ねいばーず
リコと母も自宅の様子が気になり、家へ戻ってみることにしていた。
父の安否もわからないわけであるし。
その間、なんとかオウガーをやり過ごしてきた。
リコは彼女の母のことを″おかあさん″としか呼ばないので、名前は未だに分からなかった。
少女は体力こそ無いものの、すばしっこく、身体も小さいので隠れられるポイントが多かった。
故に、狭いところを見つけては隠れ、大声を上げてバケモノをおびき寄せ、母が逃げ切ったらそれを追うような形で進んでいった。
少女は隠れる場所を点々(てんてん)として撹乱するなどもやってのけた。
この器用な立ち回りは樹の脳侵の影響が大きかった。
一方の母は下手になにかしようものなら足手まといになるのは間違いないと悟っていた。
情けないが、今は娘を頼る他無い。
母はそう思っていたが、実のところは持ちつ持たれつで、母が矢面に立って先導する事もあった。
それに対してリコもまた申し訳なく思っている。
ともかく、2人が生き抜いてこれたのは息のあった親子の絆の成せる業だった。
その時だった。2人は鼻が曲がるような異臭を感じて地面を見た。
緑色で粘着質のゲルが這ったような跡が残っていたのである。
「え……なにこれ……」
「くさ〜い!!」
それはべったりと家の方へこびりついていた。
親子は嫌な予感がした。
もしこの痕跡が見たこともないバケモノだったら父の命は危ない。
親子は顔を見合わせると足早に自宅を目指した。
リコたちの家は分譲住宅なので近隣の住民が居るはずだが、今は人気がなかった。
各々(おのおの)の家には電気がついていたが、オウガーかどうかの区別がつかない。
下手に訪問していくのはあまりにもリスキーだった。
自宅の扉を見た親子は思わず悲鳴を上げそうになった。
ベットリとグリーンのベトベトがドアいっぱいに張り付いていたのである。
それからは反吐が出るほどキツい臭いがしていた。
腐敗臭に似ているが、ドブ臭さも強い。
まるでヘドロの塊が下水道から上がってきたような様だった。
周囲に気づかれるとまずいと2人は急いで扉を開け、中に入った。
ゲル状のなにかは家のあちこちにも撒き散らされていた。
まるで何かが侵入したように思えた。
(プツン!!)
その時、リコは樹に脳侵された。切迫危機が来る!!
「ダンダンダンダン!!」
突如、玄関を叩く音がした。
複数人数が同時に叩いているようだった。
「さすもとさん。ささもどざぁん!!」
「帰ってきたんですね。旦那さん、今夜も一杯どうですか?」
「ぴぴぴぴぴぴ!!!!」
間違いなくオウガーの声である。
今にもドアをぶ(やぶ)破りそうな勢いだ。
すると母はリコの手を掴んで隠れる場所を探し始めた。
だが、彼女はこれといった場所を見つけられなかった。
そしてリコの手を引いたまま、2階の少女の部屋へ逃げ込んだ。
すると、お母さんはリコをクローゼットに押し込んだ。
「このサイズじゃ私は入れないけど、リコちゃんなら大丈夫!!。じっとしてるんだよ!!」
ドタドタと喰人鬼たちが階段を上ってくる。
そしてリコの部屋のドアを蹴破ると母に襲いかかった。
そして彼女はリコの身代わりになった。
「奥さんでしたかぁ!! でもいいや。さささっ、一杯!!」
「いや、今日はマダムトークざます」
2人のオウガーは奪い合うようにして、母の腕を左右から引っ張り出した。
「ミリミリミリミリ!!」
あまりの怪力に腕が悲鳴をあげる。
「ああああああああああ!!!!!!」
(ぶちん!!)
そして母の両腕は引っこ抜けるように裂けてしまった。
そのまま彼女はバタリと倒れ込んだ。
その光景は、さながら足の生えた達磨のようだった。
母はピクリ、ピクリと痙攣している。
「り、り、リコちゃん……ごめんね……」
(プツン!!)
意識がリコに戻ってきた。
今の母の死が遊戯終了の原因となる。
なんとかして自分と母、両方でやり過ごさねばならない。
樹は頭をフル回転させた。どこかに隠れる場所はないか。
するとさきほど母に手を引かれた時にバスルームがあったのを思い出した。
かなり大きなバスタブだったので成人女性1人くらいなら姿を隠せそうだ。
樹は急いで母を引っ張り、バスルームに連れて行った。
浴槽の蓋を開けると運悪く水が溜まっていた。
少年はできるだけ冷静に作戦を伝えた。
「今すぐお風呂の水を抜いて!! そしたら浴槽に入って蓋をして隠れて!!水が抜けるまでの時間は私が稼ぐから!!」
母はリコを信頼してコクリと頷いた。
そして風呂水が抜け始めた。なみなみと汲まれたそれが抜け切るにはそれなりの時間がかかる。
まず、樹はリビングのテーブル下に潜り込んだ。
「さーもとさーん!!」
「この家、くっせぇなぁ!!」
「ぽぽぽぽぽ!!」
1人が風呂場の方へ向かいそうになったので、少年は思い切り叫んだ。
「お母さん、留守なんですけど!!」
すると、オウガーがテーブルの下を覗き込んできた。
「それなら、リコちゃんと遊んでもらおうかなぁッ!?」
すばしっこい動きでそれをかわすと今度はさきほど見かけた誰かの書斎へ向った。
いくつもの本棚と愛用のデスクが置いてある。
リコの体格ならばわずかな本棚の隙間に潜り込むことが出来そうだった。
そして本棚の裏に少年は隠れた。
「かくれんぼかぁ、おしさんつよいそ!?」
しばらく息を潜めているとオウガーたちは部屋から出ていった。
母の安否を確認せねばと風呂場の入り口を見た。
オウガーがバスルームに入っていく。
樹は心臓が爆発しそうになった。
だが、連中は母を発見すること無く、バスルームから出てきた。
「奥さんをだせっつってんだよ!!」
「ぷぷぷぷぷ」
オウガー達はドアをぶち破って出ていった。
すぐに少年は母の元へ急いだ。なんとか無事を確認することが出来た。
その直後、樹は母の前で叫んだ。それはリコにも聞こえていた。
「こんなとこ、染井から抜け出さなきゃいけない!! 一刻も早く逃げないと死んでしまうんだ!!」
(プツン!!)
これで親子の切迫危機が回避されたようだった。
その後、短い間だが、2人は自宅でゆっくり休憩することが出来た。
もっとも吐き気のする臭いからは逃れられなかったが。
ふとリコは不思議そうな顔をした。
「スーパーでも夢をみているみたいだったんだ。怖いけど誰かが助けてくれるの。私だけじゃ震えてお母さんを助けることなんてできなかったよ」
リコはおぼろげながら樹の存在に気づいているようだった。
母は優しく語りかけた。
「リコちゃんが……いえ、あの人、ここから抜け出してって言ってたね。もしかして、私たちのお手伝いをしてくれてるのかもしれないね」
だが、母とリコには気になることがあった。
「お父さん、どうしたんだろうねぇ」
リコは彼女の言葉を聞くとざざっと今後の方針を決めた。
「まずはこの気持ち悪いのを追ってみようよ。ここよりは市外に近づくわけだし」
母も首を縦に振った。
「はは。情けないな。おかあさん、リコちゃんに頼りっきりだな」
2人は無言のまま互いにハグをした。
そして出来る限り防災グッズや携行食などの備蓄を整ると家を出発した。




