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第2話:漆黒の境界線


激突音が夜の湾岸線に響き渡り、一つの歪んだ光が消えた。

だが、ハルの心に宿る渇きが癒えることはない。零を奪った悪意の根は、想像以上に深く、そして醜く広がっていた。

「次だ……。まだ、終わっていない」

ハルはクリムゾンレッドのステアリングを握り直し、ギヤをシフトダウンする。

あの日、零を追い詰めたのは1台のGT-Rだけではない。チームを名乗り、数の暴力で一人の少女を嬲り殺しにした『ネオン・カルテル』――派手なステッカーと悪趣味なLEDネオンで武装した、ギャラリー上がりのGT-R軍団。それが奴らの正体だった。

夜の帳を切り裂き、深紅の魔物が再び最高速の領域へと這い出る。

しかし、大黒PAを越え、本牧ジャンクションの手前に差し掛かったその時だった。

――フォン! フォォォン!!

バックミラーが、不自然なほどの眩い光で埋め尽くされる。

1台、2台……いや、3台。

すべてが下品なネオンを路面に滴らせた、RB26ツインターボの化け物たち。仲間を消されたことに気づいた軍団の残党が、ハルをハメるために待ち伏せていたのだ。

「チッ……」

ハルは眉をひそめる。

奴らは一列ではない。ハルのクリムゾンレッドを前後左右から挟み込むように、綺麗に車線を塞いでいく。

時速240キロ。この超高速域での、完全な包囲網。

前方のGT-Rがじわじわとブレーキを踏み、後方のGT-Rが車間を詰めてくる。左右の壁と車体に挟まれ、クリムゾンレッドの進路――退路は、完全に断たれた。

『おいおい、さっきはよくもやってくれたなァ!』

『この旧車乗りが! ここでミンチになりな!』

並走するGT-Rのウインドウ越しに、歪んだ笑みを浮かべる男たちの顔が見える。

あの日、零が味わった「逃げ場のない恐怖」が、今度はハルを襲う。過給圧を上げても、前を塞がれては自慢のL型改ツインターボも牙を剥けない。

万事休す。

悪質ドライバーたちのエゴが勝るかと思われた、その瞬間――。

――ドッ、ブォォォォォォォォン!!!

背後から、大気を、夜そのものを爆破するような、地鳴りのごとき排気音が轟いた。

「な、なんだ!?」

ハルを後ろから煽っていたGT-Rのドライバーが、驚愕に目を見開く。

超高速で走る群れの後方から、ヘッドライトすら点灯させず、路面のわずかな街灯の反射だけで走る「影」が迫っていた。

漆黒の、S30Z。

ハルのクリムゾンレッドと同型。だが、放つ威圧感は比べ物にならない。

漆黒のZは、ライトも点けぬまま時速300キロを遥かに超える速度で肉薄すると、ハルの真後ろにいたGT-Rのインサイド、わずか数センチの隙間に目にも留まらぬ過激さでノーズを突っ込んだ。

ガアァァァン!!

強烈な接触音。漆黒のZは、超高速域での正確無比なパッシング(車体接触)によって、後ろのGT-Rの姿勢を完全に乱し、側壁へと弾き飛ばした。

「バ、バカな!? あのスピードで突っ込んできただと!?」

さらに漆黒のZはスピードを緩めない。

弾き飛ばした空間を突き抜け、ハルのクリムゾンレッドの真横に並び立つ。

そして、左側を並走していたもう1台のGT-Rに対し、あえて自らの漆黒のテールを激しくスライドさせ、進路を強引にコジ開けた。

強烈な風圧と、圧倒的な走りの暴力。

ほんの数秒の間。

複数のGT-Rに囲まれ、絶体絶命だったハルの視界の前に、ぽっかりと、綺麗な「一本の退路」が浮かび上がった。

「……あいつ、俺を助けたのか?」

ハルは驚愕に目を見開く。

並走する漆黒のS30Z。そのスモークガラスの向こう、ドライバーの顔は見えない。

ただ、その車体からは、ハルが持つ「復讐の炎」とは違う、もっと冷徹で、もっと深い「深淵」のような気配が漂っていた。

同じS30Z。

だが、敵か、味方か。

漆黒のZは、ハルに退路を譲るように一瞬アクセルを抜くと、直後、信じられないほどのレスポンスで再び加速し、前方で怯むGT-Rのリーダー格を目がけて、闇の中へと消えていった。

「……行くぞ、クリムゾンレッド。あの黒い奴が何者だろうと、俺の目的は変わらない」

ハルは開かれた退路へ向かって、狂おしくアクセルを踏み抜いた。

湾岸の夜は、さらなる混沌へと加速していく――。

(第2話 了)

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