキチックとも言える。
犬の散歩中、用水路で溺れた老人を助けた事もあれば、電車で倒れ込んだ人に救護活動をしたりもした。
それを知っているのは春己くらいのものなのだが。
あえて自分の武勇伝としてそれらを吹聴しない樹に春己は憧れていたりもする。
昼飯時、樹は、とぼとぼと学食へ向った。
1人で歩く少年は脇目に売店を見た。
今日もパン売り場には長蛇の列が出来ている。
一番人気は小ぶりなミニ・メロンパンだ。
何の変哲もないパンだが、この高校内ではもっとも人気が高い。
今日は珍しく売り切れていない。
樹はきまぐれにそれを買うと、後で食べようと後ろのポケットにつっこんだ。
学食で注文したのはかきあげそばだ。
樹は特にそばを好んでいて、チープな学食のそれにもまあまあ満足している。
一緒に学食に行く友人が居ないわけではないのだが、昼食は1人で食べたい派だ。
彼にとってはこれが譲れない憩いの一時である。
教室に帰るとまもなく午後の授業が始まった。
最初は真面目に話を聞いていた樹だったが、睡魔には勝てず、いつのまにか眠ってしまった。
そして気づけば授業は終わっていた。
こういった態度が彼の学力不足を加速させていた。
どうせ適当に受かった大学に通うだろうという慢心もある。
だが、そもそも進学したところで何がどうなるわけでもない。
何かするたびにそんな厭世感がやってくる。
ただ、彼の根っこに流れるものはそう捨てたものでもない。
人助けをするように本来は真面目で責任感のある人間なのだ。
しかし、いかんせんここまでこじれてしまうとなかなか矯正するのは困難だった。
樹は″SHIDARE.H.S″とロゴの入った大きバッグを肩からかけた。
樹の向ったゲー研とは、樹と春己が所属しているゲームを遊ぶだけの堕落しきった組織である。
枝垂高校は部活動を奨励していて、何かしらクラブや愛好会に属さねばならないという決まりがある。
それをやり過ごすためにこの高校にはいくつもこんなお茶を濁すような集まりがある。
そのためどこも幽霊部員が多い。隠れ蓑というやつである。
このゲー研も例外でなく、樹と春己以外は実質的に帰宅部である。
他にも2人の部員が居るらしいが、入部したきりで顔を合わせた事も無い。
なんでも直帰して受験勉強をしているという話を聞く。
全くご苦労なことだと樹は辟易としていた。
もっとも学生としてあるべきは学問の研鑽なのかもしれないが。
2人は対戦格闘ゲーム″F.i.c.e.l″を始めた。
「うーし、ブーメランハメからの対空マントアッパー!! からの置きブーメラン!!」
樹はRPG派の人間で、格ゲーやレーシングゲーの類はからっきしだ。
「お前、またそれかよ……」
こうやって悪友に付き合うのがいつもの日常だ。
だが、今日はなんだか違和感があった。
なんだか春己がモジモジしているのである。
「なんだ? お前、具合でも悪いのか?」
そう樹が尋ねるとムードメイカーは恥ずかしそうに答えた。
「いきなりだけど俺さ、紗絵ちゃんにさ、こっ、告白しようと思って。もう下駄箱に呼び出しのラブレター、入れちゃったんだよね……」
三井紗絵。学年でもトップクラスの美少女だ。
春己には悪いが、正直、荷が重い。いや、重すぎる。
だが、その根性は買ってやろうと思えた。
「でさ、心の友のお前に告るのを見守ってほしいっていうかさ……」
「は?」
突然の頼みに樹は怪訝な表情をせざるを得なかった。




