いくすぷろじょん
リコとその母、サナエはなんとか下水道を抜け出した。
そこは隣の青葉市、血洗ヶ浜に通じていた。
だが無事に脱出できたかと言えばそんなこともなく、リコたちはオウガーとなった″父″に襲撃を受けていた。
それはヘドロの固まったまんじゅうのような見た目をしており、無数の目玉が出たり入ったりしている。
「おとうさん、小腹が空いてるんだなあ。リコちゃんおやつになっべくでないかなぁ!?」
クリーチャーはパクリと娘についてかじりついてきた。
すばしっこい駆け足でなんとかそれをかわす。
同時にリコは母にむけて叫んだ。
「おかあさん逃げて!! 捕まっちゃう!!」
サナエは首を縦に振ると海の方へ走った。
「なんだよォ。ツレナイなサナエは〜。親子みずいらじだぞほぉ!!」
ヘドロのオウガーからは逃げ切れない。
そう思った瞬間だった。
「や、やめろ!!その子を襲ってみろ!!こうだぞ!!」
下水道の入り口で構えていたのはシンヤだった。
彼はオウガーに備えて手投げ爆弾を持ち出してきていたのである。
(プツン!!)
突如、切迫危機が起こった。
もしかしたらと樹は嫌な予感がした。
「ピンッ!!」
安全ピンを抜いた直後、シンヤは手榴弾を落っことしたのである。
「バアァァァアン!!!!!!」
青年は真っ赤な花火のように粉々(こなごな)に吹っ飛んでしまった。
「あぷぷぇ………!!」
(プツン!!)
樹は額の汗を拭った。
少年は素早く爆弾を投げた。
「ボバーーーーーン!!!!!」
爆発は砂浜を大きく抉った。
まだ危機に晒されているからか、シンヤへの脳侵は途切れない。
「シンヤのやつ、無茶しやがって……。しかし、あのヘドロのバケモノ、どうしたものか。あんなもんどうやって撃退したらいいんだ」
その時、ミサキが樹の服の裾を引いた。
たどたどしい喋り方だが確かに声を上げた。
「……みんな死んじゃうでしょ。わたし、爆弾、投げるから……」
ミサキはこぶし大の石を拾った。
そして本格的なソフトボールの構えでそれを勢いよく投げた。
リコの父は高速の石つぶてに気をとられた。
これならバケモノを狙って当てることも出来そうだ。
「そふとぼーる……やってたから」
目の前で人が死ぬのは耐えられない。
ぎこちなくではあるが、その思いがミサキを突き動かした。
ソフトボールをやっているだけあって、道理で投擲能力は抜群なわけだ。
だが、問題は手榴弾が本当に当たるかということだ。
爆弾の造り自体は極めて単純なので問題ないだろう。
ヘドロのバケモノは意外と素早く動き回っている。
いくら投力に優れたミサキとは言え、動いている的に的中させるのは困難を極める。
そんな時、樹は思いついた。
「いいね。ミサキちゃん。僕と、あそこの女の子があのお化けをひきつけるから。当てられそうになったら全力で手榴弾を投げるんだ。いいね?」
ミサキは不安そうな顔をした。
2人に当てずして変異オウガーに当てるのは無茶だと思ったからだ。
だが、樹は自信ありげな顔でミサキの肩を叩いた。
もし、シンヤかリコに爆弾が直撃するとすれば切迫危機になるはずだからだ。
誰に当たりそうになっても、繋人に死人は出ないのである。
同時にヘドロのオウガーはリコに覆いかぶさってきた。
(プツン!!)
切迫危機だ。今回はリコに脳侵したようである。
思わず樹は叫んだ。
「お父さん!! おとうさぁん!!」
それに反応して緑のドロドロはミサキに背後を向けた。
眼球は全てリコに集中している。
ミサキはそこにスキを見出した。
「ピンッ!!」
ミサキは安全ピンを抜くと勢いをつけたアンダースローでこぶし大の爆弾を投げつけた。
勢いは速く、狙いは恐しく正確だ。
「バアアアアアァァァァァン!!!!」
耳をつんざく爆音と共に、バケモノは四散した。
ベタベタとした緑色の体液が降り注ぐ。
それはものを溶解させる効果があるらしく、シンヤとリコを襲った。
「うわああああ………」
「きゃああああ………」
囮となった2人はこれを浴びたが、ミサキは無事だった。
(プツン!!)
(プツン!!)
(プツン!!)
シンヤとミサキの身体が同時に溶けることによって切迫危機が連続する。
そのせいでパチパチと意識にフラッシュが起こり、樹は発狂しそうになった。
(あーあーあーあーあーあーあー)
その時だった。
飛び散ったはずの″父″が再集結して、元の姿を取り戻したのだ。
シンヤとリコに張り付いていたヘドロはなんとかなったが、ミサキの渾身の一撃でも撃破することが出来なかった。
それを見ていたリコの母、サナエは飛び出すと胸元から下げたペンダントを引きちぎった。
「爆弾の子、タイミングを会わせて!!」
彼女はシンヤ達がトロッコから手投げ爆弾を持ち出しているのを見ていた。
まだかなりの爆弾が残っていると踏んだのだ。
「あなた、ごめんなさいね……。でもッ!!」
サナエはトロッコめがけてペンダントを全力で投げた。
重めのペンダントだったのでかなり距離が出た。
ヘドロのオウガーはそれを見逃さなかった。
「サナエェ……ひどいなあ。けこん記念のペンダントじゃなぁいかぁ。どうしてこなことするだい……」
この一言が墓穴を掘った。
これからトロッコのほうに向って移動するのが予測できたからだ。
ミサキは投球の構えをとった。
目標はまだいくつも残っている手榴弾だ。
「ハァハァ……ひどいなぁサナエェ……。サナエサナエェ……」
そして父はトロッコに覆いかぶさるようにしてペンダントにかじりついた。
「今だ!!」
ミサキの見事なアンダースローはヘドロのそばの手投げ爆弾の山に直撃した。
そして転がっていた別の爆弾と連鎖して大爆発を起こした。
あまりにも激しい爆発で離れていても皮膚が焼けるほどだった。
これで倒せなければ一巻の終わりというところだった。
だが、今度こそリコの父は粉々(こなごな)になった。
「おとうさん、おとうさぁん……」
リコとサナエはそう嘆いたが、互いの身の安全を確認すると4人は駆け寄った。
そして生還の喜びを共有した。
その中で、奇妙な夢の話が出てきた。
この中でそれを見たのはリコとシンヤだけだ。
彼ら彼女らはまるで夢現の中で危機を乗り越えてきたという。
その中には自力では到底、思いつかないような策で突破してきたようなものも数多い。
そんな悪ガキチックな手段はなかなか思いつくものではない。
だが、そうやって話をすり合わせていくうちに脳侵してきていた″誰か″の存在にたどり着いた。
もっともそれがどのような人物かまでは全くわからなかったが。
リコは首を傾げた。
「(ようせい)さんかな?」
シンヤは焦りながら否定した。
「と、と、と、とんでもない!! ″黒いお化け″ですよ!!」
その言葉にリコは疑問を浮かべた。
「お化けぇ? お化けが染井から逃がしてくれるかなぁ?」
実際、自分たちを助けるために奔走してくれていたのは間違いなかった。
そう言われるとシンヤは返す言葉もなかった。
青年としてはお化けに助けられたのかと思うと素直には喜べなかったが。
ただ、それも脱出に対する強い動機づけだったと思うと仕方がないように思えた。
その″誰か″は今も染井市の中に取り残されているのではないだろうか。
シンヤもリコもなんとなくそう思った。
繋人だからだろうか。もっとも本人たちはそれを知るよしもないのだが。
無意識に4人は見ず知らずの誰かに思いを馳せた。
いつのまにか、空は青く、明るくなり日光が照ってきた。
だが、染井の上空には未だ赤い月が煌めいているし、夕暮れのように暗い。
事態はまだ解決してはいないのだ。
4人の居る血洗ヶ浜は夏場ならともかく、初夏に人が居るような場所ではない。
当然、辺りには人っ子ひとり居ない。
車通りも無かった。
そのため、一行は大ダメージを受けた身体を引きずって歩いた。
こうしてシンヤとミサキ、リコ、サナエは市外への脱出に成功したのだった。




