ばんかー
アサカと分かれたシンヤとミサキだったが、隣の青葉市とは逆方向に来てしまった。
こちらには造成地がそのままに残っている。
とてもではないが、山を超えて染井を脱出するのは不可能だと思えた。
だが、シンヤには勝算があった。
彼は河津大学の文学部の考古学専攻に所属していたのである。
そのため、この染井市の地下には太平洋戦争末期の本土最終決戦に備えて掘られた広大な地下壕があると知っていたのだ。
フィールドワークで壕内に入ったことも何度もある。
さすがに仔細な道筋を把握していると言うわけではないが、どこが浅くてどこが深いかくらいはわかる。
構造を思い出すに浅い層を長距離移動すれば市外には抜け出せそうだった。
だが、問題は例のバケモノについてである。
地上にあれだけ徘徊しているのに、地下壕に居ないわけがない。
おまけに黒いお化けの襲撃も考えられる。
また金縛りにあったら今度こそ殺されてしまう。
ただ、お化けのほうは染井から抜け出せば追ってこない。
そんな希望的観測があった。
シンヤはミサキの前にしゃがみこんだ。
「だだ、大丈夫? こっ、怖くはないかい?」
青年の声は恐怖に震えていた。
「………………」
やはり何も喋らない。
この調子では凄惨な現場に居合わせただろうし、両親が殺された可能性もある。
心的外傷後ストレス症(PTSD)というやつだろう。
確か、喋れなくなる症状もあったはずだ。
意思疎通ができないのは非常に不便で、致命的状況になりかねない。
しかし、ウダウダ言っても始まらない。
自分が彼女を守りながら進むしか無いのだ。
シンヤは励ますようにミサキの手を握て歩き出した。
自分自身も鼓舞するようにして。
そして2人は山林の地下壕の入り口に到着した。
もう少し進むと広めの会議室跡にでるはずだ。
(プツン!!)
切迫危機に陥った。おそらくシンヤのそれだ。
「こっ……これは……」
そこには数え切れないほどのカプセルが置いてあった。
中身は黄緑色の蛍光色だ。
内部は培養液らしきもので満たされており、無数の胞子のようなものがその中を舞っていた。
それにオウガーが6体ほど混じっていた。
シンヤが以前に来たのは半年ほど前だったが、こんな気味の悪い実験施設は存在しなかった。
よくみると地面にいくつもの引きずった形跡がある。
そう時間を置かぬうちに誰かがこの研究施設を動かしているらしい。
シンヤはカプセルに入った喰人鬼と目があってしまった。
そして、それにビビり、尻もちをついた。
するとカプセル内の泡が吹き出し始めた。
眠っていたオウガーが目覚め、カプセルは一斉に割れた。
そしてシンヤとミサキはオウガーに取り囲まれて喰らいつかれてしまった。
二の腕を喰いちぎられたシンヤは絶叫した。
スキもなく、今度は腹部にアッパーをくらいオウガーの拳が貫通した。
青年は倒れ込みながらも少女の名を呼んだ。
「おえっ……ミサ……ミサ………」
薄れゆく意識の中で少女がしこたま殴られているのが見えた。
そして、もはや人間の形を維持できないまでになっていた。
シンヤとミサキでさんざん遊ぶと今度はバケモノ同士で喰らいあい始めた。
血肉に塗れた最悪の地獄絵図だった。
(プツン!!)
シンヤは脚をガタガタさせて尻餅をついた。
樹は焦った。
「くっ、こんな時に!!」
これではとてもではないが危機を切り抜けることは出来ない。
すると樹は閃いた。
一か八かではあるが、いじわるげにシンヤを煽り出したのだ。
(あぁあぁ。惜しいなぁ。もう少し頑張れば祟り殺されずに済んだのになぁ。この腰抜けめ〜。腰抜けめ〜!! 薄暗い染井から抜け出せずに死んでいけ〜!!)
青年は追い詰められた状況と、この″黒いお化け″のあまりにもなめくさった態度にヤケクソになった。
そして立ち上がると怒鳴りだした。
「ばっ、バカにしてぇ!! ここまで来てお前なんかに殺されてたまるもんか!! いいか、こんなところとっとと抜け出してやるからな!! オウガーなんて怖いもんかッ!!」
そしてシンヤはミサキの手をとって走りだした。
樹は逃げ切れないと覚悟した。
しかし、オウガーはカプセルから流れ出た胞子に群がっていた。
そちらに夢中でシンヤたちを気にする気配はない。
(プツン!!)
どうやら切迫危機からは抜けたようである。
樹は大きなため息をついた。
(ギリギリだ。危ないところだったな……。はぁ、これで黒いお化けの役目も終わりだな。シンヤさんもよくやったよ……しかしこの施設は……?)
少年はシンヤの見てきたものから地下の謎の施設の存在を知った。
その頃、青年も怪訝な顔をしていた。
「連中はこの日に向けて研究してたのか? それにしてはオウガーにそこまで知性は無さそうだし、別の何かが……。何の目的で?」
謎は深まるばかりだったが、考えている場合ではない。
しばらく行くと、壕内に2本のレールが引いてあるのが確認できた。
「そうだった。壕内にはトロッコが走ってたんだったな」
(プツン!!)
またもや命の危機である。
すると轟音が闇の奥から聞こえてきた。
「ガタンゴトンガタンゴトン!!!!」
猛スピードでオウガーの乗ったトロッコが走ってきたのである。
「うひひひ、はえーーーーー!!」
「ギーぃリギリギリギリギリギリぃぃぃィィィ!!」
2人はトロッコの車輪に巻き込まれて轢かれてしまった。
鈍い嫌な音と共に肢体が細切れになっていく。
「ぎぃゃぎゃりぎゃりぎゃりぃ!!!!」
2人の絶叫が壕内にこだました。
「ぎぃやぁぁぁああ、あがぁかあ!!」
「ぐぎゃあああああおああおああぉぉ!!!!」
(プツン!!)
樹に脳侵が移った。今回も時間の猶予がない。
だが、またもや少年は悪ガキ的な策を思いついた。
そこらに転がっている石をレールに置きまくったのである。
「ミサキちゃん、開けたとこに走って!!」
少女はコクリと頷くと広がったスペースで頭を覆った。
シンヤもそれに覆いかぶさるようにして彼女を守った。
「ギィィィィ!! ギィギぃ!! ギャリギャリギャリ!!」
作戦通り置き石が効いてトロッコはガタガタいいながら脱線した。
進路がズレたことによって2人に直撃はしなかった。
こうしてなんとかして連続する切迫危機を回避することが出来た。
オウガーはトロッコの勢いのまま吹っ飛んでいき、バラバラになった。
そのまま歩いていくと停止している別のトロッコが目に入った。
レールは平らに続いている。
下り坂だと司令部などのある深部に着いてしまう。
だが、浅い層を平行に走る場合は他の出口に繋がっている可能性が高い。
市外に出られるかは博打だ。
だが、勝ち目のないオウガーに何度も襲撃されるよりはマシだった。
青年はトロッコにミサキを乗せると、走って勢いをつけ自分も飛び乗った。
路線の脇にはオウガーの研究施設らしきものが無数にあった。
どうやらこのバケモノは作為的に作り出されたものらしい。
道中に出会ったオウガーはカプセルのものばかりで、襲撃されることはなかった。
やはり、気になったのはキラキラと胞子のようなものが漂っているカプセルだった。
部屋一面を埋め尽くすように配置されている箇所もある。
その時だった。壕内に光が差したのである。
「お、おお!!!!」
「あ……あ……」
そしてトロッコは立入禁止の門をぶちやぶって砂浜に落下した。
シンヤもミサキも投げ出されたが、かすり傷程度で済んだ。
すぐに青年は黒縁のメガネを上げると辺りを見回した。
看板が目に入る。
「ここは青葉市の……血洗ケ浜……。やった!!隣の市だ!! 僕たち、染井を脱出したんだよ!!」
助かった2人は思わず手をとって喜びあった。
ミサキにも少しずつだが表情が戻りつつあった。
だが、なにがあったかシンヤの顔は真っ青になった。
「み、ミサキちゃん……」
気づかなかったが、横たわったトロッコから無数か手投げ爆弾のようなものが転げ出ていたのである。
2人はひきつった顔でゆっくりと後退した。
「よ、よかったね。あんなのが暴発したら粉々(こなごな)になるところだったよ……」
なんとかシンヤは染井から脱出したが、アサカたちの向った染井ハイウェイはこことは真逆の方向だ。
仮に車に乗っていたとしてもここでは合流は出来そうにない。
もしかしたら他にも生存者が居て、脱出を試みてはないかなどシンヤは考えた。
少し海岸線を歩くと、大きな土管が砂浜にせり出していた。
そこからは鼻が曲がるような臭いの下水が流れていた。
青年は鼻をつまみながら思い出した。
「そうか。これ、染井市で問題になってた下水道か。本当に直で海に垂れ流してるんだな……」
確かに染井と直結してはいるが、いくらなんでもここを脱出経路にするのは無理がある。
シンヤは下水道に背を向けてミサキのところへ帰ろうとした時だった。
「きゃああぁッッッ!!!! 誰か助けてぇぇぇ!!」
まさか。
青年はそう思って振り向くと妙齢の女性が飛び出してきた。
続けて少女が滑り出すように下水道から出てきた。
それを追うようにしてヘドロのバケモノが勢いよく吹き出してきた。
そのクリーチャーは体表に多数の目玉があって、それをギョロギョロと動かしていた。
「おとうさん……おとうさんだよォ……」
シンヤは腰を抜かしそうになったが、なんとか踏ん張って力を込めた。
もう黒いお化けの呪縛は無くなったのだから。




