さばいばー
「!!」
樹は誰かに脳侵した感覚があった。急激に見える色彩が鈍くなる。
身体も四つん這いになった。
(これは……ベルだな!?)
慌てること無く、辺りを警戒した。
どうやらここはアサカ達がパトロールでやって来た商店街のようである。
「こ、こいつは……。あちこちグチャグチャじゃないか。一体、どういうんだ?」
今はそんな場合ではない。ベルは低く唸った。
「ウウーーーーッ!! グルルル!!」
「どうしたベル。やっぱ今日のお前はおかしいぞ……」
アサカがベルを眺めていると、商店街の2階から何かがアサカの頭部めがけて飛び降りてきた。
「ザグリッ!!」
蚊のようなギザギザしたストローが警官の頭部をグサリと貫いた。
「あぱ、ぱあああ!?!?!?」
ストローが脳に貫通したアサカが奇声をあげた。
「か、か、あ、ぴょぴょ……」
その後、オウガーは一心不乱にチューチューと脳と脳をかき混ぜて吸っていた。
(プツン!!)
ベルに脳侵が巻き戻って帰ってきた。
何に殺られたのかと素早く樹が見上げると、天井に張り付いたオウガーがいた。
ああやって、獲物を待ち受けているのだろう。
ひたすら樹は頭上に向けて叫びだした。
「ウーーーーバウワウ!!バウワウ!!」
するとアサカはそれを見上げて、とっさに避けた。
ズシャっという鈍い落下音が響く。
そこにいたのはもう人間の姿形をしていないオウガーだった。
まるでアメンボのような見た目をしている。
頭部は人間の生首でグリグリと回っていた。
平時ならばまず拳銃を発砲するという選択肢は無いのだが、オウガーからは明確な殺意が感じられた。
アサカは素早くポシェットからハンドガンを取り出すと1発撃ち込んだ。
「パンッ!!」
乾いた音が商店街にこだました。
弾丸が直撃するとオウガーは転げ回って悶絶していたが、やがて動かなくなった。
「ふぅ。また始末書だな。残弾は……残り3発……」
すると樹の脳侵は切れた。
「プツン!!」
脳侵が切れると、その繋人は個別に動くことになる。
どうやらひとまず切迫危機は去ったと思われた。
アサカとベルは引き続き、生存者を探して商店街に立ち入ったようだった。
「しかし、どういうんだ。商店街は滅茶苦茶だし、バケモノばかり徘徊している。この調子では生き残りは厳しいか……」
するとベルが何かに反応して鳴きだした。
「ワフッ!! ワフッ!! ワフッ!!」
辺りを警戒しながらアサカは先へ進んだ。
すると、商店街をふらふらと彷徨う少女が居た。
大量の乾いた血が体中にべったりついている。
しかし、外傷はない。どうやら本人のものではないようだ。
「おい!!君!!大丈夫か!!?」
「…………………」
少女は完全に放心状態だ。
アサカはとりあえず空き家を見つけて中に入り込んだ。
「よし。立てるかい?」
警官が手を差し伸べると、少女はコクリと頷いた。
「君、名前は?」
「…………………ミサキ………」
まともな返答が帰ってきてアサカは安心した。
しかし、その瞳は虚ろで何らかの精神的ショックを受たのは一目瞭然だった。
その直後、建物のあちこちに潜んでいたオウガー達が一斉に襲ってきたのである。
「プツン!!」
再び樹はベルに脳侵した。
おそらくこの場合は、同時に2人を切迫危機から救う必要があった。
「…………………」
ミサキは抵抗する素振りを見せない。
そのままオウガーのラリアートを喰らい、彼女の頭部はボールのように吹っ飛んでいってしまった。
「うッ!!」
あまりの早さにアサカは反応できなかった。
「ゴトン!! ゴトンゴトン!!」
それは部屋中をバウンドした。
「プツン!!」
ベルへ脳侵が巻き戻って帰ってきた。
どうやらミサキが死んでも遊戯終了らしい。
どうにかしてアサカとミサキを逃さなければ。
そして樹は閃いた。
樹はメス特有の甲高い遠吠えをし始めたのである。
必死になって気づかずに居たが、″タマ″が無い。
ベルはメスだったのである。
「うお〜〜〜ん!! うお〜〜〜〜〜ん!!」
オウガーは一斉にベルのほうを向いた。
この音が強烈にオウガーを惹きつけた。
思わずアサカは叫んだ。
「ベル!! ベル!!」
樹はその場でクルクルと周りながら、オウガー達を撹乱した。
そのまま通りの奥へとおびき寄せていった。
しかし、アサカとミサキと離れてしまったのは悪手だった。
脳侵は繋人に対してしかすることができない。
切迫危機が襲った場合、ベルが一緒にいれば2人の死を回避することが出来る″かも″しれない。
だが、はぐれた場合は切迫危機の瞬間を見ることが出来ないのだ。
それでは対策のしようがない。何の抵抗もできないまま2人揃って惨殺されてしまうだろう。
いくらアサカの腕っぷしが強くてもやはり相手は人外であるし。
その時、アサカはベルに向けて叫んだ。
「今日のお前は″一味違う″!! わかるな? お前だけでも市外へ抜け出せ!! あわよくば助けを呼べるかも知れない!!……頼むぞ相棒(あいぼう!!」
いつもとは違う奇行を″一味違う″と評するのは互いに信頼しているからに他ならない。
さすがに犬に人間が脳侵しているなどという、わけのわからないシチュエーションに関しては理解していないだろうが。
「うお〜〜〜ん!! うお〜〜〜ん!!」
樹は返事をして遠吠えをあげながら、大量のオウガーを引きつけていった。
「プツン!!」
こうして意識は樹へと戻っていった。
どうやらひとまずはアサカとミサキの切迫危機を回避できたようだった。
しかし、残されたアサカは頭を抱えていた。
ミサキを守りつつ、強力な怪物の闊歩する商店街を突破するのは困難極まりないと思えたからだ。
今までベルのおかげで生き延びてきた感はある。
果たして彼女なしにこの危機を切り抜けることが出来るのか。
強行突破しようとしても拳銃の残弾は3発しか無い。
そもそも拳銃程度ではオウガーにとっては玩具に過ぎないだろう。
アサカは自分を不甲斐なく感じた。
そうこうしていると隣の部屋から何かが聞こえてきた。
最初はオウガーかと思えたが、どうやら違うようである。
「う〜〜〜ん……うううう………」
どうやら人間のうめき声のようである。かなり苦しそうだ。
そっとノックして隣人の反応を確かめた。
「すいません、もし、もしもし。聞こえますか? 生き残りの方ですか? 警察です。救助に来ました」
自分も危機に晒されているとは口が裂けても言えないが、災害にあった人を安心させるのも彼の仕事と言えば仕事である。
「ううう〜〜〜〜ん、うう〜ん」
相変わらず唸り声は続いている。
病気か何かなのだろうか。
助けに行きたいところだが、隣部屋の窓はカギがかかっているし、玄関の方にはオウガーがいるかもしれない。
迂闊に行動できない状況下にあった。
脳侵ができないということは周辺の状況把握が出来ないということでもある。
故に、樹やベルはこの時のアサカとミサキの様子を窺い知ることもできないし、切迫危機の原因も確認できない。
これがこの能力の穴で、繋人が同行していないその人物はあっさり遊戯終了になりかねないという点にあった。




