第5話:午前0時のデッドライン
――ゴオォォォォォォォォン!!!
トンネルに突入した瞬間、世界は一変した。
大気を切り裂くL型ツインターボの爆音がコンクリートの壁に反響し、鼓膜を激しく震わせる。
オレンジ色のナトリウム灯が、フロントガラスを、そして内装を剥ぎ取ったクリムゾンレッドのコックピットを一定のリズムで血のように赤く染め上げていく。
ハルの視線は、数メートル前方を走る漆黒のZのテールランプに固定されていた。
だが、その時。
「……雨?」
ハルのフロントガラスに、ポツ、ポツと冷たい滴が当たり、歪んだ光の尾を引いた。
海底へと続く長いトンネルの中だ。雨など降るはずがない。
しかし、水滴は瞬く間にガラスを覆い、ワイパーが激しく往復を始める。
あの日と同じだ。
零が逝った、あの午前0時の雨。
ハルの心臓が、警告音のように激しく脈打つ。
気がつけば、ダッシュボードの時計のデジタル数字が、狂ったように点滅を始めていた。
『23:58』
『23:59』
『00:00』
午前0時。世界が反転する、あの呪われた時刻。
その瞬間、ハルの目の前で、漆黒のZが凄まじいタイヤの白煙を上げた。
ブレーキではない。超高速域での、一寸の狂いもない鮮やかな「制動スライド」。
漆黒の機体は、あの日、シルバーホークが激突したまさにその場所に、吸い込まれるように綺麗にノーズを向け、ピタリと停車したのだ。
「零っ……!」
ハルもまた、狂ったようにブレーキペダルを踏み抜いた。
ガチガチに引き締められた足回りが悲鳴を上げ、クリムゾンレッドの車体が激しく姿勢を乱しながらも、漆黒のZのわずか数センチ後ろで、火花を散らしながら完全に停止する。
静寂が、トンネル内を支配した。
聞こえるのは、高熱を持った2台のL型エンジンの、不気味なほどのアイドリング音だけ。
ハルはシートベルトを外すと、弾かれたようにドアを開け、外へ飛び出した。
降り頻るはずのない雨が、ハルの頬を濡らす。
「零! 零なのか! 答えてくれ!」
ハルは、前方に佇む漆黒のS30Zへと駆け寄った。
アクア色の冷たい光に満たされた、フルスモークの運転席。そのウインドウへ、ハルが手を伸ばそうとした、その時。
カチャリ、と静かに、漆黒のZの運転席のドアが開いた。
スモークの向こうから、ゆっくりと滑り出るように、一人の人影がトンネルの路面へと足を踏み出す。
白い、細い指先。
流れるような髪の、美しいシルエット。
アクア色の光を背に負って、その人物はゆっくりとハルのほうへと振り向いた。
「ハル……」
その声が、雨の音に混ざって、ハルの耳に届いた。
懐かしくて、胸が締め付けられるほどに愛おしい、あの少女の声。
しかし、ハルはその姿を目にした瞬間、言葉を失い、その場に凍りついた。
(第5話 了)




