みゅーてーしょん
リコと母はうまくオウガー達をかわしてアーケード街に到着した。
そこで2人は愕然とした。
普段から慣れ親しんでいた商店街が滅茶苦茶に崩落していたのである。
思わず彼女らはショックを受けて立ち尽くした。
それに鼻が曲がるような悪臭が漂っている。
その臭いは今まで追ってきたゲル状のものとよく似ていた。
ニオイのもとを追跡するとそこには崩落によって露出した下水道が剥き出しになっていた。
ベトベトはその下水道を行き来している風だった。
「これ……お父さんが通った後なのかな?」
首を傾げるリコに母は答えた。
「この下水道、血洗が浜に垂れ流しだって苦情が出てるんだよ。だから、ここを抜けたら浜辺に出ると思うんだ。だからもしかしたらお父さんも……」
少女の顔は希望に満ちた。
「くさいし、きたないし、きけんだけど、お父さんを追ってみる価値はあるよね!!」
母は自分で下水道を勧めておいたものの、内心では無謀な計画だと思っていた。
情けないことに自分はリコを励ます程度で、大したことは何もしていない。
それなのにリコをいたずらに危険に晒すのはどうかとも思えた。
だが、今のリコは以前より逞しくなった。
もちろん自身もできる限りのことはするが、今の彼女ならやってのけてくれる。
母はそんな一抹の希望にかけて下水道へ潜ることにした。
2人は崩落によって露出した通路から進入した。
反対側は崩れていて進入不可能だった。
この下水の水深はさほど深くは無いようで、小学生が落ちてもなんとかなりそうではあった。
流れも緩やかそうであるし、まず溺れるということはなさそうである。
下水道の通路はゆるいアーチを描いている。
片側だけだったので迷いやすい造りにはなっていない。
実質的には一本道だ。これなら無事に海に抜けられそうだった。
小さいながらも電灯がついており、視界の確保はできた。
しかし奇妙だ。緑のドロドロはベタリベタリと大きな跡を着けて続いている。
これは汚れが服に着いたというレベルではない。
まるで、下水に落ちたり上がったりを繰り返したしたかのような痕跡だった。
うっかり滑ったということもなさそうだ。
その時だった。
「サナエぇ……リコぉ……」
かすかに人の声がした。
「サナエぇ……リコぉ……」
今度はハッキリ、間違いなく彼女らの家族の声がした。
2人は歓喜して笑みを浮かべ合った。
「聞こえるかい? さ、さサナエ、リコ。お父さん、げげけっ下水にハマっちゃってね。ぬ、抜け出すのにクローしているんだ。引っ張り出してくれないかな? さぁ、こちらに手を伸ばして……」
(プツン!!)
歓喜の再会だったはずだが、母と娘のリコに切迫危機が襲った。
突如として下水道からヘドロに目玉がいくつもついたようなクリーチャーが飛び出してきたのである。
血走った眼球をギョロギョロと動かしている。
視界に頼った行動パターンなのだろう。
「残念でした〜。お父さん、お父さんだよォ!! みんなもぉ、へどろにぃ、へ、へ、へ、どろに!!」
巨大なヘドロのバケモノはリコに喰らいついてきた。
「リコちゃん!! 危ない!!」
母のサナエはリコを突き飛ばしてかばった。
「バグンッ!!」
そしてサナエは上半身をバックリと齧られてしまった。
下半身だけになったサナエは血飛沫を上げた。
しばらくテクテク歩いていたが、下水に落ちてそのまま流れていってしまった。
「ギャハハはハハハは!! サナエあんまりおいしくねーよ!! ギャハハハは!!!」
(プツン!!)
リコの脳侵が始まった。
なんとかして自分と母を守らねばならない。
しかし、先程に見たクリーチャーは今までの比ではない。
パワーも、スピードも桁外れだ。
だが、樹は悪ガキのように閃いた。
「こっちだ!!」
サナエから父を引き離すと、壁掛けのはしごを取り外した。
高所点検用のハシゴである。
「おっとっとっ、やっぱ重ッ!!」
金属製で少女にはヘビーだったが、樹は踏ん張った。
ふらふらしながらも、ハシゴの先端で電灯を狙った。
「お父さんのいうこときけなんてリコんはわるいヴァあ!!!!」
下水道からヘドロまみれのオウガーが飛び出してきた。
(ギリギリまで引きつける!!)
少年が今にも飲み込まれそうになった時だった、
「くらえええぇぇぇ!!!!」
樹はハシゴで思いっきりライトを突いた。
するとその破片が勢いよく辺りに飛び散った。
ちょうど目をギョロギョロと開いていた父に、それらが一斉に突き刺さった。
「ぐあおおおおおおおおおおおおおォォォォッッッッ!!」
ヘドロのオウガーは耳をつんざくような叫び声を上げた。
そして涙を流しながら、体中の目玉をパチクリパチクリとさせた。
「リコちゃああああん、悪い子でしゅねえぇぇえ!! 悪い子は〜……こうだ!!」
父は下水道から飛び出してリコに喰らいついた。
身体を屈めて器用に攻撃をかわす。
小さい体躯ならでの芸当だ。
そしてリコは大声を上げた。
「おかあさああああん!!!! 出口に走って!!」
サナエは引き返しそうになったが、リコが決死の思いで開いてくれた活路を無駄には出来なかった。
「リコちゃん!! 海岸で待ってるからね!!」
きっと海岸に出れば助けを呼んだり出来るかもしれない。
とりあえず、今は足手まといにならないように立ち回るのが最善だと思えた。
サナエはあまりにも自分が情けなく思え、視界が滲んだ。
一方のリコは父と向き合っていた。
「本当に……本当にリコの親父さんなのか?」
樹は改めて確認した。
「なぁんたぁその他人行儀はあ。そうだよ。俺はリコのお父さんだぞ」
それにしても醜い見た目だ。
おそらく、より強く赤い月の涙に侵されたのだろう。
オウガーでもこういった変異種のようなモノが発生するのだろうか。
今度こそパックリと。小さい子ノのお肉区はうまいからねぇ。
嫌悪感を煽る言葉である。
もはやこいつは父であって父でない。完全なバケモノである。
サナエは逃げ切っただろうか。今度は自分が逃げねばならない。
かじりつかれたら瞬時に肉塊と化す。
バケモノは視力が高い。故にそれに頼り切った索敵をしている。
「!!」
樹は閃いた。
あえて下水道のドブに飛び込んだのである。
「うあっぷ!!臭っえ!!」
思わず口から出た一言を抑え込む。
「んん!? んんん!? リコちゃんのニオイ、わからなくなっちゃったよォ!?」
少年の読みは当たった。
自分の体臭が臭いかどうかは本人には案外、わからないものである。
ヘドロ臭に浸ったバケモノも自分に近い臭いを感じ取れなかったのだ。
下水道は学校のプールより低いくらいの丈なので、なんとかリコは息を潜めて進んだ。
こうしてうまいこと父だったモノをやり過ごして、リコとサナエは海岸へ抜ける事に成功した。




