その24
「立っている者は親でも使え」の諺を思いだした、ずぃーこです。
幼い頃の思い出を振り返ります。
小説を書き始めるきっかけとでも言いましょうか。宣伝っぽくて、お見苦しい気もしますね。スルーしてもらっても、ずぃーこ気にしませんから。
このエッセイを書き始めた頃、ずぃーこの幼い頃は、病で本を読んで過ごしていた話書いていました。空想少女でもあり、子供ですから拙い話を空想していて、同時に話のネタを、ファンタジーもの、恋愛もの、忍者風のもの、SFものなどを考えて、その日の気分でストーリーを考えていました。はっきり言ってテレビの週に一回放送されるアニメや、週刊誌の漫画本のペースをまねする感じです。
学校は小学校の2年生の2学期の11月中頃から、三学期中入院していて、ずぃーこの父親が他の子に比べてずぃーこの回復が遅いと言って、その病院を自主退院?して辺りで比べればかなり大きな病院に転院しましたが、入院はしませんでした。何か親たちの同意の無い治療か何かをされたくはなかったらしいです。自宅療養で、薬をもらって家で飲んでいる状態でした。
そして、横になって本を読んだりして過ごしていましたが、三度のご飯は家族そろって食べていました。父親はあの当時の戦争では丁度徴兵の歳頃だったので、戦争の経験者でした。めったに戦争の話はしなかったのですが、夕食時の話題で、戦地から生きて帰った件について話した事が有りました。
誰が父に言ったかは忘れましたが、「龍助」という父の名がとても縁起の良い名前だと褒められたことがあると言っていました。龍を助けるという意味だからだそうです。子供心にずぃーこは『龍を助けるってー』と思ってその誰かに褒められた名前の件は、心にずっと引っかかっておりました。その頃は幼くてアイデアとしては難しすぎましたが、何時かその題材で話を考える気でいたような気がします。そしてその件はずっと、忘れてしまっていたのです。
2000年代になってから、ずぃーこはパートを辞めてパソコン教室に通っていました。そしてインターネットで小説の投稿サイトを見つけて、ずぃーこ、自分のすべきことを見つけました。これだと、思い出しました。
幼い頃、小説を書きたいと思っていた事を思い出しました。そしてそのネタと言うべき父親の名の褒められエピソードを。そうは言っても、ずぃーこは幼い頃こそ読書が趣味と言えましたが、大人になってから、特に結婚してからは殆ど本は読んでいなかったのです。そうなると、小説を書こうと思っても書けるはずは有りません。ですから、手始めに小説を読んでその話の成り行きを、勉強するべきなのです。それからはずぃーこ、趣味は読書になりました。ずぃーことしては、本はずぃーこの読みたいと思えるストーリーの本に集中しました。いずれは書きたい方向の小説です。かなり速いペースで読んでいると。面白いと思える小説は、読むのを止める事は出来なくなりました。ほぼ書くことが目的だったのをわすれて、読書が本当に趣味になりました。
そして、事情があって別居し、離婚しましたが、そうなると小説を書く時間は十分できました。そして、ペースはとつとつと言う雰囲気でパソコンに文字を打って書き始めました。
成り行きの順を追って書くとすれば、話は龍の生い立ちからとなります。
その話を書こうと思うのですが、何故か別の話を思いついたりするのです。
幼い頃のずぃーこがやっていたように、その日の気分で、小説を変更したりして、書き綴っておりました。
そして出来上がってみますと、「翔~表舞台には居ないヒーロー達」は、かなり長編に出来上がりました。同時進行で、SF物も書いてしまいました。
最初は小説の投稿の仕方が簡単らしいと言う情報から、「カクヨム」さんに、投稿していましたが、「小説家になろう」さんが、読んでくださる人が多いとわかり、しばらくは「なろう」さんだけに、投稿していましたが、最近思いついて推敲を兼ねて読み返し、「カクヨム」さんにも、書き終えている小説の投稿を始めました。
そうなると忙しくなりました。それで、「スカイ」の書き溜めていたエピソードが無くなってしまったら、当日書いた分をその日の夜に投稿しだしてしまいましたが、何とか完成しました。出来上がりは思い付きで書きました感、アリアリでした。
少し疲れましたが、達成感は有ります。




