とぅいんくる
「プツン!!」
樹にかすかな意識が戻ってきた。
朦朧とする中、眼の前に1つの星がキラキラと光っている。
思わずそれに手を伸ばすと、それを捕まえることが出来た。
無意識にそれを胸元に持ってくるとほんのりと暖かった。
樹は夢を見ていたらしい。
顔を上げると遊鬼が満足げにこちらを見ていたので、少年は尋ねた。
「そこらにいた連中は?」
巫女服の鬼はひらひらと手を振った。
「あいつらは呼び鈴を聞いたら学校に戻ってったよ。仕事や勉強に戻ったんだろ。もう人間じゃないのによくやるよ」
樹はなんだか脱力してしまった。
いつの間にか子鬼が回り込んで少年の肩をポンポンと叩いた。
「そういや、お前、自分の家族はどうした? 自分のことで精一杯で忘れてたなんて言わねぇよなぁ? まったく薄情な奴だよお前は!! キシシシシ!!」
完全に否定することはできなかった。
「……家へ行く」
樹は鬼をギロリと睨みつけた。
「そうだ。そういう目を見せてくれ。いいだろう。住宅街ならさほど危険はない……多分な」
黙ったまま学ランの少年は鬼に背を向けて山を下りた。
樹の家族構成は父、母、妹、そして樹の4人家族だ。
ひょうきんな父の晴彦、のほほんとした母の美波、そして生真面目な妹の香奈だ。
晴彦は八重市立病院で看護師をやっている。
夜勤や突発的なシフトなど激務が続くが、家庭サービスを厭わない優しい父だ。
母の美波は家計を支えるために地元のスーパーでパートをしている。
やや天然気味で、マイペースなところはあるが、彼女も柔和を体現したような性格をしている。
中学生の妹である香奈は樹とは正反対で頑張り屋だ。
今年、受験生であり必死に勉強している。
ド田舎の枝垂ではなく、都心の八重高校を志望しているようだ。
こんな家族だからして厭世主義の樹を″マイペースな性格″で片付けるなど度量の広い家庭でもある。
そのため、少年は家族には心を開いていた。
もっとも、かつて少年を襲った悲劇の理解者である事も関係していのだが。
市街地に近づくとアスファルトの上に人が倒れていた。
「たっ、たすけ……」
樹はとっさにオウガーの気配を読んだ。
倒れている人物は真っ赤に光っていた。
生存者を偽ってオウガーが獲物を待ち受けているのだ。
少年は深呼吸するとソロリソロリとその場をやり過ごした。
皮肉にも遊鬼に埋め込まれた能力が脳に馴染んできていた。
樹は自分がすっかりゲームの駒になっているのを痛感した。
なんとか数体のオウガーをやり過ごしながら、家の前までたどり着いた。
周辺の家には灯りがついている。
瞳を閉じるとあたりの家はバケモノの気配だらけだった。
まるで夕暮れのような薄暗さである。
人間の時の特性を持つなら家に帰るのは自然なことだ。
樹は実家に目をやった。オウガーの反応はない。
玄関のドアにはカギがかかっていた。
自家用車もなく、彼の家族は逃げ延びたようだった。
少年は気が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「はぁ……みんな無事か……」
すると猛々(たけだけ)しいエンジン音が響いた。
市街地奥のカーブをドリフトして、メタリックブルーの普通車が突進してきたのだ。
「あれは!! ウチの車じゃないか!!」
樹は飛び退いて、すんでのところで暴走車をかわした。
そしてそれは熊谷家のガレージにモロに突っ込んだ。
「グアシャャャン!! メリメリメリ!!」
車のボンネットは大破。ガレージもぐちゃぐちゃになった。
何が起きたのか、少年にはわからなかった。
自分が五体満足なのを確認して顔を上げる。
すると車には確かに彼の家族が乗っていた。
「おっ、オーイ!! いつき〜〜〜。はやくのりなさぁい。ぴくにっくに置いていくよ〜。ごぼごぼ!!」
父は大量に吐血していて、目の焦点が定まらない。
「おにぃちゃ!! に″ぃぢゃ!!」
妹は車のガラスを素手で割ると、今度はドアを蹴り破ろうとしていた。
虫のように手も脚もありえない方向にひん曲がっている。
ドアを開ける知能さえ残っていないようだった。
しかし、母は暴走車には乗っていない。
思わず樹は叫んだ。
「母さんは!! 母さんは!?」
運転席の喰人鬼はニッコリと笑っていた。
「かー、さんはね、パートにでかけてるよぉ。それはそうと、いつきぃ、はやくはやくぴくっ、ぴくにっくにいこう!!」
晴彦だったモノはギアをRに入れてペダルを目一杯踏み込んだ。
またもや激しいエンジン音を立てて、車は後ろ向きに走り出した。
「デシン!!ガリガリガリ!!ゴリゴリゴリ!! ドーーーンッッ!!」
車は後部から激しく電柱に衝突し、言葉に表せないような激突音を住宅街に響かせた。
自動車の後部座席もグチャグチャである。
ガソリンタンクが壊れたからか、漏れたオイルの嫌な匂いが鼻を突いた。
「あいったあ。パパ、運転下手になっちゃあ!!」
父は血の泡を吹きながらニタニタとし、香奈は肢体がカマドウマのようになってしまっていた。
樹と2人との距離はかなり近い。
とてもではないが逃げ切れるような状況ではかった。
このままでは家族に生肉にされる。
少年はクセで学ランの首元を緩めた。
その時だった。腕に何か硬いものが当たった。
樹は胸ポケットからそれをつまみ出した。
彼はライターには明るくないが、高級そうなのはひと目でわかった。
それはZippaのライターだった。
風に強く火が消えにくい設計が特徴で、スモーカー御用達である。
「これは……星を掴んだのは夢じゃなかったのか!!」
だが、こんなピンチにライターひとつ出てきたところでどうしょうもない。
少年は絶望しかけたが、諦めなかった。
「カチン、シュボッ」
着火に成功した。使い捨てライターとは比べ物にならない火力だ。
これならそう簡単に火が消えることはない。
「ええい!! 当たれェェェ!!!!」
樹は一か八か、大破した車の下にZippaを投げて滑り込ませたのだ。
ライターはキラリと流れ星のように光った。
そして、その火は漏れたガソリンに引火し、そのままタンクに達した。
そして熊谷一家の自家用車は激しく爆発、炎上した。
熱で目視できなかったが、この状態では父も妹もバラバラだろう。
果たしてそれが2人に対する救済になったかどうかはわからなかった。
すると爆発に反応して周囲のオウガーがワラワラと集まってきた。
しまいには消防車までやってきて消火を始めた。隊員は全員オウガーだった。
異様な光景に困惑しつつも、樹は自宅へ向った。
疲労困憊ながらもなんとか少年はカギを開けた。
そしてリビングにたどり着き、ソファーに転がり込んだ。
「母さんは……」
樹は自分の感情が死につつあるのを感じた。
辛くて悲しいことがあってもどうも他人事のようなのだ。
まるでゲームをやっていてどうでもいい登場人物が死んだ時のような。
そもそも人の生死が″どうでもいい″とはどういうことなのか。
今度は正反対に感情が溢れてきた。
だが少年は泣く間もなく倒れ込んで眠りこけてしまった。
だが、彼に休みはない。
眠っている樹を誰か切迫危機が叩き起こすのだ。
「ゔッ!! 痛って〜。相変わらず頭が割れるようだ。次は……今度は誰なんだ!?」
「プツン!!」
また少年の意識は途絶えた。




