すぽいらー
樹が振り返るとそこには遊鬼がいた。
そして乾いた拍手を少年に送る。
「繋人全員の脱出、難関のYAEビル、菜穂子の抹殺。全部やってのける。まるでゲームの主人公のように。本当に見事だよ」
少年は″鬼″を睨みつけた。
「なぁ、それはそうとさ、ホントにこの世に″鬼″なんて居ると思うか?」
突然の問いに樹は怪訝な表情をした。
「おまえが″鬼″じゃないのか」
すると遊鬼はポキリと白銀の美しいツノを折った。
「!!」
少年は驚いて目を見開いた。
「バカだな。オニなんて迷信じみたものがいるわけないだろ。カモフラージュだよカモフラージュ」
鬼のフリをしていたモノは続けた。
「あたいらは″ぷらんたぁ″って地球外生命体でな。文字通り宇宙からやってきた。そんでもって人体実験の成果をここで試したってわけだ。思ったより″赤い涙″と″しーど″は出来が良くてな。短時間で簡単に大量のバケモノを生み出すことが出来た」
樹はバカげた話だと首を左右に振った。
「地球外生命体だと? 鬼よりよっぽり迷信じみていると思うが。第一、お前はほとんど人間じゃないか」
小娘はニタニタと笑った。
「そりゃお前、当たり前だろ。人間に化けてんだからさ。見抜けなかったのがお前ら地球人の限界だよ」
この連中は自分たちより明らかに格上の存在だ。
樹はそう痛感した。
「いいか、種を蒔くから″ぷらんたぁ″だ。染井の件は入念に練られた計画でな。地下壕が放棄された頃から″しーど″の研究とかしてたんだぜ」
少年は愕然とした。
「赤い月なんていうが、ありゃ月なんかじゃなくて母艦なんだよ。まざー・しっぷ。あたいらはその裏側で常にオウガーを始めとしたクリーチャーの研究をしてるのさ」
少女はカランコロンと下駄を鳴らした。
「いいかぁ? まずは、地下の″しーど″……胞子みたいなものを街に撒く。″しーど″には人間の脳に寄生して、スペースを空ける効果がある」
異星人は下卑た笑いを浮かべている。
「空白を作ったら研究で作り出した赤い涙を降らす。すると空白は喰人鬼の素で満ちる。これで獰猛で歪な思考を持ったバケモノの誕生だよ!!人間の残滓が残るのは人間の脳が残ってるからなんだよ!!」
脳に空白を作るというのもぶっ飛んだ発想だ。
少年にはにわかに信じがたかった。
「あたいら、ぷらんたぁは人間臭い土地に住むのがイヤでなぁ。そこで、染井の、やがては全ての人間を根こそぎジェノサイドしたかったわけだ。そのためのオウガーだな。人間をおっかけて殺すなんて低俗なことは連中にやらせておけば良い」
遊鬼はビシッっと自分を指さした。
「あたいらみたいな脱走者を殺して回る″監視員″は数人いればいいのさ。全くめんどくさい役回りだったぜ。脱出しようとした奴らを一人残らず殺さにゃならん。まぁお前らはあたいがこっそり持ち出した特別な玩具なんだから生かしてやってるわけだ」
真実ならば想像を絶する話だ。
怪異かと思われた現象は地球外生命体によるものだというのだからだ。
「いやぁ、しかし、人間も面白いことを考える。お前らが考えついた″ぞんび映画″ってのか? あれがオウガーのベースになっててな。なによりあれは見てくれが面白いからなあぁ!!キシシシシ!!」
相手のあまりにも下衆な話にいつしか樹は怒りを通り越した。
「ところでお前、こっからは大事な話だ。耳かっぽじってよく聞いとけよ? 人間の善い行いと悪い行い……それらを合わせて業というのを知ってるか? カルマと呼ばれたりもするな。つまるところ背負ってきた宿命が深いほどカルマも深くなる」
樹は小娘が何を言わんとしているかかわからなかった。
「意味がわからない。それがどうした」
目の前の異星人は得意げに言った。
「あたいはな、業深いカルマを喰らうのが大好きでな。そのために丁寧に育ててから踊り食いにするのがこの上ない悦びなんだ。喰われるのはそう、お前だよいっきくん。」
少年はあまり驚かなかった。
むしろ合点がいってすっきりとさえしていた。
「お前をいきなり八重ビルに放りこんだらすぐに死んじまう。少しずつダンジョンのレベルを上げてカルマを深めてやる必要があった。だから最初は枝垂高校に放ったわけだ」
樹は無言のままだ。
「繋人は効率的にお前のカルマを演出するための存在だ。実際、脳侵は面白かったろ? 何度も連中の命を救って、正義漢ぶって。面白い企画だったろ? 冴えない高校生が人助けをしながらサバイバルゲームを乗り越える。もはや英雄だ」
それ以上に衝撃的な事実が小娘から伝えられた。
「それにしても繋人ってさ、あまりにも都合が良くないか? いくらお前がうまく立ち回ったとしても犠牲者が全く出なかったのは奇跡的すぎるだろ?」
言われてみればそのとおりではあるのだが。
「お前さぁ……繋人と直接、会ったこと、あるのかよ? だれか1人にでも」
少年はハッとした。
樹は今まで会っていそうに思えて、直接、繋人の誰かに出会ったことがなかったのだ。
「当たり前だよ。だって、繋人はお前の脳内だけの存在なんだからさ。流行り風に言うと″いまじなりーふれんず″ってやつだな。だって他人の脳にアクセスするなんて不可能だろ? 居ない居ない。繋人なんてものは存在しないんだよ。全部、お前の脳内の話」
樹は思わず頭を抱えた。
「面白そうだから勝手に持ち出してきたが、やっぱおもしれーーー!!」
遊鬼は胞子の入ったシリンダーをゆすった。
「お前の場合は赤い涙でなく、空いたスペースに別人の人格を造ったんだ。それこそ″1人じゃ寂しいもんな″。それで生成されたのが繋人。独りよがりの妄想に過ぎないんだよ。あたいはあくまできっかけを与えたに過ぎない」
少年はショックで脳がカチ割れそうになった。
今までの命を懸けたサバイバルゲームとは何だったのか。
必死に助けた繋人とは何だったのか。
「忘れていた。いや、忘れたかった。そして忘れた……」
遊鬼はトンボを墜とすように指をグルグルと回した。
「菜穂子の憧れていた部活」
「菜穂子のやったフィールドワーク」
「菜穂子の飼っていた犬の名前」
「菜穂子のいとこ、その母の名前」
「菜穂子が好きだった公園」
次から次へと繋人の断片的な情報が流れていく。
「お前はそこらへんの菜穂子の欠片を素に繋人なんてものを練り上げたんだ。女の残り香から作り出したオトモダチか。お前、ほんと気持ち悪ぃヤツだなぁ。なんとまぁ女々(めめ)しいやつだよ!!」
そのまま樹は頭を激しく振ると、うずくまってしまった。
「う、ウソだ……。やめてくれ……!! やめてくれ!!」
小娘はとても、とても愉しそうだ。
「なぁに。想像力逞しいってのは悪いことじゃない。むしろ思春期男子の特権ともいえる」
少年は屋上に頭をついて正体不明になった。
「まあまあ。お前がいくらおかしくなったところでお前のカルマの美味さは変わらんからな。いくら狂ったとしてもあたいが責任をもって喰ってやる。なぁに、安心しろよ。無駄なことはなにもない。今までお前のやってきたことも、無駄なことは何ひとつなかったんだ」
今の樹にはなんだか彼女が救世主のようにも見えてきた。
この苦しみから救ってくれるのならば。
「さぁ、おまえの極上のカルマを捧げろ。なぁに苦しみはしないさ……」
少年は辛く、苦しい戦いを終えた。
もしかしたらこれによって繋人達はオウガー化してしまうかもしれない。
妄想の存在とはわかっていつつも、ついそう思ってしまった。
だがもう、何も考えることが出来ない。限界だ。
樹が身も心も差し出そうとした時だった。
「さて、仕上げだ。お前のカルマを絶頂にするスパイスがある。いいか、聞けよ?」
少女はねっとりと囁いた。
「″菜穂子はあたいが喰った″」
樹はカッと目を見開いた。
「今……なんて?」
少年は四つん這いでガタガタと肩を震わせた。
「キシシシシ!! 聞こえなかったか!? 菜穂子を攫って殺して喰ったのはあたいだよ!! なにが神隠しだ!! 誘拐殺人事件だよ!! 樹、お前をより完璧にするためにあたいは菜穂子を殺した!!」
そして樹は目の前が真っ暗になった。
「俺のせいで……菜穂子が?」
遊鬼はケラケラと笑っている。
「そうだよ。一般的には年頃の少女のカルマが美味とされるんだが、あたいは年頃の男子が大好きでね!! だから育てるのは菜穂子でなく、いっきくん。お前を選んだんだ!!」
無意識に樹は身体を起こして立ち上がった。
「お前を仕立て上げるためにあたいがナホコちゃんを殺したんだ。だ〜か〜ら〜、お前が殺したようなもんなんだよ? いや、″殺したのはお前だ″!! 挙句の果てにオウガーになってよ!! 苦しくてつらい思いをしてよ!! 自殺してお終いだ!! キシシシ!!」
すると遊鬼は猫のように舌なめずりをした。
「いやぁ、それでもあん時の菜穂子の肉はやっこくてうまかったなァ!! 怖がる顔もまたたまんなかったぜぇ。だが、今はお前のほうが美味そうだぞ? 爆発的な感情の振れ幅、純粋な怒り!! 樹よぉ、今のお前、サイコーだぜェ!!」
死んでいたはずの少年の感情は爆発した。
マグマのような灼熱の憤怒が溢れ出る。
彼は地べたに落ちていた日本刀″悦″拾い上げた。
そして負った深手の痛みも忘れて刀を構えた。
「ゆうきぃぃぃぃィィィッッッ!!!!」
「かかってこい!! 喰らってやるよガキンちょよぉ!!!!」
そして2人の殺し合いが始まった。




