第2話(後半):アクア色に揺れる影
ガアァァァン!!
強烈な金属音が、時速300キロの暴風の中で炸裂した。
漆黒のS30Zが、ハルを挟み込んでいたGT-Rの側面に容赦なく激突し、その巨体を側壁へと弾き飛ばす。
「バ、バカな!? あのスピードで突っ込んできただと!?」
敵の包囲網が、物理的に、そして強引にコックピットの目の前で引き裂かれた。
ハルのクリムゾンレッドの前に、ぽっかりと開いた一本の脱出路。
だが、ハルはその退路にアクセルを踏み込むよりも先に、自らの真横に並び立った『漆黒のZ』に視線を吸い付けられていた。
「……あいつ、まさか……」
その車体は、陽炎のように不気味で、夜の闇と同化するような漆黒。
ウインドウは濃いフルスモークで覆われ、中のドライバーの姿など見えるはずがなかった。
しかし、並走するその一瞬。
漆黒のZのフロントガラス越しに、ハルは『それ』を見た。
ドクン、とハルの心臓が大きく跳ねる。
漆黒のZのダッシュボード。そこに並ぶ追加メーター群が、パチパチと不規則に明滅し、あの懐かしい光を放ち始めたのだ。
それは、かつてハルの隣を静かに滑っていたシルバーホークと同じ、冷たくも優しい――アクア色の光。
フルスモークの闇の中、そのアクア色の冷光が、ドライバーの輪郭をうっすらと車内に写し出す。
華奢な肩のライン。
小さく結ばれた、形の良い唇。
流れるような髪の、美しいシルエット。
「――零、なのか……?」
ハルの口から、乾いた声が漏れた。
そんなはずはない。彼女の時計は、あの雨の午前0時、川崎航路トンネルの手前で確かに止まったはずだ。シルバーホークは冷たい鉄屑に変わり、彼女はもうこの世界にはいない。
だが、計器類のネオンが写し出すその横顔の輪郭は、どうしようもないほどに、ハルが愛したあの少女に似ていた。
言葉は要らない。同じ車、同じ夜。
かつて湾岸の聖域で重ね合わせたツインターボの咆哮が、いま、この地獄のようなバトルの最中に、クリムゾンレッドと漆黒のZの間で完全にシンクロしている。
ハルが息を呑んだその瞬間、漆黒のZのドライバーが、スモークガラス越しに、ほんのわずかだけハルのほうへ顔を向けた――気がした。
直後。
漆黒のZは、ハルに退路を譲るように一瞬だけアクセルを抜くと、直後に3連ウェーバーが狂ったような咆哮を上げ、再び超高速域へと加速。
前方で怯むGT-Rのリーダー格を地の果てまで追いつめるように、テールランプの赤い光だけを残して、闇の中へと消え去っていった。
「待て……! 零!!」
ハルは叫び、開かれた退路へ向かって狂おしくアクセルを踏み抜いた。
ギヤを叩き込み、過給圧を限界まで引き上げる。
あの日から進むことのなかったハルの「0」の時間が、不協和音を立てて激しく動き出そうとしていた。
あの漆黒の機体は、敵か、味方か。
それとも、逝ってしまった恋人の魂が駆る、復讐の幻影なのか。
湾岸の夜は、さらなる狂気と混沌の彼方へと加速していく――。
(第2話 了)




