びるでぃんぐ
様々(さまざま)な脳侵を経て、樹の本体は1人で八重ビル前に立ち尽くしていた。
「八重ビルか。ここの屋上にもヘリポートがあるはずだ。ジンじいさんと同じ要領で助けが呼べればあるいは……」
ビルの上部にはYAEというイルミネーションがついているが、電源が通っていないので暗いままだ。
「カラン……コロン……」
下駄の音が響いた。気づいて見上げると近くのコンビニの屋上に遊鬼が座り込んでいた。
「下駄なんて履いてたか?」
それを聞いた子鬼は満足だ。
「この音を捉えられるほどおまえが成長したんだよ。喜ばしい限りだよ」
角の生えた少女は警告してきた。
「やったじゃないか。4人と1匹は染井から脱出に成功したみたいだな。あとはお前だけだが。おっと忘れるなよ。お前が死んだら繋人もオウガーになる。そして外部で感染したりなんかしたら爆発的に広がるだろう。だから簡単に死ぬなよ。キシシシシ!!」
すると、彼女は棒状の何かを投げつけてきた。
「パシッ!!」
それは刀らしきものだった。紙垂がついている。
遊鬼はニタニタと笑っていた。
「日本刀″悦″。名前の通り、斬ることに快楽を覚える殺人剣さ。お前にはまだ走ってもらう。遊戯終了にはまだ早いからな」
樹は刀の白い鞘を抜いた。
一目でただの刀でないのがわかった。
少年はそのまま鞘を思い切り投げ捨てた。
「カランカラン……」
それは物音を立てながら暗がりに消えた。
子鬼は思わず目を見開いた。
「ほぉ!! 不退転ってわけだ!! あたいが見込んだだけはある!! さぁ、屋上目指して登れ登れ!!」
そして遊鬼はふっと消えた。
樹は無言のまま自動ドアを蹴破ってビルのロビーに入った。
八重ビルの中心は吹き抜けのフロアで構成されている。
その周りを緩やかな階段が囲み、徒歩で登っていくことができる。
エレベーターもあるが、あきらかに停止していた。
すると一斉に視線が突き刺さる。
ビル内はオウガーの巣窟と化していたのである。
すぐに樹は階段を駆け上がりだした。
途中に立ちはだかるバケモノを斬っては捨て、斬っては捨てながら駆け抜けていく。
今まで逃げ回っていた脅威をゴミのように切り捨てていくのは快感以外の何物でもなかった。
だが、そんな時、何者かに奇襲された。
樹は両肩を掴まれて宙ぶらりんになってしまった。
恐ろしい速さでさすがにこれには反応しきれなかった。
ガーゴイルのようなオウガーである。
そのまま吹き抜けの上まで上昇していく。
3階はあるだろうか。落とされたらただでは済まない。
だが、少年はすぐに反応した。
ガーゴイルの両足を掴んて思いっきりスピンしたのである。
「グギキッ!!」
バケモノはまるで鶏を締めたような音を立てて、竹とんぼのように上昇した。
そのまま逆上りするようにぐるりとオウガーの上に乗ると樹は翼を斬って蹴り飛ばし、上階に着地した。
「がギャー!!」
落下していくガーゴイルの断末魔が聞こえた。
今度は蜘蛛のようなオウガーの奇襲だ。
これも凄まじい速さだった。
しかし、アサカを襲ったのと同じタイプだったので見切るのは造作もなかった。
「ズシュッ!! バァン!!」
下から串刺しにしたあと、刀を抜いてバケモノを蹴落とした。
これも階下へ落ちていき、上がってくることはなかった。
ザコのオウガーを斬っては走る、斬っては走る。
いつのまにか樹の学ランは喰人鬼の返り血でドス黒く染まっていた。
吹き抜けのフロアが終わると今度はおしゃれな螺旋階段が続いている。
周囲は全面展望だが、こんな赤い月の世界では悪趣味に過ぎない。
そして赤い月に引き寄せられて強力なオウガー達が集結していた。
オウガーの巣窟と化したこのビルが余計に連中を呼び寄せるのだ。
爆音と共にガラスをぶち破って何かが来た。
赤く爛れた悪臭を放つはんまーのオウガーである。
ちょうどいい位置に樹は位置していた。
「登ってきたところ、悪いんだが……」
少年は刀で天井を突いた。
すると上の階から大量の水が降ってきて、バケモノを襲った。
「この上の商業施設には噴水があるんだ。残念だったけど」
「グアシャあああぁぁん!!!!」
はんまーを振ることもなく、オウガーは落下していった。
どうせ死にはしないだろうが、もう追ってこないだろう。
樹は無表情で背を向けた。
そのまま螺旋階段を駆け上がるとべったりした何かがそここにへばりついていた。
あまりの悪臭に吐きそうになる。
上のフロアで何かがモゴモゴしていた。
「誰(だれ、)だぁっ、だれぇら……」
ぐちゃぐちゃになったゲル状のものがしゃべっている。
「リコの親父さんか……」
予想通り、そこにはぐちゃぐちゃで大量の目玉をギョロギョロさせたオウガーがいた。
だが、襲ってくる気配は無い。
「サナエぇ……リコぉ……ごめんな、ごめんな」
泣きじゃくっているようである。
するとリコの父は頼み事をしてきた。
「お、おとうさんね、み、みんながイヤがるから、タバコ、我慢してたんだ。さ、最期に吸いたかったなァ……」
彼の身体からクシャクシャの煙草とライターが出てきた。
Zippaのブランドライターだ。
これは住宅街でいじったことがあるので、扱えた。
樹はタバコに火をつけるとヘドロのオウガーに落としてやった。
するとリコの父は燃え上がって消し炭になってしまった。
「あ、あ、あ、ありがとう。サナエ……リコ……」
少年は顔色一つ変えず階段を上った。
今度はタイヤ状のオウガーが壁を伝って侵入してきた。
「こいつはアサカさんたちを追ってたやつか」
樹はさきほどのライターを取り出すとカチンカチンと打ち鳴らした。
そして少年は迷わず走り出した。タイヤのオウガーに正面から飛び込んでいったのだ。
バケモノにはアサカ達につけられた傷痕があった。
うまい具合にスパイクをかわして、オウガーの傷に刀を突き立てた。
そして刃沿いにライターオイルを垂らした。
バケモノに油がしみたのを確認すると樹は着火した。
そして一気にオイルは燃え上がった。
ばいかーはとにかく火に脆く、すぐにしなびてしまった。
「とろ~ん、くにゃああ〜〜」
巨大なタイヤのオウガーはぺたんと床に張り付いた。
樹は襲い来る強力なオウガーと直接、対峙したことはない。
だが、繋人の経験からおおまかの事はわかっていた。
先程のはゲーム的に言えばボスラッシュというところだろうか。
とことん遊鬼はこのサバイバルゲームを心から愉しんでいるらしい。
それにしてもここまで身体を酷使したのに息一つ乱れない。
やはり″悦″の効果があるのだろうか。
同時に感情も麻痺している。
現に恐怖心や焦燥感がない。
極めてドライにオウガーを斬る自分がいる。
方や生き残る力を与え、方やサバイバルゲームをお遊戯として見る。
歪な関係ではあるが、もはや少年は何も思わなかった。
3体の巨大オウガーを撃破すると樹は更に上階へと上っていった。
道中を立ち塞ぐバケモノを斬る、斬る。
そして樹は血に塗れた。
″屋上立入禁止″
少年は迷うこと無く扉を蹴破った。
そこには巨大なHマークと電源の生きた通信ボックスが設置されていた。
とても広いヘリポートである。
ジンと同じようにいけばこれで助けを呼べる。
染井市から脱出できるはずだ。
だが、これで終わらないことを樹は悟っていた。
「樹くん……樹くん……」




