れじでんと
樹は住宅街を抜けて、枝垂商店街に到達した。
生存者を捜索するにはこの狭い通りを抜けていく必要がある。
今までよりも困難であるのは明らかだった。
だが、樹はどっしりと構えていた。
「遊鬼め……。望むところだ……」
すると入口近くの中華料理屋から何かがガラスをぶち破って飛び出してきた。
「あ″あ″あ″ああああアァァァァーーーーちあちあちあ〜〜〜!!」
全身が炎まみれのオウガーが飛び出してきたのである。
樹は心臓が止まりそうになった。
次の瞬間、燃え盛るオウガーと目があった。
「あちあち……あちち……あついよぉ!! あづいよォ!!」
相手はこちらに駆け寄ってくる。恐ろしく速い。
このままガッシリ掴まれたらもらい火をくらう。
そうすれば抜け出せず焼死してしまうだろう。
「なんとかならないか!?」
近くに消化器はない。
あったとしても噴射している時間はない。
その時、樹の目に家電屋のショーディスプレーが目に入った。
少年は咄嗟に足元から小石を拾い上げると、ディスプレーめがけて投げつけた。
「コン、コン、カラン……」
ガラスの音に反応して、燃えさかるオウガーはそちらを向いた。
ディスプレーの中には海の中の映像が映った大型TVが置いてあったのだ。
「みずぅぅぅ!!! びづぅうぅぅぅ!!」
炎の塊は頭からガラスをぶち破って″海″に飛び込んだ
異常事態に気づいたオウガー達がわらわらと出てくる。
「ったく、チェンさんはどうしょもねぇなぁ」
「ぐっひひ!! コゲくさ!! コゲくさ!!」
バケモノたちは消化器での鎮火にとりかかりはじめた。
連中は燃え上がるオウガーに釘付けだ。
樹はゆっくりしゃがんで息を殺した。
すると自分の気配が薄くなったのを感じた。
これなら大声を出してもすぐには位置を察知されないだろう。
「おおい!! 誰か、生き残りはいるかーーー!?」
生存者の反応はないかとリスクを冒して少年は声をあげた。
少し先から甲高叫びが聞こえた。
「キャーーーー!! 助けてーーーー!!」
商店街の真ん中の辺りだ。樹はそちらへめがけて走った。
「このあたりのはずだ……」
そして路地の陰に成人女性らしき人物が居た。
「君が助けに………ぐわァぁぁぁ!!」
すぐに樹は素早く気配を察知して横っ飛びした。
いきなりその女性は牛刀で突いてきたのだ。
「カンのいいガキだよ。でもさ、これは流石にどうしょもねぇんじゃねぇの?」
路地裏からオウガーがゾロゾロ出てきた。女も含めて5人は居る。
これは罠だった。こいつらが狡猾な連中であるとつい忘れていた。
そして樹はすっかり周囲を取り囲まれてしまった。
オウガー達は目をギラギラ光らせて、人肉を欲している。
万事休す。だが、またもや樹は悪知恵を働かせた。
「おぉぉい!! 火事だぁぁぁ!! こっちでも火事だぞぉぉぉ!! はやく消化器、消化器を使ってくれぇぇぇ!!」
少年はそう叫んだのである。
すると、商店街の入口の方から真っ赤な消化器を持ったオウガー達がワラワラとやってきた。
「火事!! 火事はどこだ!?」
「カジトケンカハエドノハナ……」
「ひゃっはー!! ひだひ!!」
そして有無を言わさず、住人は素早く消化液を撒き散らした。
オウガーとなっても、商店街の消防隊は伊達ではなかった。
「ゲッホゲホ!!」
消火剤のどさくさ紛れて樹はオウガーの罠を切り抜けた。
その後も少年はくまなく商店街を探したが、生存者の気配はなかった。
そして通りの出口が見えてきた。
すると、急に垂れ幕がかかった。
「枝垂高校 ラグビー部 全国大会出場!!」
そんなモノが校舎にぶら下がっていた気もするが、なぜ、こんなところにあるのだろうか。
すると道幅いっぱいに広がって水色のストライプのユニフォームのラガーマン達がやってきた。
やはりオウガーである。
樹はかつて、体育でラグビー部員と当たった事があったが、いとも簡単に弾き飛ばされてしまった。
常人とのぶつかい合いでそうなのだ。
こんな相手にタックルされたらどうなるかは想像に難くなかった。
ラガーマンのオウガーは構えを取ったまま、ジリジリと近づいてきた。
路地いっぱいに広がっているので回避は不可能に思える。
樹は危機の連続に気が滅入りそうになったが、不思議と諦める気にはならなかった。
そうこうしているとキャプテンらしいバケモノが掛け声をかけた。
そして身体同士をガッチリ組んで姿勢を落とす。
スクラムの態勢だ。
「クラウチ……バインド……」
この突進をまともに食らったら間違いなくバラバラになる。
少年は全身に脂汗をかいた。
「セッ!!」
物凄い勢いとスピードでラガーマンの肉壁が突っ込んできた。
そんな時、樹は思い出した。
″ハカ″という儀式じみた踊りのことを。
どこかの世界的な強豪チームが試合前にそれを踊ってチームを鼓舞するらしい。
他のチームで取り入れることもあるという。
敵への威嚇、味方の団結、先祖への感謝、そして誇りを表現する神聖なものだそうだ。
樹は体育でラガーマンの教員が気合の入ったハカを踊って見せていたのを思い出した。
そして少年はスクラムを眼の前に飛び出し、うろ覚えで踊りだした。
怖くないかと言えば嘘になるが、冷静さが勝った。
相撲の蹲踞に似た姿勢を取り、腕を組んだり、上下に振ったり、ファイティングポーズのように構えたり……。
ただ、ひどく曖昧な振り付けだったので一か八かだった。
「カッ!!、カマハテ!!、カッカッ!!、カマテ!!」
樹はびっしりと汗をかくほど本気でハカを踊った。
するとラガーマン達はピタリと止まって、それに対抗するように踊りだした。
「リンガ パキア! ウマ ティラハ! トゥリ ファティア! ホペ ファイ アケ!」
少年はスキを見せた彼らの間をスッとすりぬけた。
(おっ、体育の授業も捨てたもんじゃないな!!)
そして樹はなんとか商店街を抜け出した。
生存者を探すつもりが、脱出するので精一杯だった。
それにしても、もう生存者はいないのだろうか。
赤い月から涙のようなものが降ってくるたびに人々(ひとびと)はオウガーに感染していく。
全く生き残りに遭遇しないところをみると7〜8割の住人が感染していてもおかしくはない。
予測とは言え、絶望的な数字である。
もしかして生きているのは自分だけなのではないか?
そう樹は戦慄した。
だが、同時に繋人たちの事が思い浮かんだ。
「あれは……あの人らは、本当に実在の人物なのか? しかし、夢にしてはあまりにもリアルすぎる。遊鬼の言うことは本当なのか?」
少年には子鬼がどこからどこまで真実を言っているのかわからなくなっていた。
全部が本当のことなのかもしれないし、全部がウソなのかも知れない。
いずれにせよ樹は更に強く彼女に猜疑心を抱いた。
そもそも、人をゲームの駒にするような存在がまともなわけがない。
しかし鬼は言う。
「あたいと自分の関係性を学習しろ」
……と。
遊鬼とは? その正体とは?
探りを入れていきたいところなのだが、相手は絶妙に重要なことをはぐらかしている気がする。
もしそうだとしたら簡単に詳細は明かさないだろうし、小賢しい手段をうったところで無駄だろう。
それが樹と遊鬼の″関係性″なのだ。
いずれにせよ今は子鬼の期待通り、繋人と共に生き残るしかない。
そんなことを考えながらとぼとぼと歩いていくと道端にバス停が見えた。
同時に樹の脳がグルグルと回って、激痛が走った。
まるで遊園地のコーヒーカップを全力で回しているようだ。
激しい吐き気に見舞われる。
「うがあああぁぁぁぁ!!」
彼は頭を抱ると身を守るためにバス停のイスの下に潜り込んだ。




