ぷれい
樹があてもなく歩き出そうとすると、向こうから路線バスがやってきた。
バスは樹の前に停車した。
もしやと思い、息を殺して運転席に声をかけた。
「こっ、このバス、どこへ行きますか?」
会話を試みると運転席のバケモノは答えた。
「エーッ、そめいこうえんでぇ〜す」
早くも老人と合流するチャンスだ。
樹は意を決してオウガーだらけのバスに乗り込んだ。
バスに乗り込んでも意外となんとかなった。
周りのオウガーには気づかれていないようだった。
スーツのサラリーマンらしき人や買い物袋の主婦、セーラー服の女子高生など普通のバスと何らかわらない。
見た目も普通の人間である。
彼らの″巣″をつっつかなければ、案外こういった平和な社会生活を送っているのかもしれない。
もしかしたら自分たちのほうが異端分子なのではないかと樹は思った。
「エェー、そめいこうえん、そめいこうえんでぇす」
バスは公園入口で止まった。
ソロリと降りると運転手が声をかけてきた。
「お客サァン。次に乗る時は乗車賃、はらってくださぁいねェ」
その時だった。少年は頭が割れるような頭痛に襲われた。
そして樹は無防備なまま、意識を失ってしまった。
染井公園のバス停前で気絶した少年だったが、バスの乗客が救護措置をし始めのである。
すぐに無事を確認すると喰人達は樹をバスに乗せた。
そしてバスはそのまま発車してしまった。
この事を彼は知らないままバスで市内を巡回し始めてしまったのだ。
なんとまあ、ありがた迷惑な話である。
(プツン!!)
そんな事を知ってかしらずか。
誰かに脳侵したのを感じた少年はすぐにあたりを警戒した。
「ゴグああああ!!!!」
聞いたこともないような咆哮が背後から聞こえた。
「ドグシャアアアッッッ!!!!」
繋人は振り向く間もなく、元の形を止めないほどにグチャグチャになってしまった。
(プツン!!)
樹に意識が戻ってきた。だが、考えている時間がない。
「ズドンッッ!! メリメリメリ……」
少年はイスの下から転げ出て強烈な一撃をなんとか避けた。
同時にハァハァと息があがる。
(この感覚……じいさんだな!!)
さきほど殴りつけてきたオウガーは今までのものと異なっていた。
3mほどの全身が焼けただれたような筋肉質のバケモノだったのだ。
鼻が曲がるような酷い腐敗臭を漂わせている。
「ごアアア!! ゴグアアアアッッ!!!!」
それはただひたすら絶叫していた。
片手には巨大な金属製のハンマーを持っていた。
これで殴られたらミンチになるのも無理はない。
「ンンン!! フーーーーンッッ!!」
樹はまた転げてハンマーの一振りをよけた。
(しめた。こいつ、動きは鈍いぞ!!)
しかし、老人の体力には限界があった。
数回避けると息が切れて、回避行動が出来なくなったのである。
少年は腕をついてヨロリと立ち上がった。
いつの間にか背後にはお掘りがあり、追い詰められる形となった。
だが、なぜかだハンマーのオウガーは背を向けて逃げ出した。
(プツン!!)
巨大なハンマーオウガーをやりすごしたはずが、再び老人に切迫危機がかかったのである。
脳侵の多用は樹の脳に多大なる負荷を与える。
もっとも、発動制限できない以上、彼にはどうすることもできないのだが。
突然、背後から紐のようなもので首を巻かれた。
「おじぃチャアッ!!」
少女のオウガーがお掘りのこちらに1人、向こうに1人居る。
「しねしねしねしねしねしねしねしね」
予想通り、腸のバケモノたちだった。
「いっくよ〜。人間ロープウェイだ〜!!」
少女2人組は巻き付けた″紐″を両サイドから全力で引っ張った。
「ぐっびゅうッッ……!!」
あまりの怪力で老人の首はねじ切れてお掘りにドポンと着水し、沈んでいった。
「あはは!! おもしろーーーい!!」
「しねしねしねしねしねしねしねしね」
「プツン!!」
切迫危機を見た樹は老人に脳侵した。
なんとかしてこの悪趣味な″人間ロープウェイ″を回避せねばならない。
樹は腸を首に巻かれる寸前に両腕をグーにして首元に挟んだ。
縄などで拘束されたときにこうすれば隙間ができるとネットで見たことがあった。
「いっくよ〜。人間ロープウェイだ〜!!」
少女たちは怪力で腸を引っ張ったが、お掘りの真ん中で緩んだ″紐″は外れた。
当時に思い切り両方を引っ張ると油断していた少女達はまたお掘りに落ちた。
「やった!! これであのハンマーのバケモノからも逃げられる!!」
しかし、脳侵は解除されない。樹の嫌な予感は的中した。
着水した老人はもがいたが、身体は沈む一方だ。
「ごぼっ!! ごぼごぼッッ!! しまった!! じいさん、泳げなかったか……」
水中でがぶがぶと水を飲み始めた。死を確信したときだった。
(学ランの仏さま、学ランの仏さま。わしはいいから、仏さまは助けてやってくだせぇ)
すると老人の暖かな祈りが公園に響いた。
そして誰かが小舟をこいでやってきたのである。
ぐいっと手を引き上げられて目を開けるとそこにはオウガーが2人居た。
樹は思わず飛び退いたが、喰人鬼に笑われてしまった。
「はっは。″ジン″さん阿呆だべなぁ。まだ新緑の季節だで。水遊びにははやすぎるでな!!」
「うわ言で学ラン学ランてなぁ。いまさら青春の夢でも見とったんかのぉ?」
それを聞いて堀の縁にいるオウガーたちは揃って笑い出した。
皆、おぞましい姿に変わってはいつつも、人の本質は失っていなかったのだ。
もちろん、容赦なく殺しに来る者もいるので、そんな悠長なことは言っていられないのだが。
樹やジンのような能力がなければこうはいかないわけであるし。
堀の上を見上げると全身が爛れて筋張った赤茶色のバケモノはいなくなっていた。
殺す気になれば殺れたはずなのに、なぜ姿を消したのだろうか?
それはともかく、この″ジン″という老人の脱出経路を確保しなければならない。
オウガーたちに聞くと次の停車駅は染井市立病院らしかった。
ジンはそれを聞いてコッソリと市営バスに乗り込んだ。
脱出ルートもわからないが何かに縋るように。
バスに揺られること10分。
″ジン″は病院に到着した。
その時、例のバケモノの咆哮があたりに響いた。
「グアがおおおおおおおーーーーンンン!!!!」
(プツン!!)
切迫危機だ。樹はジンに脳侵した。
少年は巨大な病院を見上げた。
彼の父が勤めていた職場である。
「いまとなっては……か」
そういえば父の話題に″ドクターヘリ″というものがあった。
急病人をヘリコプターで搬送するアレである。
「父さん、染井市立の屋上にはヘリポートがあるっていってたな。もしかすると、脱出手段になるかもしれない!!」
先程から航空機の類は全く見かけないが、こちらから呼ぶのはあながち不可能でないと思えた。
樹はこの御老体を引きずって屋上のヘリポートに上がることを決めた。
うまく行けばジンを染井から逃がせるかも知れない。
学ランの仏様の死闘が始まった。




