ばいかー
アサカの運転するスポーツカーはトップスピードだ。
先程のトラック事故で車通りがなく、スピードを出し放題だったのである。
しかし、なぜか車は更に吹かしだした。
それに反応して後部座席のあかねは飛び起きた。
「な、なになに!? どうしたんですか!?」
それを聞いたアサカは親指で後部を指さした。
「俺が聞きたいくらいだよ!!」
覗いてみるとオウガーがリングのように連なったタイヤのようなクリーチャーが追ってくる。
あかねがアーケードで遭遇した奴だ。
その速さに思わずあかねは絶句した。
(プツン!!)
助手席に座っている。これはベルだ。
バイクの片輪のようなバケモノはスポーツカーを横から押し付けてきた。
表面のスパイクが車の側面を抉る。
「ガリガリガリガリガリ!!!!」
そのままプレッシャーをかけられると高架下に押し当てられる形になった。
「ガガガガガガ!!!!」
そしてアサカ達の乗ったスポーツカーはすり潰された大根おろしのようになってしまった。
当然、乗っていた3人も壁面に擦り付けられ、車ごとグチャグチャの挽肉になってしまった。
(プツン!!)
なんとかしてあのバケモノのタックルをやり過ごさねばならない。
もたもたしているうちに相手が迫ってきた。
これしかないと樹はタイミングよく車のドアを開いた。
「ベル!?」
あまりの事にアサカは叫んだ。
「バァァァァアン!!!!」
横付けしてきたバケモノに開いた車のドアが直撃した。
互いに高速で走っているのだ。
その状態で、急にドアが開いたらその衝撃は計り知れない。
ドアの打撃をモロにくらったバイクのオウガーは気絶して他の車を蹴散らした。
「ギィィィィ!! ガランガラン……」
ドアは抜け落ちた。
車内を吹き抜ける風が気にはなるが、気をつければ落ちはしない。
「ベル、お前、ホントよくやったな。今回は未だかつて無いくらい冴えてるんじゃないか?」
樹はイスの上でクルリと回った。
「よし、このままとっとと染井を出るぞ。つかまってろよ!!」
警官らしからぬハイウェイの乗り方だ。
非常事態なので細かいことを気にしていても仕方がないが。
「ルルぅぅん……ルルるるううぅん……」
だが、一行は異音に気づいた。
「ドルンドルン……ドルルルル!!」
アサカは神経質にバックミラーを覗いた。
「くっそ!! ウソだろ!? 追いついてきやがる!!」
オウガーで出来たスパイク付きタイヤは確実に距離を詰めてきた。
あきらかに先程よりスピードが出ている。
スポーツカーで限界まで飛ばしても更にその上を行く。
決してこの車の性能が悪いわけでは無いのだが、あまりにもこの″ばいかー″が速すぎた。
しかも、しなやかなオウガーがリングを形どっているだけあって恐ろしく衝撃に強い。
その手の攻撃で退けられるとは思えなかった。
なら、切りつけでもしてパンクさせるにしてもバケモノは柔軟なゴムのようである。
普通のタイヤのようにはバーストしないだろう。
だが、なにかしら弱点がある。と思いたかった。
(プツン!!)
樹は後部座席に乗っているあかねに脳侵したようだ。
スパイクがシャキンとせり出して車の後部座席に迫る。
するとオウガーのバイクはスポーツカーに乗り上げてしまった。
巨大なトゲトゲでおろし金のようにすりおろしていく。
「ぎぃやあああああ!!!!!!」
「ああああ、あ、あ、あああ!!!!」
「ギャギャン!! ギャ、ゃがゃぎゃ!」
(プツン!!)
またもや似たような切迫危機だ。
なんとしてもこのバケモノは撃退せねばならないらしい。
樹はバックヤードを漁った。
やたらアウトドア系のアイテムが目立つ。
寝袋、テント、ランプ、焚き火台、炭、果ては冷蔵庫まである。
冷蔵庫を開けるとちゃんとひんやりと冷えており、どこからか電源が供給されているようだった。
樹は電源をまさぐると繋がっていたバッテリーを取り出した。
ボウリングの球より一回りくらい大きい。
「これは……リチウムイオンバッテリーだ!!」
すぐに少年はアサカに尋ねた。
「アサカさん!! 拳銃の弾、あと1発残ってるよな!?」
身も知らない人物に突如、名乗っても居ない名前を呼ばれた。
更に拳銃の弾数まで当てられ、アサカは混乱した。
だがそんな事に時間を割いている場合ではない。
樹は半ば無理やりに押し切った。
「いいか。今からこのバッテリーをバイクのバケモノに投げる。そしたらアサカさんがそれを撃ってくれ!!」
それを聞いたアサカは思わず樹を怒鳴りつけた。
「バカ言え!! ハードボイルドモノじゃねぇんだ!! そんなん当たるわきゃねぇだろ!!!!」
少女の姿をした少年も怒鳴り返した。
「なぁにが街のお巡りさんだ!! 女の子と犬1匹守れないのかよ!!」
アサカは苦虫を噛み潰したように黙った。
そして少しすると彼は決心した。
「ああ、わかったよ!! だが、この状況でどう撃つ?」
樹は自分も含めて心を落ち着けるよう促した。
その上で、こう作戦を立てた。
「まず、俺がバッテリーを投げる。投擲には自信がある……ような気がするからなんとかなるだろう」
樹は次にベルを指さした。
「で、運転はベルに任せる。ハンドルをくわえて固定するんだ。高速は直線だからしばらくは問題ないはず。その間にサンルーフからアサカさんが身を乗り出して……ズドンだ!!」
″無理″だとアサカが言う前に樹がそれを遮った。
「無理じゃねぇ、やるんだよ!! もう時間がない。ハラくくるんだ!!」
中身は樹だがはたから見れば可憐な少女である。
そのギャップが余計にアサカを混乱させていた。
(この娘……どういうんだ?)
この作戦は高度な脳侵が要求される。
あかねでバッテリーを投げた後、すぐに脳侵を繋ぎ直してベルでハンドルに食いつかねばならない。
当たり前だが、脳侵していない状態のベルに運転はできないので一瞬のズレが大惨事につながる。
下手をするとクリーチャーに轢かれる前に衝突でもして死にかねない。
アサカが拳銃の準備を始めた。
「外れても恨むんじゃないぞ!! 合図は!?」
「ベルに任せる!! 獣のカンってやつを信じるのさ!! これで連帯責任の一蓮托生だ!!」
アサカは鼻で笑った。
「ウーーーー、ウッ、ウッ」
ベルが溜めだした。合図が来る。
「ワフッ!!」
同時にあかねがバッテリーをバケモノめがけて投げつけた。
陸上部の鉄球で慣らした見事な投擲だ。
(プツン!!)
樹は無理やり脳侵をベルに切り替えた。
(ハンドルに噛みついて……固定する!! 固定すればいい!!)
そしてアサカも狙いを定めて発砲した。
「南無三ッ!!」
残された最後の一発は宙を舞った。
「パァンパァンパァン……」
余響を立てて弾はバッテリーを射抜いた。
「ボシュウウウウウ!! パシン!! パシンパシン!!」
中型のリチウムバッテリーである。せいぜい小ぶりな爆発くらいしか起こせなかった。
だが、バイクのオウガーは炎に弱かったのである。
その身体が瓦解するには十分すぎる火力だった。
「おご、おごごごご……」
タイヤのオウガーは溶けてくちゃっと路面に張り付いてしまった。
「あ、悪い。ベルを忘れてた」
アサカはすぐに運転を交代した。
一方の樹はハンドルを維持するので必死で、状況がどうなったかわからなかった。
こうしてベル、あかね、アサカの3人は無事にハイウェイを抜けて隣の山桜市へと脱出することに成功したのだった。




