びぎにんぐ(終)
春己はまだ生きていた。いや、未だ活動可能というのが正しい。
メキメキと首を絞められて樹は苦悶の表情を浮かべた。
真綿で首を絞めるようにじわじわ力を込めてくる。
「悪かった……悪かったって春己……」
樹は命乞いをするでもなく、素直に友人に謝ったのである。
「関係ないね。今頃ノコノコ来やがって!!お前、薄情なんだよ!!死ねぇェェ!!!!」
返す言葉もない。
そうこうしていると乾いた銃声が響いた。
「パァン……」
眉間を撃ち抜かれた目の前のオウガーは肉塊と化した。
「ハァ、また始末書だなこりゃ。パトロールに出てて正解だったな。ベルに感謝するんだぞ」
そこに居たのはアサカとベルだった。
おもわず樹は彼らに駆け寄った。
「アサカさん!! ベル!! 助かったよ!!」
少年は思わずベルを撫でた。
ベルはバサバサと尻尾を振っている。
普通はこれだけ圧のあるシェパードを撫でようとは思わないはずだが。
ベルは嬉しそうにクルクルと回ったが、アサカは怪訝な表情をした。
「ん? キミ、俺達とどこかで会ったことがあったか? ベルの名前まで知っているし……」
樹の姿を認識できているのは繋人のベルのみであり、アサカは樹とは初対面だった。
説明しても信じてもらえるわけがない。なので、適当に誤魔化すことにした。
「すいません。他人の空似です」
本当は互いの無事と健闘を労いたかったが、そうもいかなかった。
そしてアサカ達はひとまず安全な血洗ヶ浜へパトカーで移動した。
市の機関が麻痺しているので、やることのないアサカはパトロールと称し、生存者を捜索していた。
「ここでだれかと合流するって約束したはずなんだがなぁ。どうしても思い出せなくてな」
樹は砂浜にてフリスビーでベルと遊んだ。
やはりとても良い犬だ!!……と、樹はベルを絶賛した。
そうこうしているとアサカが砂浜に腰掛ける少女に気づいた。
「もしかして……ミサキちゃん……?」
ミサキと呼ばれた少女は無言のままアサカに抱きついた。
ひっくひっくとしゃくりあげ、涙を流している。
警官は驚いているようだったが、すぐに笑みを浮かべてミサキの肩を叩いた。
そのそばの砂山からヘルメットを被って両側ライトをくくりつけた青年が現れた。
「やはり、あのバケモノを根絶やしにしなければ。まだいくつも空洞が……」
ヘルメットにメガネの青年はアサカを指さした。
「あ〜〜〜!! アサカさんじゃないですか!!」
アサカも同時に指を指した。
「シンヤ君じゃないか!! キミがミサキちゃんを保護してくれてたのか。そう、キミだよキミ達に会う約束をしたんだった。無事に生きてたんだな!!」
シンヤはムキになって答えた。
「そんな、もう死んでしまったみたいに!! あんまりですよ!!」
彼等が楽しげにやっている中、樹もその輪に加わった。
するとシンヤは驚いて腰を抜かした。
「う、うひゃあっ!!お、お、お化けッッッ!!」
樹は首を左右に振った。
「それはもういいって……」
そうこうしていると下水道からドロドロのバケモノが吹き出してきた。
その場の全員が戦慄して身構えた。
ヘドロはなにやら話している。
「おかぁさ〜ん、やっぱりみつからないよぉぉ」
「もうちょっと探してみましょお〜」
それは明らかに人間の声だった。
思わず樹は声をかけた。
「リコ……リコなのか?」
すると確な反応があった。
「そ〜だよ〜。リコだよ〜。お兄さんは……あっ!!」
リコとサナエは海水で身体を洗い流すと岸辺へやってきた。
「いつきお兄ちゃんなの?」
お兄ちゃんと言われるとなんだかこそばゆいが、コクリと頷いた。
「ところで、何を探してるんだ?」
これだけ必死にドブを漁っているのである。
「お父さんのね、遺品のライターがないかなって。お父さん、実はタバコ大好きだったから……」
樹は一度、ライターに危機を救われていたので、胸ポケットに突っ込むクセがついていた。
リコの父から受け取ったZippaのライターをキープしていたのだ。
「あ〜!! それそれ!! でも、お兄ちゃん、それどこで!?」
そう尋ねたリコだったが黙り込んでしまった。
泣き出したその小さな肩を母のサナエは抱きかかえた。
こうして集まった繋人たちは助かったことの幸運を噛み締めつつ、揃って海を眺めていた。
だが、あかねとジンはこの場には集まらなかった。
樹はジンについてはだいたいのところを把握していた。
救助ヘリで抜け出したのは良いが、老体には負荷が高すぎた。
その結果、心臓が止まってしまったのだけは覚えている。
だが、脳内汚染から救ってくれたところを見るに、無事であると思えた。
きっと市外のどこかの病院で保護されているだろう。
それならば集まらなかったのはあかねだけだ。
「アサカさん、生存者リストに高校生くらいの女の子がいませんでした?」
一応、アサカは生き残りの捜索も行っているのだ。
「ああ、いたぞ。あかねって子が。なにせ生き残りが少ないから、一目でわかった」
そしてアサカは明るい表情を浮かべた。
「知り合いか? そう心配しなくていい。俺達と一緒に脱出した子だよ。つい最近、礼を言って染井から出ていった。行く先までは聞かなかったが……」
あかねの「必ず直接、会って話そう」という約束が思い出された。
「そうか。それじゃあもう会えないか……」
それを聞いたアサカは肩をすくめた。
「なに他人事みたいに言ってるんだい。キミだって今後の身の振り方とか、住む場所の心配があるだろう。俺達みたいに染井に残るのは肝のすわったごく少数なんだよ」
少年はしょぼくれた。
自分の産まれ、育った街がこうにもなると気分が滅入る。
「今の染井は状況としては最悪だからな。ゼロからやり直すんだ。俺らがな」
それを聞いて樹は後ろ髪を引かれたが、自分は自分の道を往くべきだと決心した。
結局、樹は都会の叔父の家に厄介になることになった。
枝垂高校では厭世主義でやる気のない彼だったが、今はなんだかみんなが見守ってくれている気がしていた。
それに後押しされ、彼は精一杯に学業やスポーツに打ち込み、優秀な成績をおさめた。
まさに文武両道の体現である。
元々(もともと)のポテンシャルがあったという一言では片付けられない。
彼の努力は半端のないものだった。
染井の事件から1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、半年と月日は過ぎていった。
そしてどんどんほとぼりが冷めていき、あっという間に樹の3年の受験シーズンがやってきた
ほんとうにあっという間だった。
それくらい何に関しても少年は必死に取り組んできたのだ。
そして、受験に関しても落ち着いて受けることが出来た。
その結果、無事にいくつかの名門校の合格を勝ち取ることが出来た。
どこに進学するか悩んでいると「私立葉桜大学」という大学が目に入った。
名門校で偏差値はかなり良いし、希望の学科もある。
桜が名前につく、懐かしい響きだ。
なにかしらの縁を感じた樹はここに入学することにした。
季節は移ろいで、葉桜の時期になった。
ぼちぼち大会の類が始まり、校舎に様々(さまざま)な横断幕がかかる頃である。
ある幕を見て樹は衝撃を受けた。
「祝!! 琴桜杯 女子50m走 優勝 芹沢あかね」
(プツン!!)
どこかで見たことのある女子が走っているのが見えた。
繋人たちに声をかけてもらったとき、確かに見た彼女だ。
あかねに違いなかった。
「エイ、オー、エイ、オー!! 気合い入れてくよー!!」
少女が足踏みしていると頭上から声が聞こえてき。
「危なーい!!」
頭上から植木鉢が落ちてきた。
手をすべらせて落としたのだろう。
それは彼女に直撃した。
「ぐちょああぁぁッッッ!!」
頭部が爆弾のように四方八方に飛び散る。
「あがッ、があああああッッ!! ぐがああああああッッッ!!」
(プツン!!)
なんだかひどく懐かしい感覚だ。
のほほんとしている場合ではない。
なんとかして植木鉢をかわさねばならない。
辺りには防御に役立ちそうなものはない。
「だが、お前の反射神経なら!!」
樹はあかねのフィジカルに賭けた。
次の瞬間、樹とあかねは無意識に息を合わせた。
「いっせーのッ!!」
少年は脳侵であかねの切迫危機を読んだ。
そして死の瞬間より前に巻き戻った。
「せっ!!」
あかねはそれを察知して抜群のリアクションでサイドステップを踏んだ。
「ガンガラガチャーーーんッッッ!!」
互いがうまく噛み合って見事に落下物を回避しきったのである。
これが正真正銘の最終切迫危機。
樹とあかねはこれによって互いの存在に気づいた。
そして再会を果たし、熱い握手をかわしたのだった。
それは脳侵が結びつけた因縁なのかもしれない。
-Brain Hack Fin-




