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第3話:シンクロニシティ


時速300km。

風景は完全に溶け、世界はただ、前方の二つの赤い光――漆黒のZのテールランプだけを映し出すスクリーンと化した。

「離さない……離してたまるか!」

ハルはクリムゾンレッドのアクセルを床板に縫い付けんばかりに踏み込んだ。

追走を始めて数分。ハルは、得体の知れない戦慄と、狂おしいほどの懐かしさに全身を支配されていた。

前を走る漆黒のZの挙動。

それが、あまりにも『彼女』に似すぎていたのだ。

緩やかなカーブでの、無駄のない最小限のステアリング操作。

先行するGT-Rの挙動を一瞬で読み切り、わずかな隙間にスッと鼻先をねじ込む、あの滑らかなライン取り。

そして何より――アクセルを開けるタイミングと、ブレーキを踏む瞬間の、あの独特のリズム。

それは、あの日、ハルが隣で見ていた『零』のクセそのものだった。

「どうして……どうして、それを知っているんだ」

まるで、ハルの呼吸に合わせて車体が動いているようだ。

クリムゾンレッドの助手席から零がいなくなってから、ハルの走りは常に孤独で、どこか荒々しかった。復讐のために、死神として走っていたからだ。

しかし、この漆黒のZを追いかけている今の瞬間だけは違う。かつてのあの日、二人で夜の帳を切り裂いていた、あの「完全なシンクロ」が、今、この漆黒の機体との間に再現されている。

『零なのか……? 俺を、迎えに来たのか……?』

脳裏を過る、あの雨の夜の光景。

砕け散ったシルバーホークの残骸。冷たくなったコンクリートの壁。

「違う、あり得ない。あいつは……あいつはもう……っ!」

ハルは首を振り、雑念を振り払う。だが、ステアリングを握る手だけは、微かに震えていた。

漆黒のZは、ハルの困惑を嘲笑うかのように、時速300kmの彼方で、さらに速度を上げた。

加速の仕方が、まるで違う。

エンジンの咆哮さえも、あの頃のシルバーホークが、もっと力強く、もっと深く、咆哮しているように聞こえる。

漆黒のZが、不意に車線を変更した。

それは、湾岸線のジャンクションへと向かう、最も危険で、しかし最も美しいライン。

ハルは迷わず、その影を追った。

このままアクセルを踏み続ければ、どこへでも行ける。

この先の闇の向こう側――「0」の境界線の先で、零が待っているのではないか。

「待て、零! 俺を置いていくな! 俺も行く……お前となら、どこまでだってッ!」

ハルの叫びは、ツインターボの凄まじい吸気音にかき消された。

バックミラーの中で、復讐の対象であったGT-R軍団は、すでに遠い過去の点になっていた。

ハルの視界は、いまや漆黒のZが放つ、妖艶なアクア色のメーターの残光と、愛車クリムゾンレッドの計器盤が共鳴する、青い光の渦に満たされている。

「お前の走りを、俺は忘れない。……お前が零なら、俺は、お前の影としてどこまでも走るッ!」

ハルとクリムゾンレッド、そして謎の漆黒のS30Z。

三つの魂が重なり合い、湾岸の夜を、時速300kmの「絶対領域」へと突き進んでいく――。

(第3話 了)

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