ふぇいす
「プツン!!」
樹はだれかに脳侵した。
ということは切迫危機が目の前に来ている。
とにかく状況把握と出来ることを探さねばならない。
だが、今回は以前のケースと違っていた。
目がかすみ、全身が重く、音はくぐもって聞こえる。
試しに顔をペタペタ触った。
皮膚がたるんでしわくちゃである。
「これは……お年寄りか!! これは男性だな……」
樹は老化による劣化を強く感じた。
「あぁ、学ランを着た……仏さんが……」
思わず老人の口からそんな言葉が出た。
場所はどうやら都心部の公園らしく、かなり広い。
周りでは多くの老人がラジオ体操をしている。
気づくとラジオ体操は2番の終わりにさしかかっていた。
すると赤い月がジリジリと天に上がってきた。
体操が終わった瞬間、周囲の老人は一気にオウガーと化した。
「ジジババの肉はうまくないんだがなぁ」
「ゲヒヒ!! にくにくぅ!!」
「それでもぉ、たべちゃえばいぃんじやなぁい!?」
樹の脳侵した老人はあっという間にオウガーの群れによって、よってたかって貪られた。
「バリッバリバリ!! クッチャクッチャ!! ズゾゾゾ……」
無惨にもただの肉塊へと化していく。
(プツン!!)
再び樹の脳侵がはじまった。
(まずい!! この身のこなしでは公園さえ抜け出せない!! どうする!?)
樹が焦っているとまたもや自然と口から言葉が出た。
「学ランの仏さん、学ランの仏さん……」
老人の祈りが心に染み入る。
段々(だんだん)と心が静かになっていく。
そのままゆっくり老人は座り込んだ。
真っ赤な月が上がり、周囲はオウガーに包まれた。
だがどういうことだが、オウガーは襲ってこない。
考えられるとすれば″信仰心″によって樹の能力が増幅されたようだった。
樹と老人の存在感は小石のようになった気がした。
少年は試すかのようにその状態で声をはり上げた。
「もう一回、もう一回、ラジオ体操やんべ!!」
樹が声をあげるとラジオそばのオウガーがまた曲を流し始めた。
体操が始まると誰も生身である老人を気にする者は居なかった。
これは非常に大きなアドバンテージだと思えた。
しかし、目は霞むし、耳は遠いし、身体能力は著しく落ちている。
よほど上手く能力を使っていかないと、とてもではないが生き残れないだろう。
なんとか樹はオウガーのど真ん中から這い出した。
服を漁ってスマホの類を探したがやはり身につけていないようだ。
もっともあったところでどうにもならないが。
まずはこの広大な公園から抜け出さねばならない
公園と聞くと長閑に思えるが、いまは地獄絵図だった。
「うわーーー!!!! 助けてくれぇ!!」
「きゃー!!!! なんなの!? なんなのよォ!!」
「バリッバリ!!」
「ブシュッ!!」
「クちゃぁ……」
わずがだが生き残りがいる。
樹は彼等彼女らを助けようとしたが、息が切れてへたりこんでしまった。
少年は絶望した。老人には想像以上体力がなかったのである。
すると向こうで楽しそうに縄跳びをしている少女達がいた。
思わず樹は声をかけた。
「こんなとこで遊んでちゃダメだよ!! 早く逃げないと……」
振り向いた彼女らに少年はゾッとした。
飛んでいるのは紐ではない。はみ出した″腸″だったのだ。
そのまま駆け寄ってくると2人はそれで老人の首をくくってきた。
いたいけな姿はしているが、バケモノはバケモノである。
なんとも邪悪極まりない表情をしていた。
「おじーちゃんころしてあげう!!」
「あげうー!! あげうー!!」
恐ろしい怪力でギリギリと腸によって締め上げてくる。
それは異常に硬く、途切れる様子が全くない。
苦し紛れに樹は叫んだ。
「ママよー!! おやつの時間よ〜。いらっしゃ〜い!!」
ふと出た声は女性のそれだった。
いつのまにか声色も変えることが出来るようになったらしい。
おそらく、これも老人の″信じる力″のおかげだった。
油断した少女たちを樹は力を振り絞って突き飛ばした。
すると、よろけた2人組は公園のお掘りに落っこちて水しぶきをあげた。
そのまま溺れて沈んでいった。
だが、少年はもはやもう息絶え絶えだった。
それでも樹の脳には″声″が届いていた。
(学ランの仏さんや。わしはもうええんじゃ。わしなんて見捨ててもかまわん……仏さんは生き延びにゃあならん……)
この老人はいま、夢を見ているような感覚でいるはずだ。
多少、勘違いは入っているが、樹のことを気遣ってくれているのである。
己を犠牲にしてもだ。
「じいっ……さん。意地でも染井からっ、抜け出すぞ!!」
樹は諦めそうになっていた主の身体に力を込めた。
だが、なぜだか少しずつ樹の視界の一部がぽっかりと欠けていく。
「まだだ!! まだじいさんの気力は尽きていないはず……」
だが、少年は思い出した。
「脳侵の限界か……。使いすぎると俺は……」
そう言いかけて樹は黙り込んだが、すぐに意を決した。
「このままじいさんを放っておくとオウガーに喰われてしまう!! なんとかして身を隠さないと!!」
焦る樹の目の前に公園ベンチが入った。
先程はバス停のベンチに隠れたのだ。
やってやれないことはない……と思われたが、周辺にはオウガーがたむろしている。
イスの下なんてすぐに見つかってしまうはずだ。
そうこうしていると老人はつぶやき始めた。
「学ランの仏さん、学ランの仏さん……」
再び老人の信仰心によって樹の能力が研ぎ澄まされた。
匍匐前進していくとまたもや自分が石ころになったように思えてきた。
いくら近づいてきても辺りのオウガーは全く反応しない。
(プツン!!)
脳侵が切れた。
とりあえず無事に切迫危機は抜け出したようだ。
しかし、このままではあの老人は身体を動かすことが出来ない。
長時間、あのままではどこか痛めてもおかしくはない。
こちらから脳侵できないことを樹は恨んだ。
同時に少年は言われようのない頭痛と吐き気に見舞われた。
長く脳侵していたダメージだろうか。
「おぇぇぇぇぇぇッッッ!!!! はぁ、はぁはぁ……」
それを抑え込んでして樹は隠れていたバス停のイスの下から這い出した。
そしてイスに座り込んで今までの内容を整理した。
「たしか、遊鬼は繋人が4人と1人だと言っていたはず。これで全員と″遭った″ことになるのか……」
樹はうつむくと、彼ら彼女らを思い浮かべた。
「陸上部のあかね、金縛りのシンヤ、リコとその母親、ベルとアサカさん、そしてさっきのじいさんか……」
全員が赤い月を目撃しているが、上がった月をみた時間と脳侵の時系列が滅茶苦茶だ。
本当に同じ時間軸に居るのかどうかさえわからなくなってきてしまった。
そうなってくると無理に繋人と合流しようとするのは得策ではないと思えた。
脳侵による彼等彼女らの危機回避やサポート、そして何より自分も無事に抜け出さないことには話にならない。
とはいえ、自分の脱出ルートは全く思いつかなかった。
あかねやベルのように健脚ではないし、アサカのように車に乗れるでもない。
そうして行くアテもなく少年は歩き出した。
すると向こうから路線バスがやってきた。




