それだけは無理
ツンダークには多くの人が訪れ、様々なドラマが繰り広げられた。
だけど、その全てが異世界もの小説の定番のように進んだわけではないし、王道展開だったわけではない。むしろ千差万別であり、クエスト?なにそれおいしいの?のような個性的すぎる旅を繰り広げた者もいた。
さて今回の主人公は。
◆ ◆ ◆
野瀬ヤスミ(仮称)。
かつて彼女は、キャリアというほどではないが大手企業でバリバリ活躍していた女性だった。
生来の性格なのか適性なのか、彼女は姉御肌的なところがあった。これが職場において、いわゆるお局様とは別の形で女性社員の中心として機能していたのである。役職こそ低いが社内の、特に人事系の評価が高かった。特に、いわゆる女子力が低いが事務能力の高い女子社員が彼女を頼る事がよくあり、それらが結果として会社としても大きな戦力となっていたからだ。
そんな彼女だったが、乳がんを患った事がきっかけで退社。
闘病生活に全力を注ぎ何とか生き抜いたものの、無理のできない身体になってしまった。
で、セラピー的な意味合いをかねて、自由に動ける仮想世界サービスという事で、ツンダークにやってきたのだが。
「……資料がないわね」
オフィシャルサイトで、自分の職業『精霊術師』についてのデータを見ようとしたのだが、そもそもそんな職業は載ってなかった。
代わりに発見したのは『一覧にない職業に就いた方へ』という一文があった。
『ツンダークには、ここに示す他にも無数の職業が存在いたします。これらについてはオフィシャル非オフィシャル共にツンダークの外には情報がほとんどありません。また複数のソースがある事は誤解などの問題も生じやすく、これらの職種につきましては、ツンダークの中で土着の魔法使いや神殿、図書館等を訪ねて学ばれる事を強くおすすめいたします』
「中で人に聞けって事ね。そりゃそうか」
ヤスミは妙な方向に知恵のまわるタイプの人物だった。
現時点で既にメニュー解除にも成功していたし、説明が本当に言いたい事……つまりリアル情報に固執せず、ツンダークの中で情報を集めるべしというメッセージをそのまま素直に受け取った。なまじゲーマー崩れだとこれがなかなか難しいのだけど、ヤスミはその点にこだわりもなく、スムーズに進める事ができた。
だが、その賢さは必ずしも「要領の良さ」には結びつかない。
本当に要領のよい人物なら、そもそも情報皆無の職種にわざわざ手を出さないだろう。もし出すとすれば、問題があった時はすぐに無難な別の職種に移れるよう、最低限の対策をとってから行動するに違いない。
さて。
ツンダークに戻ったその足で、ヤスミはさっそく魔法屋を訪ねてみた。
「すみませーん」
「おや、こりゃかわいらしいお客さんだ。何か用かね?」
ローブ姿で、腹まである白いヒゲをたくわえた老人が、にっこりとやさしげに笑った。
開口一番に子供扱いされかけたヤスミは、ちょっと眉をしかめた。
でもこれには、仕方ない理由があった。
「ちょっとご相談があって。これ見てもらえますか?」
そういうと、ヤスミは自分のステータスを開示した。
『ヤスミン』職業:精霊術師
特記事項:魔力欠乏症(治癒不可能)
特記事項2:樹木の精霊の種(ほぼ一体化している)
祝福:精霊に好かれやすい。
魔力を自分で生成できない『魔力欠乏症』を先天的に患っている少女。種族的に多量の魔力が必要であり、このままでは遅くとも第二次性徴が来た時点で死亡するとされていた。色々あって死を免れたが、代わりに広義のヒト族では絶対なれないはずの精霊術の使い手になってしまった。
職業だけでなく他のデータも意味不明だった。
そもそも、治癒不可能な病気ってなんなのだろう?しかも永続的に魔力が欠乏するとか意味がわからない。
ちなみに容姿も、おそらくこの病気のせいなのだろう。二十歳過ぎに設定したはずなのに、どう見ても子供の外見だった。単に発育がどうのというより、生命という名の砂時計の穴が詰まっているという感じに。
ふむふむとヤスミ、もといヤスミンのデータを見た老人は確認していたが、
「これはおそらく先天的な要因じゃろ」
「先天的?でも」
わたしはゲームしてるだけなのにどうして、と続けようとしたヤスミンだったが、
「嬢ちゃんは異世界人じゃろ?我々ツンダークの人間は君らをそう呼んでおるのだが。
異世界人が生まれながらにこの種の重病を患っているという事は、もちろん意味があるんじゃろう。神様が何を思ってこういう采配をしたのかは知らんがの」
「そうなんですか?」
「もちろん」
老人は大きくうなずいた。
ヤスミンは半信半疑だったが、確かに、無意味に病気の設定なんか入れられても困惑するだけだ。その意味では確かに間違いないのだった。
「異世界人の嬢ちゃんにはピンと来ないかもしれない。しかし、これだけは忘れんでほしいのじゃ。
嬢ちゃんが振り向けば、そこに神はおる。
異世界ではどうか知らぬがな、ここツンダークでは、これは掛け値なしの事実じゃ。神とは伝説な物語の上にいる架空の存在ではなく、確かに存在し、時には我らの声にも耳を傾ける。そういう存在なのじゃよ」
「……そうですか」
ここまでくると、もうヤスミンは聞き流すだけだった。いきなり神だのなんだのと言われれば当然、それが平均的日本人の反応と言えただろう。
「信じておらんな?まぁええ。どうせ、必要なら神様の方から接触してくるでな」
「……は?」
よくわからないが、そのうち神様の方から接触してくるらしい。
内心苦笑いしつつも、そんな事は1ミリたりとて顔に出さず、精霊術師についての情報や鍛え方について教えてもらうと、ありがとうございましたと頭をさげた。細かいところはともかく、お金にもならないような事で応対してくれたのは事実なのだから。
さすがに無料というのは何なので少し謝礼を出そうとすると、老人は「いらぬよ」と苦笑して断ってきた。
「通常の魔法の指導なら金をとるがの。精霊術の場合は推測程度の事しか教えられぬ。それで金をとる事はできぬよ」
「そうなんですか?」
「言ったであろう?精霊術は本来、人間の使う術ではないのだと」
老人は苦笑した。
「樹木の精霊の種を埋め込まれた事で精霊術への道が開けているものの、本来それはありえない事なのじゃ。精霊術を使えるのは本来、同じ精霊のみなのじゃからな」
「……そうですか」
「まぁ、一緒に悩んだり情報集めの手伝いくらいはできようぞ。また何かあれば尋ねるがよい」
「はい。ありがとうございました」
精霊術は精霊を駆使するわけだが、まず精霊が見えなくては話にならない。
そんなわけでヤスミンが勧められたのは、森に入ってみる事だった。
森と聞いてヤスミンは警戒した。何しろ彼女はまだプレイ開始から一度も戦闘していない。唯一それっぽいのは最初のチュートリアルで、ショートソードでよくわからない『モンスター』と書かれた丸い玉をゲシゲシ殴って消滅させただけなのだ。
そんなヤスミンに老人は言った。「入ってみればわかる」と。
ヤスミンは知らない。
実はチュートリアル自体は全職種共通なのだけど、そこに出てくるモンスターや戦い方は職種ごとにバラバラなのだ。魔法使いなら初級攻撃魔法でツンダークトンボと言われるオニヤンマに似た虫を撃ち落とす事だし、剣士なら木製のプチ・ウッドゴーレムと戦う等。間違っても、変な丸い玉と殴りあうような間抜けなチュートリアルなど存在しない。つまり、その時点で既にヤスミンのそれは普通ではなかったという事。
精霊に興味をもつ者は、精霊にも興味をもたれる。
病気の後遺症という設定だが、ヤスミン本人には一切の魔力がない。ただヤスミンの体内には植物系の精霊の種が埋め込まれていて、起動する時をじっと待っているわけで。
「このあたりかな?」
理屈ではない。気に入った大きな木のそばで、ヤスミンは大きくためいきをついた。
それは日本におけるクヌギの木に似ていた。しかし日本のクヌギとは比較にならない大きさで、共通しているのはゴツゴツした表面だけとも言えた。
しかしそれを見た瞬間、ヤスミンは確かに安らぐ自分を感じたのだ。
その直感を信じ、地面にあぐらをかいて座った。そのクヌギ似の巨木をじっと見上げる。
「……?」
なんだろう。木のあちこちに、何やら半透明のふわふわしたものが漂っている。
目をこらして、じっと見てみた。
「……妖精?」
それはまさしく、ヤスミンの中のひとが知る、子供っぽいお伽話の妖精のイメージだった。つまり、ミニサイズの透き通った女の子に羽根が生えているのが、巨木のあちらこちらにたくさんいたのである。
「……っ!」
一瞬、ヤスミンの体内で何かが弾けて、思わず目を閉じた。
そして次の瞬間、何か情報のようなものがヤスミンの中に一斉に広がっていった。
「……ああ」
その広がりを知覚しながら、もう一度目をあけて、そしてまた巨木を見上げた。
「……微精霊?」
微精霊。
それは、きちんとした意思を持たない、微弱で強い方向性を持たない精霊のかけらたち。たくさん集まり融合すると上位精霊と化し、さらに年月を経ると精霊王級に達する事もあるが、基本的に精霊と呼ばれるものといえば、このなかば意思を持たない、さまよえる小さなエネルギーたち。
そんな知識が、なぜかヤスミンの中にあった。誰に学んだわけでもないのに。
「……おいで」
ヤスミンが右手をあげると、わらわらと半透明の微精霊たちが群がってきた。
微精霊の数はだんだんと増えていき、そのうち、ヤスミン自身が半分もみくちゃにされるようなありさまになった。
それは樹木にたかる虫のようでもあり、大木に鈴なりになった小鳥のコロニーのようでもあった。
「……気持ちいい……なんでだろ」
しかし、その物凄い状態にもヤスミンは動じない。むしろ気持ちよさそうだった。
実はこの時、微精霊たちから彼女らの魔力、つまり精霊力がヤスミンに流し込まれていた。人間にとっては毒になるエネルギーなのだが、ヤスミンに同化している精霊がヤスミンの欲するもの、つまりヤスミンから慢性的に欠乏している魔力に変換し、ヤスミンの肉体に強い癒やしの効果を与える結果となっていた。
「うふふ……ありがとうね。すごく気持ちいいよ」
わけがわからないが、この不思議な気持ちよさの元凶が、自分をもみくちゃにしている羽根つき精霊たちである事をヤスミンは理屈以前に漠然と理解していた。だから素直にお礼を言った。
その『お礼』の意思が微精霊たちに伝わる。
微精霊たちは理性的な思考はしないが「意思」のような単純なものには反応する。当然、好意なんてものには実にダイレクトに対応してくる。
結局、ヤスミンは眠くなるまでずっと、微精霊たちに構われ続けた。
そんなこんなで、ヤスミンは異世界人の精霊術師としてツンダークで活動を開始した。
もっとも彼女は一般プレイヤーと共に活動する事はほとんどなかった。元々そんなつもりでツンダークに来たのではないし、マイペースで生活が成り立ってしまったものだから、そのままその立場に落ち着いてしまったのである。
そしてそれは、プレイヤーただひとりの超絶レア職という状況を考えても、結果として最もよい選択ではあった。
リアルから遊びにきた元同僚とつるんだ事はあった。
だが彼らは厳密にはツンダークのプレイヤーではなく、仮想空間で癒やし生活しているというヤスミンを見に来た存在にすぎなかった。だから精霊術師という存在がいかにレアなものであるかを知る事もなく、精霊や動物たちとまったり過ごすヤスミンを見て「ああ、こりゃ確かに癒やしだわ」と感心したにすぎなかったのである。
ちなみに、そんなヤスミンだが、たったひとつ悩みがあった。
それは。
「おまえさん、まだ一度も戦っておらんのじゃな?」
「あははは……ご、ごめんなさい」
「いや、別に戦いは義務ではないからの。
しかし、自分が非常に珍しい存在である事を忘れてはならぬ。つまり、自分の身を守るために戦わねばならぬ事もある、そういう事じゃ。誰かを傷つけるためでなく、誰も傷つけないために戦う。そのためには練習もちゃんとしなくてはのう」
「……なるほど、わかりました。明日から頑張ります」
「……そこで『今から』と言わんかのう、おぬしは」
「あはははは……すみません」
そう。彼女はなかなか戦おうとしなかった。
しかしその理由は簡単で、
「この子たちが傷ついたらどうするの、かわいそうだよ!」
微精霊たちは別に物理的な肉体を持つわけではない。だから傷つく事もない。
しかしヤスミンの目には「可愛い子に無茶をさせるなんて!」と映るようで、なかなか戦いに踏み切れなかった。
結局、そんな彼女を心配したツンダーク人の魔道士たちが一計を案じ、戦わざるをえないような事件を無理やり起こすまで、彼女は全く戦わない魔法職として毎日を過ごしたのであった。
◆ ◆ ◆
ヤスミ嬢はサービス時代ただひとりの精霊術師であった。これは異世界人としての意味でなく、全ツンダークでも彼女以外は存在しなかったという。無理もない。精霊術は精霊たちのものであり、人間が使うものではないのだから。
しかし結局、精霊術師としてのデータは全く得られていない。理由は簡単で、彼女は少なくとも公式には、一度だって戦っていないからだ。精霊に囲まれ、精霊と遊び、精霊と暮らす。それがヤスミ嬢のツンダークだった。
そんな彼女であるが、体内の精霊要素を開眼させた時点で自分の運命が大きく狂った事を、彼女はやがて知ったという。というのも、ツンダークで精霊たちの力を受けた後は明らかにリアルでも信じられないほどに体調がよく、そして何かの用でログインできずにいると、てきめんにリアル体調が悪化してしまったからだという。
結局彼女はサービス終了時、残る決定をした。
精神的な理由でなく、肉体面の問題で自分から残留を選んだ異世界人は珍しい。おそらくその意味では彼女は非常にユニークであり、そして今後も彼女に続く者はほとんどいないだろう。
なお、現在も彼女は健在であるが、ここ百年ほどは植物形態で眠っている。
精霊の森の奥深く、巨大な枝垂れ桜の木となって精霊たちに囲まれている。予定ではあと六十年で目覚めるとの事なので、彼女と話したいとの事であれば、六十年後に精霊の森を訪ねてみる事をお薦めする。




