じょいん
(プツン!!)
誰に脳侵したのか。雰囲気からしてメガネの青年のようだった。
(う、うう〜〜〜ん)
身体を仰向けに横たえている。指先一つ動かない。
(う、ううう、ううう………)
(コンコン……コンコン……も……し……さ……)
そして、足元から胴へと人間の重みらしい圧迫感が来る。
「ひいいいっ!! 息がっ!! 息がぁっ!!」
そして青年は何者かに真綿で首を絞めるようにジワジワと縊り殺されてしまった。
(プツン!!)
樹が脳侵してみるとそこには見覚えのある紫のモヤが居た。
金縛りにまぎれて、人を殺しまくっているタチの悪い霊体である。
「よぉ、兄ちゃん、また会ったな」
樹は紫のモヤを睨みつけた。
「しつこい奴だ。まだ消滅してなかったのか」
霊体はゆらゆらと揺れた。
「あらまぁツれないの。言ったろ。脳侵はあんたの専売特許じゃねぇって!!今度は負けねえぞ!!」
すると霊体は寺の鐘のようなものを取り出してきた。
モヤは恐ろしい速さで丸太を振り下ろした。
鐘の音は樹の脳内に響いた。
「ぼおおおーーーーーん!!!!」
爆音と振動が少年の脳を激しく揺らした。
「うおわああ、あ、あああーーーーッッッ!!」
脳味噌が弾けそうになった。
「うっす、もいっちょ!!」
こうして何度も樹の額に音の衝撃が打ち付けられた。
そして少年はなんの反応もなくなってしまった。
「おーッ!? よく耐えたほうじゃねぇの!? 今度、消滅するのはおめぇさんだよ!!」
全力で霊体は棒を振り下ろした。
その時、樹は目をカッと見開いた。
そして頭突きで鐘を打ち返したのだ。
「うっ……ウソだろ……」
跳ね返った衝撃で紫の霊体はもがいた。
うめく殺人鬼を樹は見下ろした。
「あれ? 言ってなかったか? 俺、石頭には自信があるんだよね。自信が」
樹は肩を回してほぐした。
「そ、そんなの……初耳だぜ……。げぼげぼげぼ……」
今度こそ霊体は滅びたようだった。
「ハッタリだよハッタリ。そもそもあんたの精神攻撃は大してくらってないんだ。俺のほうが格上なんでね」
そしてメガネの青年は跳ね起きた。
「はぁ、はぁ、また金縛りのお化けか……。奴はさぞかし僕を祟り殺したくてしかたないらしい。は、早く染井から逃げないと……!!」
オカルトのビビリが余計に彼を駆り立てた。
一段落したように思えたが、まだ脳侵が切れない。
立て続けに切迫危機がくるようだ。
樹の精神のテンションが突っ張る!!
玄関の向こうから柔らかな声が聞こえてきた。
「しんやくん。しんやくん。大丈夫? 様子を見に来たのよ」
それはシンヤと呼ばれた青年が慕っているらしき人物だった。
「あぁ、大家さん、外は危ないよ!! 早く入って!!」
″シンヤ″は玄関へ急ぎ、古びたドアを開けた。
「お、大家さん!! ぐびゅッ!!」
入口を開けたと同時にシンヤは凄まじいパワーで顔面を殴りつけられてしまった。
頭蓋骨が変形するほどのダメージで、シンヤの顔はグシャグシャになった。
もはや、部位の判別さえ困難だった。
「プツン!!」
意識は脳侵した樹に移った。
「とりあえず、無闇にドアを開かなければ時間稼ぎはできそうだ。しかし、どうやって抜け出したものか。きっとアパートの外はオウガーだらけだぞ……」
樹が考えあぐねていると、隣室から声が聞こえてきた。
「すいません、もし、もしもし。聞こえますか? 生き残りの方ですか? 警察です。救助に来ました」
聞き慣れた声だ。ベルのに脳侵していたときに同行していたアサカだとすぐにわかった。
まさかアサカが逃げ込んだ部屋がシンヤの部屋の隣だとは思わなかった。
″僥倖″。そうとしか言いようがなかった。
「アサ……いや、お巡りさんですか? こちらも状況がよくわからないんです。協力して抜け出しましょう」
本来、こういう場合、シンヤはアサカがオウガーでないかと疑うところだった。
しかし、樹は脳侵で何度もアサカと会っているのでその心配はしなかった。
一方、やけに冷静な応対にアサカは首をひねったが、パニックを起こされるよりはマシだ。
「こちらは玄関を塞がれているんです。窓の外はどうですか?」
アサカはミサキの居る建物から出ると、隣のアパートの庭を覗いた。
ベルが引きつけてくれたからか、そちらにはオウガーはいなかった。
アサカは抜き足、差し足でシンヤの部屋のガラス戸を軽く叩いた。
するとカギを開ける音がして、窓の向こうにシンヤの姿が見えた。
この時、樹は初めて人間の姿でアサカの顔を見た。
「名乗り遅れた。俺はアサカ タカシ。染井警察署所属。おっと、れっきとした警官だ。詐欺じゃないし、オウガーでもないから警戒しないでくれよ」
アサカは両手を上げて敵意がないのを示した。
髪は長めの黒髪、高い鼻、引き締まった顔。泣きぼくろ。
警官らしい凛々(りり)しい表情だ。歳はわからないが、かなり若く見えた。
体格もガッチリしており、屈強そのものだった。
同時にシンヤを脳侵している樹は疑問を抱いた。
切迫危機は乗り切ったはずだ。
にも関わらず、脳侵が解除されないのである。
(プツン!!)
突然、樹は意識が切り替わった。
隣の部屋のミサキが手に取るように見える。
すると大家が玄関のドアを蹴破って突入してきたではないか。
「シンヤく、シンヤシンヤ、シンヤく、シン……」
どこからか持ち出してきた手斧でミサキの脳天をカチ割った。
「うぎゃ、ぁぁぉぉっっ……」
断末魔と共に吹き上げられた夥しい量の血が部屋中を真っ赤に染めた。
(プツン!!)
シンヤに脳侵した樹に意識が戻ってきた。
どうやら繋人であるシンヤ、それとアサカとミサキが結びついたようだった。
脳侵が出来るのはシンヤだけ。
シンヤがベルと同じ役割に割りこんだのである。
急いでミサキの切迫危機をやり過ごさねばならない。
樹は走り出すと玄関のドアを何度も叩いた。
「大家さん!! 大家さん!!」
「シンヤくん? シンヤくぅん!!」
するとバケモノはミサキの部屋ではなく、シンヤのドアを破壊して侵入してきた。
その形相たるや、まさに喰人鬼だった。
(バケモノめ!! かかっこい!!)
「うひゃあッ!!!!」
しかし、シンヤは恐怖のあまり腰を抜かしてしまった。
彼のビビリは樹でも制御できなかったのである。
(しまった!! 殺られるッ!!)
「シンシシンシキンシンシくくくくんんんん!!!!」
その時、タイミングをはかってアサカが突入してきた。
即座にバケモノめがけて拳銃を発砲した。
「パンッ!! パンッ!!」
商店街に乾いた音が響いた。
「ぎゃおおお!! あがあああ!!」
弾は頭部と胸を撃ち抜いていたが、大家のオウガーは死ななかった。
起き上がるのは出来ないようで、長いことのたうちまわっている。
「ふぅ、追加の始末書だなこれは」
そう言いながらアサカは拳銃の残弾を確認した。
日本の警察で採用されているリボルバーのタイプは2つあるが、いずれも弾数は5発である。
「先輩に1発、蜘蛛のバケモノに1発、″大家さん″に2発。残りはあと1発か。厳しいな……」
確認を終えるとアサカはこちらを見てきた。
「君、名前は?」
急に名を聞かれて、樹はしどろもどろになった。
「あ、はい。僕はイツ……じゃなくてシンヤです!! よろしくお願いします!!」
それを聞くとアサカは頷いた。
「市民は俺が守る。それがお巡りさんだからな」
頼もしい雰囲気を醸しているが、実際のところ、生身ではオウガーには敵わないのが悲しいところだ。
頼みの綱の拳銃も残り1発しか残っていないらしいし。
このアサカと小さな子どもであるミサキを同時に救うのはかなり難儀だ。
(プツン!!)
切迫危機を乗り越えたからか、樹の意識は飛んだ。
(次は……誰だ? そろそろ……俺の身体にもどってくれ……!!)
誰かの切迫危機が、またくる。




