食は人生の基本です
どんな者であろうと、生き物なら食事をする。
もちろんその内容は種族により色々だろう。しかし人間のように生きる人間のような生き物であれば、食性などは似通っているだろうというのは俺の友人たちの弁だ。俺もわりと同意。
とはいえ。
華麗なる魔法使い(?)を目指してツンダークをはじめた俺が、なんでメシ作ってんだ?リアルと同じ事こっちでもやりたくないんだけど?
「みっちゃん!中華丼いっちょー!」
「はいよ中華丼。みっちゃん呼ぶなコラ!」
客席の方から笑い声が聞こえる。ふざけんなよオイ。
俺の名はみちる。
なに、俺女は痛い?ほっとけ、厨房で「わたし♪」とか言ってたらナメられるだろうが。男職場なんだからな。
ちなみにリアル職業は家事手伝い……だった者、かな。
死んだ母の代わりに親父の食堂をずっと手伝ってきたんだけど、再開発だの何だのでとうとう店じまい。親父は仕事やめた途端にボケちまった挙句、酔っ払ってドブ川にコケて死んじまった。なんつーか、昭和時代のようなアナクロな、しかしある意味親父らしい死に様だった。
残された俺はというと、親父の同業者のおっちゃんたちの声がかりで別の食堂の手伝いに行っていたんだけど……厨房入るのは男仕事だってやらせてもらえないんだよな。要するにただの店員なわけで。うちの食堂じゃ、ピークには親父ひとりじゃ足りないから俺も手伝っていたわけなんだけど、その意味でストレスがたまっていたと思う。
そんな時。誰から聞いたか忘れたけど、ツンダークの話を聞いた。
映画みたいなリアルなファンタジー世界でストレス発散できるという。仮想現実ってやつでリアルなんだと。
ふうん、よくわからないが面白そうじゃないか。そう思った。
今にして思えば不思議なんだけどな。
はっきりいって、俺はゲームとかやった事がない。興味もなかった。何か、なよなよしたヤツとかキモヲタデブ野郎が好みそうなもの、というイメージしかなかったと思う。
なのに、なぜか「面白そう」だと思った。
そして気づいたら、狭いアパートにVRMMOマシンってやつが設置されていたんだ。
「でけえな」
何かスーパー銭湯の一角にありそうなリラックスソファってヤツがあって、その頭上やまわりに得体のしれない機械がある。
注意書きに従い、部屋のドアや窓などは全部慎重にロックして、自分以外の者がいない事を確認する。
終わったら、いよいよソファに座ってスイッチオンだ。
そしたら、いきなり周囲が真っ暗になった。なんだこりゃ、魔法か何かか?
『キャラクター設定にようこそ』
気がつくと、目の前に料理人の格好のおっさんがいた。親父にどこか似ているけど雰囲気は全然違っていた。
「ちょっと待て」
『なんでしょうか?』
声をかけてみたら返事してきた。
なんだかな。ウインドウっていうのが浮かぶんじゃないのか?いいや、とにかく話してみよう。
「そのコック服は決まりなのか?可能なら変えてほしいんだけど」
『私の格好ですか?もちろん変えられますけれど、貴女の容姿とは関係ありませんが?』
「そういう問題じゃない。あんた料理人じゃないだろ?ファッションで着てるんなら変更してくれないか」
今思えば、どうしてそんな事を言ったのかわからない。
強いて言えば、この男が親父に似ていたからだと思う。親父に似ている、でも同業者でない者が、外見だけの理由でその服を着ているのが許容できなかったんだと思う。
『そうですか。それでは』
そう言うと、男の格好は一瞬で鼠色のスーツに変わった。
で、おっさんの案内人という楽しげな状況の中、俺はキャラクタメイキングってヤツをはじめた。
『ミチル』職業:戦士、兼調理師
特記事項:食材の目利き
家計を助けるために野に入り、食材である獲物を狩っていた娘。
今は家も両親もなくなったが、目利きのできる戦闘職という事で評価されており、食材調達や野料理など、特殊技能を活かした依頼をよくこなす。
「なんだこれ?」
当たり前だけど、開口一番の俺の発言はそれだった。
自分の職業などを入力した覚えはない。なのにリアルの自分を思いっきり反映しているこのデータが唐突に提示され、俺は眉をしかめた。
『先におことわりいたしますが、運営側が情報を持っているわけではありません。これは本VRシステムの特徴なのです』
「どういう事?」
『VRシステムは、操作レバーも何も必要としません。VRシステムは貴女の心身の動きを汲み取り、これに連動します。これはわかりますか?』
うん、それはわかる。店でも説明されたしな。
『つまりこの、おすすめキャラクタの提示もその機能に依っているだけなのです。
リアルの貴女のもつ傾向や所有スキル、そして何よりも貴女の希望を知る。そしてその中で、最もオススメのキャラクタ設定とスタートにふさわしいシチュエーションを選び出す。これこそが、当ツンダークのキャラクタメイキング設定の特徴となっております』
「へえ。ちなみにきいていいか?」
『なんなりと』
「バリエーションはどのくらいあるんだ?」
『その質問は難しいです。今まで十万単位のお客様をご案内しましたが、全く同じシチュエーションだった方はおられませんので』
へぇ、それは凄い。
確かに、戦士職で暴れたいと思っていた。そして食材の目利きはまぁ可能。だから、それを活かした戦いができるというのなら、それに越した事はない。
「兼業に調理師が入っているのが、どうにも気になるけどな……。ゲームでまで料理するのはちょっと」
『それは料理のためではないのですよ。食材に対する目利きを育てようと思うと、料理人、栄養士、調理師、錬金術師、薬師など、いくつかの職業のどれかに就かなくてはなりません。このうち最も効率がよく、そしてツンダーク上で実際に料理するかどうかに関係なく、目利きスキルを育てられるのが調理師なのです』
「どういう事?」
『つまり、栄養士的側面から食材を見るからです。サンプル的にお料理するだけなら、ミチル様ならリアルで培ったスキルで充分ですし』
そんなものなのか。
「リアルで培ったスキルって、そんなものも反映するのか?」
『はい。ちなみにミチル様の現時点での所有スキルは以下の通りになっております』
『現時点での所有スキル』
調理Lv21、食材の目利きLv18、商業簿記Lv8……。
へぇ、結構あるもんなんだな。
それにしても、俺が帳簿つけやら申告やらまで手伝ってたの、なんで知ってるんだ?すごいなVRて。
ああ、そこの人、わかってる。俺をお馬鹿と笑ってやってくれ。
そもそも「ひとりの人間が今まで生きてきた経緯を汲み取り、適切なスキルを自動設定する」っていう事の異常さをこの時は気にするべきだったんだよな?うん、わかる。一応俺も高校までは行ったし。
だけど、この時の俺は、その意味に気付かなかった。単にすげえと思っただけだ。
……まぁ、良い知恵は後から沸くっていうもんな。俺は自分を賢い人間とは全然思わないし、仕方のないとこだろう。
話を戻そう。
「この戦士って職業の特徴は何だ?漠然としていてよくわからないが」
戦うといっても色々あるだろう。
拳で殴るのか?武器は剣か?槍か?
確か、前に誰かに聞いた話だと、斧を使うのもあるんだとか。
『もともと戦士職というのは戦闘のみ行う者でなく、いわば猟師兼戦闘員とでも言うべき者なのです。武器は主に斧や弓矢ですが、必要に応じて槍も使えますし、テイマーほどではないですがテイムした魔獣を同行させる事も可能です』
ほほう。なんでも屋なんだな。
「職業は後から変更できる?」
『できます。もちろん、一度得たスキルを開放してその分のポイントを付け替え、みたいな事はできませんので、慎重にあるべきですが』
「……よくわからないけど、現場で経験を積んで得たスキルを開放して、その分のポイントで別の技能を取得するって事?そんな反則ワザみたいなのってあるの?」
『ゲームによってはあるそうです。よく質問されますね』
「へぇ。ま、いいけど」
どっちにしろ、そんなゲーム的な事はやらない、というか発想がわかない気がするよ。やっぱり俺は素人だしな。
「わかった。とにかくそれでやってみよう」
『よろしいですか?』
「ああ」
どのみち、もっと最適な職業があったとしても、その時に考えればいいだろう。スキル的にいっても、さすがよく考えられてるだけあって、俺の興味をひきそうな事、できそうな事でうまくまとめられてるみたいだしな。
そう言うと、男は
『ありがとうございます』
と、まるで執事のように丁寧に頭をさげたのだった。
そんなわけでツンダークをはじめた俺だったけど、当初の目論見は、見事に外れる事になった。
うん。確かに俺は目利きができた。少なくともリアルと同等にはね。
でも……それ以前の問題があった。
つまり、ツンダーク人たちの食生活の貧しさだ。
「……なんだこれ」
現実を知った俺は、あまりの事に唖然とした。
米もない。パンなんてゴツゴツの黒パンって奴しかない。
主食がそんなありさまなんで、ましてや、おかずなんて知れてる。
冗談だろって思った。でも現実だった。
いくら素晴らしい食材があっても、誰も食べないのでは需要もない。意味がない。
だけど。
「……ほっとけるかよ、こんなの」
ああ、そうだよ。やらずにはいられなくなった。
材料すらない中、どこまでやれるかわからないけど……。
でも、こんな状況、とても見ちゃいられない。やるしかねえよ!
……で、気がついたら冒頭のような状況に至っていたわけだ。
実のところ、料理の再現は俺ひとりでやったわけじゃない。最初のいくつかは俺ひとりでやったんだけど、俺が作ったのを食べた何人かのプレイヤーから、人づてや口づて、あるいは本人じきじきのご登場とかで新たな知識やノウハウがもたらされたんだ。米はあっちにある、小麦のいいのはここ、みたいな感じで。
また、そういう人たちの中にはやっぱり俺同様に料理のわかる人がいて、そういう人たちに手ほどきをしてもらえる事もあった。
彼らは何も言わなかったけど、おそらくリアルでは結構いいとこの料理人さんなんじゃないかな。態度や手さばきのレベルが違ってたというか、明らかにプロのそれだったから。
「姐さん大変だ!」
「どした?馬鹿でも出たか?」
「三番テーブルの連中、ほら、やたら喰ってた奴ら。いきなり消えちまった!」
「なに?」
言われて、ふとメニューをみたら……ああやっぱり。
『ツンダークサービスを終了しました。皆様、長らくのご愛顧ありがとうございました』
終了メッセージ。
サービス終了で、通信切断。で、食い逃げか。
俺が表にいれば一発で見抜いたんだが。まぁ仕方ない。
「そいつらのテーブル片付けとけ。あと、挨拶に出るからちょっと待て」
「は?挨拶?」
「ああ」
俺が異世界人、つまりプレイヤーなのは公然の秘密ってやつだった。
だけどサービス終了した今、俺はもうただのプレイヤーじゃない。終わったのに消えずにここにいる俺は、もうログアウトもできないわけだしな。ここで生きていくしかない。
さて。
今日の客の何割がツンダーク人で、あとがプレイヤー……違った、異世界人なんだろ?
俺はそんな事を考えつつ、立ち上がった。
◆ ◆ ◆
ツンダークに移住したプレイヤーは戦闘職より生産職が多かったらしい。
その中でも特に人々に愛されたのが、被服系と飲食系。ツンダーク中の女性の下着を地球式に変えた男は以前に紹介したが、食べ物関係はそれ以上にバラエティに富んでいた。食に対するこだわりと熱意は世界一とすら言われる日本人の面目躍如であった。
ミチルはそんな中、特に物凄い活躍をしたわけではない。彼女ひとりで作ったのはチャーハン類くらいで、多くの食材や素材の情報、また料理法をもたらしたのは、実は他のプレイヤーたちだ。彼らは知識こそあったがツンダークで料理人をする気はなく、でも現状が気になるのは同じだった。だから、わざわざ貧乏クジを引いたミチルに自分たちの情報を託したのである。
彼女の食堂の入り口には、日本風の暖簾がかけられている。
『二代目葉月食堂』
父親がかけていた暖簾とそっくりなものを、プレイヤーの職人に複製してもらった。
暖簾が出ている時は、営業中。
このサインを面白がったツンダーク人によって、お店の営業中に店名の入った暖簾をかけるのが流行したのは、もう少し後の事だった。
「いらっしゃい!」
「お姉さん、サバシオください!」
「あいよー、サバシオいっちょう!」




