りーぷ
(プツン!!)
誰かが切迫危機に陥った。脚に激痛が走る。
すぐにあかねに脳侵しているのがわかった。
目前には破壊されたアーケードが見える。
かなり長距離を走っているはずなのに、いまだ鈍痛で済んでいるというのが驚異的だ。
ただ、本気で脚だけで脱出するのならあと20kmは走破せねばならない。
無茶と思いつつも頼れるのは自分の身体だけだ。
アーケード街にたどり着くとそこは滅茶苦茶に破壊されていた。
道路は激しく陥没しており、南口から北口に抜けるのは不可能だった。
「これは……菜穂子とやりあった後か。となると、アサカさんは近いかも知れない!! うまく合流できれば……!! でもこの穴じゃなぁ……」
その時、背後から嫌な音が立ち、ガソリンのような臭いが充満した。
「ドルン!! ドルンドルン!!」
無数のオウガーがタイヤのように連なったバケモノが現れたのだ。
表面には巨大なスパイクがびっしりとついている。
サイズは軽く自分の2倍以上。
こんなものに轢かれればミンチなって即死だ。
かなり速そうでもある。まともにスピード勝負をしたら勝てなさそうだった。
タイヤのオウガーはジリジリとあかねににじり寄ってくる。
「いやぁっ……来ないでぇ!!」
思わず少女の声が上がった。
後ろを見るとそこにはポッカリと開いた陥没が待ち受けていた。
「うそ……ウソでしょ!?」
あかねは足場を踏み外して底知れぬ高さから落下した。
「きゃああああああッッッ!!」
高所から落ちた先には折れたパイプがキラリと突っ立っていた。
「ザクッ……」
鉄の棒はあかねの腹部を貫いた。
「ううううううつつつつッッッ!!」
激痛に身悶えする。
必至に抜こうとするが身体深く突き刺さっていて、抜けることがない。
真っ赤なジャージの腹部はドス黒く染まった。
「うう、うげぇっ、げぇっ……痛いよぉ……怖いよぉ……」
そのままあかねは拷問のように長い間、苦痛を味わい続けた。
「うう、ひっく……ひっぐ………。ごぼっ」
やがて彼女は大量の血を吐くと絶命した。
(プツン!!)
樹は切迫危機を確かに確認した。
前方からタイヤの形をした巨大なバケモノがやってくる。
樹は振り向くと思いっきり助走をつけた。
陥没した穴は4mはある。絶対に樹には越えられない距離だ。
だが、少年は陸上部の少女を信じ、跳んだ。
「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
あかねは鮮やかに跳んだ。そして、見事に穴を飛び越え、着地すると転がった。
「や、やった!?」
「ドルン……ドルンドルン……」
穴の向かい側のオウガーは手を出せず、諦めて去っていった。
「はぁ、はぁ。これで北口から抜けられる。アサカさんは″足″を探すって言ってたな。もしかすると車に乗せてもらえるかも知れない!!」
(プツン!!)
あかねの脳侵が続く。まだ彼女を危機が襲う。
汚染からか、樹の視界は赤白赤白と交互にチカチカと点滅した。
あかねは身体にムチをうってペースを上げて走り出した。
そしてなんとかバイパスに乗ることに成功した。
少年が路肩を走っていると不思議と車は突っ込んでこなかった。
ほとんどのオウガー達は交通マナーを守っているらしい。
バイパスに乗ってしばらくして、前方で爆発が起こったのが見えた。
「あれは……アサカさんとベルか!! 近いぞ!!」
更に樹は走るペースを上げた。
だが、気になる点があった。脳侵が切れないのである。
またもや切迫危機が来ると樹は身構えた。
すると、ずぶ濡れの何かが行方を塞いだ。
警察官のような服装をしている。
「アサカいねぇじゃねぇかよぉ。ジュー、じゅっじをためっしぶち、させ……てくだしあ」
真っ青な顔をした警官はニタリニタリと笑った。
そして警官は拳銃の引き金を引いた。
「パンパンパンパンパン!!」
乾いた銃声がバイパスに響いた。
装填された4発は全弾命中した。
頭、胸、頭、胸……情け容赦なく。
「う……うそよね?」
あかねは前のめりに倒れ込んだ。
(プツン!!)
なんとかしてあかねを生かさねばならない。
だが、拳銃を構えられた状態だ。しかも恐ろしく精度が高い。
人外であるので当然と言えば当然だ。
「どうする!! どうする!? ええい!! ままよ!!」
樹は親指を高く突き上げた。
ヒッチハイクのサインである。
すると四方八方から車が突っ込んできた。
ヒッチハイクに反応してくれるのはありがたいが、対向車線からも突っ込んでくる。
「!?」
オウガーに一瞬のスキか出来た。
あかねは指を立てたまま全力疾走した。
次から次へと車がやってきてガシャンガシャンと衝突していく。
「あ、まちなさい。おまわりさんはね……ぐみゅっ!! ぶちっ!!」
警官のオウガーはヒッチハイクに巻き込まれてぺしゃんこになってしまった。
脚は激痛、足の裏はマメがつぶれて靴下は真っ赤。
切迫危機が去って脳侵が切れそうになった。
しかし、もう少し粘ればアサカ達と合流できるかもしれない。
樹は脳侵の時間を引き伸ばし、拡張した。
激しい吐き気が樹を襲った。
長時間の脳侵は″汚染″を加速させるという遊鬼の話が脳裏をよぎった。
だが、今はそれどころではない。
少年は爆発を起こすトラックめがけて走った。
一方のアサカは無人だらけになった車を物色しはじめた。
「お巡りさんが車ドロねぇ。笑えねぇな」
アサカはスピードが出そうなタイプの車を見繕った。
「サンルーフに……後部座席には色々(いろいろ)と積んであるな。まぁ脱出には問題ないだろ。こいつで行くぞ!!」
アサカとベルは車に乗った。
そしてささったままのカギを回し、エンジンをふかした。
「ドルルルルル……」
問題なく走行できそうだった。
(プツン!!)
その直後、あかねの切迫危機が見えた。
「お〜い!! お〜い!! 私も、私も乗せてくださ〜〜い!! え……ウソでしょ……いっちゃった……」
あかねは膝をついて崩れ落ちた。
(プツン!!)
これが彼女の命運を左右する。今度、脳侵したのはベルだ。
樹は思い切りアサカの腕を噛んで注意を促した。
「痛ぇな!! 本気で噛むんじゃ……ん?」
バックミラーを見るとズタボロの少女が走ってくる。
アサカはオウガーでないかと身構えた。
だが、近づくに連れ、彼女が生身の人間であるのがわかった。
「おーい!! お〜い!!!!」
アサカは何度も目をこすった。
「生存者!? しかもあんな女の子が!?」
あかねは車に追いつくと無言のまま後部座席に倒れ込んだ。
疲労と安堵のあまり、気を失っただけのようだった。
少女の無事を確認したアサカは車のエンジンを掛け直し、発車させた。
そのまま彼ら彼女らは問題なく染井ハイウェイに乗ることに成功した。
「ふぅ……。やったか。どうなることかと思ったが……」
アサカはなんとなくハイウェイラジオをかけた。
しかし、あまりにも狂った内容で聞くに耐えなかった。
だが気になる話題が耳に入った。
「は〜い。今日はイカしたタイヤ野郎の紹介だよぉ!! 簡単にそめ、そめそめから出られると思うにゃよォ!!」
後方からバイクをふかすような爆音が響いた。
「ドルン!! ドゥルルルオン!!!!」
警官は異常を感じ取ってバックミラーを覗き込んだ。
「バウ!! バウバウ!!」
ベルも警戒して吠えた。
「チッ。バケモノが!! 飛ばすぞ!! つかまれ!!」
そしてあまりの騒ぎに満身創痍のあかねも目を覚ますのだった。




