闇魔法の娘
ツンダークにはまったり、ついには永住してしまった人には色々いるが、中でも特筆されるのはいわゆる、セクシャル・マイノリティな人々だろう。特に有名なのはサイゴンに落ち着いたオカマのウイザード嬢であるが、そもそも圧倒的に多いのは逆性別アバターでそのまま住み着いた組であり、当然ながら彼らが逆性別かどうかなんて外見から判断はできないし、彼らもまた、捨ててしまった過去の性別なんて知られたくないだろう。よって彼らの実態はほとんど謎に包まれている。
そんな彼らであるが、実はごくわずかであるが、逆性別らしいと知られているケースが存在する。
今日は、そんな一例、リナ嬢(仮称)について話したい。
(なお、今回はその内容上、人物名や個別の出来事など、実際のものとは全く関係ないようにしてあります)
◆ ◆ ◆
ネカマプレイは珍しい事ではない。いわゆるゲーマーなら、主人公の性別が選べる場合、男女両方でクリアしてみるというのはよくある事だろう。種族や性別により攻略ルートが変わったり人物の対応が変わるゲームも然り。主人公が変わるのだから当然といえば当然だが。リナが女の子を選択したのもまた、それの一環だったという。
ただ、リナはゲーマーではあったけど、VRMMOは初めてだった。
だから現実と変わらないほどに超リアルな環境で女の子をやるというのが何を意味するのか、全く理解していなかった。
「小柄な方がいいよねえ」
魔力やスピード優先で、スレンダーで小柄な女の子を選んだ。
職種は闇属性の魔法使い、そしてサブ職が盗賊。
隠密と闇属性は相性がよく、またオフィシャル資料によると回復系以外で補助的に回復ができる魔法職は水と闇だけだった。ツンダークの魔法体系は一般的なゲームのそれとはいささか違っていて、光属性は回復系のものを一切持たないし、聖属性はむしろ闇に近いという。理由はわからないが。
この時点で、リナは集団戦闘をまるで考慮していなかった。盗賊と魔法職という組み合わせもそうだし、そもそも逆性別プレイで誰かと共闘とか勘弁してほしいって気持ちもあった。そもそも個人プレイでまったりやりたいからこそ、そういう思い切った選択がとれたとも言える。リナの中の人はあくまで普通の男性であり、なりきり女の子プレイをしたいわけではなかったのだから。
この時点でのリナの容姿は、確かに輝くような美少女ではなかった。
だけど、地味ながらきっちりと整った顔立ちというのは、それはそれで魅力的なものである。つまり異性に詳しい男なら「磨けば光るかも」と期待させてしまうものがあるというべきか。特にリナは小柄で体型もスリムだった事もあり、実に合法ロ……もとい、ある種の男性を妙に惹きつける姿になってしまっていた。
「お」
選択を終えてOKした瞬間、自分の姿が変わった。触覚や声などの微妙なところはまだ再現されていないが。
「うわ、すげえ。まじで女の子じゃん!……あ、でもこりゃないわ」
服があまりにひどい。いかにもファンタジーという感じの服だが、リアルすぎて汚いのが気に入らない。
見てみると、どうやら課金で服が買えるらしいと気づいた。
いわゆるゴスロリ服やメイド服のようなネタ系もあったが、日本の量販店で普通に売っていそうな服もあった。お値段も百円くらいから二十万円まで、やたらとバリエーションがある。
「んー、とりあえずこんなもんか?」
どうせ武具やローブを買う事になるだろう。
だけどローブの下が全裸なわけじゃなし、女キャラやる以上、服は必要だとリナは考えていた。だから標準の布の服一枚なんてのはありえなかったし、気楽なものだけでも何枚かとリナは考えた。
選んだのは上はチュニック、下はパンツ系を中心にしたもの。どんな用途があるかわからないから、性格の違うものを数枚選んでみた。
「え、下着もあるの?なんで?レーティングはどうなってる?……(ぼそっ)あ、でも可愛い……」
下着を着るという事は、全裸にもなれるって事だろう。問題はないのだろうか?
ちなみにレーティングは謎の技術できちんと行われており問題ないのだが、リナはそれをまだ知らない。
とりあえずこれも買った。さすがに下着のよしあしはわからないからベーシックっぽいもの中心に六枚ばかり。
またサイズ指定はなく、ここでは自動で選ばれていたのだけど、男性であるリナはそこまで考えが及ばなかった。
そして買い物が終わり、初接続となったのである。
『ツンダークにようこそ。貴女の旅によい風がありますように』
そして、見知らぬ冒険がスタートしたのだった。
ひとことで言ってしまえば、それはリナにとってまさに異世界だった。
単にリアルな3Dというのなら、これに近い仮想世界は他にもあった。だけど決定的に違っていたのは、体感の部分だった。
あるはずのものがなく、ないはずのものがある感覚。
ささやかだが、確かにそこにある乳房。子供の頃から親しんだものがなく、触ってみると、全く未知の感触がそこにある。
ゲゲッと驚いた声まで可愛らしい少女のもの。
それだけではない。さらに困ったのは入浴だった。
ツンダークでは汚れをそのままにしておくと下がるパラメータがあるのだが、リナは生活魔法をとっていないから魔法で浄化ができないし、仲間もいないから何とかするしかない。
町にはちゃんと女性用の水浴び場があり、利用できた。西の国から風呂屋も広がってきているそうだ。
でも、そもそも女の身体の洗い方がわからない。
困っていたら、地元のおばさんが洗い方を教えてくれた。「女の子がこんな事でどうするんだい」と叱られながら。
(これ、おかしくないか?)
リナが疑問に思い始めたのは、この頃だった。
あまりにも色々とリアルすぎ、新鮮すぎた。
そもそも、リナは自分に異性願望などないと思っていた。そのはずだ。異性の格好をしたり異性のように過ごすなど、馬鹿かと思っていた。ゲームで異性の姿になるのは、あくまでゲーム、攻略の楽しみのはずだった。
その現状が崩れ始めていた。
お嬢ちゃんと呼ぶ現地の人々。素肌の感触すらも柔らかく、感じる風すらも違う世界。
その新鮮さに夢中になりすぎている自分に気づいた時には、もう手遅れだった。
女の子としての生活に本気で没入してしまっている自分に、抗う術をリナは持っていなかった。
さて。女の子生活に没頭しはじめると、さらに思わぬ問題が発生した。
「えっと、リナちゃんでいいのかな?」
「はい?」
「俺たちとパーティ組まないかい?」
「はぁ……ありがとうございます。でもわたし、一人でやりたいので」
おばさんたちに教えてもらって身ぎれいにし、ツンダーク人の女の子たちを参考にファッションを工夫するようになると、今度はなぜか男性プレイヤーに声をかけられはじめた。
これには理由があった。
ツンダークはリアルなだけあって、面白がってネカマ・ネナベを試すプレイヤーが結構いた。しかしネカマやネナベは当然だがリアル女性や男性とは違うわけで、なまじリアルな分、目の肥えた人には見分けがつきやすかった。
女性なら女性として生きてきた時間で「女としてのセンス」があり、無意識にそれを行動基準にしている。でもネカマにはそれがないからだ。身近な異性を参考にできる者はそうしたろうが、そうでない者はどうしても男性視点である自分の理想を追求してしまう。このため容姿にしろ行動にしろ、同性の目で見ればネカマだろ、ネナベだろとバレバレというケースが非常に多かった。
ここまでくればもうわかるだろう。
そう。地元の女性に教わったり自分でも情報収集した結果、できあがったリナのセンスは、幼稚だったり未熟だったりしたが確かに女の子風のものだったからだ。むしろその不完全さ、未熟さが逆に「リアル女子じゃね?」という憶測にもつながってしまった。
それは未熟なネカマにしばしばある男目線のセンスとは確かに違っていたし、そして当人も知らないリナ自身の適性もそれを後押ししていた。もともとリナが用心深くつきあいを抑制していた事もあり、ツンダーク内でリナがセンスを磨けば磨くほど、イチゲンでリナを男性と見抜ける者はほとんどおらず、かろうじて見抜いた者も大人の事情で「本人が女の子と主張するならそれを尊重する」という、セクシャルマイノリティに対する基本姿勢を貫いた。
しかし、理屈はわかっても現実にはなんの解決にもならない。
当たり前だが、リナはこうしたプレイヤーたちの変化に閉口した。
下心見え見えの奴も多く、また、しつこい輩も多かった。なまじリアルなだけに気持ち悪さもひどく、しかし近寄るなキモいといえば角が立つ。
また声をかけられる事で嫉妬深い女連中から「男に媚びる女」という色眼鏡で見られるような事もあった。
ただ、小さいうえに闇魔法&盗賊という組み合わせは頼りなく見えるのか、心配してくれる者も多かった。彼らの中には使わないアイテムや情報をくれるような人もいて、お世話になっている人などを無碍に遠ざける事もできず……色々と困ってしまった。
いっそ、カミングアウトしてしまうか?
だけど、それはあまりにもリスクが大きすぎるだろう。
そうこうしているうちに、
「こんばんわ。リナちゃんって呼んでいいかしら?」
「え?あ、あの……す、すみません。どちらさまでしょうか?」
「あは、かわいいー……ってごめん、いきなりで悪かったわね」
「え、あの?」
なんと、今度は女性プレイヤーにまで声をかけられ始めた。
男が絡んでくるがそれを喜ばず、単に困っているだけというのが読み取れるようになってきたため、わりとリアル年齢層の高い女性プレイヤーの興味をひいたらしい。
彼女たちの作ってくれた防御壁のおかげで、何とか一息つけた。
だがしかし、彼女らはリナを「庇護対象の女の子」と認識しているから守ってくれているわけで、中の人が男性とわかれば……。
そう考えると、さらにリナの気持ちは重くなるのだった。
そんなリナだが、もちろん性別問題だけに振り回されていたのではない。闇魔法の専門家としての道も着実に進んでいた。
まず、行水関係でお世話になったおばさんたちが、彼女に魔法屋のおかみさんを紹介してくれた。
これはリナが望んだ事ではない。リナが闇魔法をとっていると聞いた彼女らが、闇魔法の専門家である、とあるおかみさんを紹介してくれたのだ。
そして、そのおかみさんの家を訪ねた事が、リナのツンダーク人生を決めてしまう事になった。
実は、闇魔法はプレイヤーに不人気のジャンルだった。
闇魔法という名前が中二病的でカッコいいという声があるものの、特に最もマジックユーザーにつらい初級で実用的な魔法がほとんどなく、魔法専業でやっていく人には鬼門ともいうべき種別だったからだ。せいぜい、全属性をとりたい人が条件を満たすためにとるものという認識が強く、実際、リナも何度も他のプレイヤーに、特に光魔法への乗り換えを勧められていた。リナ当人は隠密と組み合わせる事しか考えてなくて効率的な戦闘なども頭になかったから、そんな事どうでもよかったのだけど。
だが、そんなリナに開口一番、魔法屋のおかみさんはこう言ったのだ。
「そのメニューとかってやつを使うのをやめなさい。魔法使いとして大成できないよ」
「え……そうなんですか?」
「そいつはね、魔法に不慣れな異世界人でも簡単に魔法を使わせるための仕掛けが入ってるのさ。でもね、底上げしてくれる代わりに上限も決められる。型にはめられちまうのさ。特に、あんたみたいに適性高い子には害にしかならないんだよ。だからやめなさい」
「……わかりました」
いきなりがこれだった。
さらに驚きの話は続く。
「知ってるかい?このツンダークではね、すべての命は闇の中で生まれると言われてるのさ」
「闇の中、ですか?」
「ああ、そうとも。命というのはね、広大な闇の中でまたたく星の光のようなものなのさ。
だからこそ、闇魔法はすべての基本なのさ。闇はすべてを生み出す源なのだからね」
「そうなんですか?みんなは、闇魔法は使い道がない、光にすべて劣る、効率が悪いってさんざんなんですけど?」
「そりゃ闇魔法の、いや魔法の何たるかを知らないからだね。
知ってるかい?
魔法使いのクラスに見習いってあるだろ?あの上に上級魔術士ってのがあるんだが、見習いから上級にあがるトリガーは、見習いの全属性の魔法を習得する事ではないんだよ。どれかは内緒だけどね、とある闇魔法をマスターする事が必要なのさ」
「え……じゃあ、その闇魔法を覚えるだけで上級がとれるんですか?」
「そういう事さね。ま、その魔法自体がそもそも、初級のすべての属性が扱えないと発動できないんだから当たり前なんだけどね」
「……そうですか」
そんな話はwikiなどにも載ってない。だがプロが言うのだから嘘ではないのだろう。
闇魔法にはまだまだ可能性がある。
この事はリナの気持ちを固めさせ、彼女が闇魔法のエキスパートとして生きていく気持ちにさせた。
闇魔法はあらゆる魔法の根源であるというのは、確かに正しい。
ただし、だからといって闇魔法から全てを学ぼうとするのが正解かというと、それは微妙だ。属性魔法という概念がどうして開発されたかというと、それは少しでもウイザードを生み出したいという昔の専門家たちの努力の結晶なのである。つまり教科書通りの呪文や属性魔法を学びつつ魔力と知識を高め、その上で真理に迫る方が一般に学習速度は速い。まぁ確かにプレイヤーは元々の才能や成長速度が底上げされているので、その意味ではツンダークの常識が通じないのだけど。
そしてリナの場合、おそろしいばかりの幸運により、実はベストのルートで学習が進んでいた。
実のところ、プレイヤーの使っている属性魔法はカップラーメンのようなもの。魔力と経験値さえ高めたら誰でも高度な呪文を扱える代わりに、システマチックな属性概念から出る事ができない。
おまけに、きちんと師事して学ばないとわからない魔法もたくさんあり、これらはメニュー経由でしか魔法を使わないプレイヤーには、使うどころか存在を知る事すらできない。
そう。
意図してそうしたわけではないが、リナは結果的にその逆性別プレイも含めて、あらゆる要素が闇魔法の習得向きだったというわけだ。
たとえば、こんな風に。
「……うわ、すごい」
目の前の空間がパックリと裂けて、何か面妖なるもの、この世ならざるものがそこから覗いていた。
どうやら闇を経由して召喚魔法を使う事に成功したらしい。これだけでも他のプレイヤーが見たら目を剥くだろう。
「闇魔法って、ほんとに何でもありなんだねえ。こんにちはー」
何か、この世なるものがフルフルと震えている。見ているだけでSAN値を削られそうな奇怪な、名状しがたき何かは、そのままボカシを入れたくなるような俗悪な、そしておぞましい震えをあげた。
「……」
「え?わたしと契約してくれるの?いいの?」
「……」
リナは気づいていない。その魔物がツンダークどころかこの世界のものですらない事を。
ただ、その魔物と闇魔法経由で契約する事が、何を意味するかについては、漠然と理解していたようだ。だから驚き、目を剥いた。
「それって本当に有効なの?わたし、ずっとここにいられるって事?」
「……」
「そ、そう。うん、そうね……試してみればいいって事か。そっか!」
またひとつ秘密が増えた。
この名状しがたき何かの正体については語る事ができないが、彼はリナに闇を経由して空間を操る術と、そして彼の眷属たる数多の異形を紹介した。
ひとつ。またひとつ。
リナは通常のプレイヤーから逸脱する何かを、ゆっくりと積み上げていく。
そして、その日がやってきたのだった。
そのプレイヤーたちは、VRMMO時代のエロプレイヤーだった。
VR、つまり仮想現実タイプでないMMO時代に直結厨だの出会い厨だのと言われる連中がいた。彼らはMMOを文字通り異性を探すための場所と考えているのだが、VR時代になって少し様相が変わってきた。つまり、あまりにもVR側がリアルになってしまったもので、わざわざリスクかこってリアルに引きずり出さず、裏ワザでPK禁止回避をしてVRMMO上で異性を囲い込むような層が現れたのだ。
彼らの獲物にはA級とB級があった。
B級はNPC。つまりツンダークの場合は非プレイヤーなツンダーク人だ。
そしてA級はもちろんプレイヤー。リアルな人間がターゲット。
リアルを通さない事は彼らの質を変化させた。つまり、捕まえた異性を単に性的にいただくだけでなく、ペットとして飼ったり手駒として利用したりと、やりたい放題の事を始めたのだ。何故か理由不明の失敗をする事もあるのだが、それでもリアルに連れ出すよりはずっと高い確率でおいしい思いができたという。
そんな彼らだが、ツンダーク人をNPCと考えている点でわかるように、やはりそのあたりは元直結厨。「ゲームキャラをゲットしても自慢にならない、やはり入手すべきは人間つまりプレイヤー」というあたりが彼らの本音であった。
そんな彼らが、リナに目をつけた。
彼らにとって、リナのリアルの性別が何だろうと、それはどうでもいい事だった。中の人がいる、つまり「人間」である事そのものが彼らのトロフィーなわけで、「中のひとが人間の女の子キャラ」を囲い込んで屈服させ、調教するのが彼らの目的。ネットによくいる絶世の美女タイプに飽き飽きしていた彼らにとり、むしろリナの容姿は得点が高かった。
頃は夕刻、逢魔が刻。
「よし、いくぞ」
「おう」
彼らは互いに連絡をとりあいつつ、フィールドに出ているリナを遠巻きに囲い込みはじめた。サーチスキルの限界距離をよく理解した行動で、それだけでも彼らが悪い意味で手練れである事がうなずける。
リナは気づかないようで、何やら採取らしき行動を続けている。
『エイジとサガは背後へ、モリはいつものように……よし行くぞ』
全方向から一気に現れ、逃げ道を作らないように包囲、そのまま確保。
彼らの狙いは見事に当たり、リナをあっけなく包囲する事に成功した。
だが。
「……」
「?」
夕映えの中、なぜかにっこりと笑うリナ。
明らかに悪意に満ちたプレイヤーたちに囲まれているのに、なぜか恐れる事もなく、むしろ嬉しそうな顔。
その笑顔に一瞬、薄ら寒いものを彼らは感じたのだが。
「ちょうどいいとこにきてくれたねえ」
「は?」
「上位の契約に書き換えるのに、何か人型のものを食わせろって言われたんだよねえ。ゴブリンか何か狩ろうかと思ってたけど、これだけいればバッチリだよね」
「なんだって?」
何を言っている?
だがプレイヤーたちはリナに質問し返す事ができなかった。急に闇が濃くなり、何も見えなくなってしまったからだ。
「なんだこれ!?」
「落ち着けモリ、エイジ!闇魔法だ!光を放て!!光魔法がありゃ闇なんか!」
そう。闇魔法の最大の弱点は光、そう彼らは認識していたし、プレイヤー的にはそれが常識だった。
だが。
「やってるよ!全然きかねえんだよ!」
「なんだと!?」
男たちの驚愕に、クスクスとリナの笑いが重なった。
「なに?闇魔法は光に弱いって?どこでそんな嘘聞きこんできたわけ?魔法に光も闇もないんだよ、ばっかだねえ。知らないの?」
「は?闇魔法は迷宮や洞窟で使うもんだろ?光があれば使えねえ代物じゃねえか!」
「へえ、目の前の現実を否定すんだねえ。いいけど時間稼ぎしても無駄だよ?それあんたたちじゃ破れないから」
リナの笑いが、クスクスからクックッと嘲笑するようなものに変わった。
「闇が光に弱いって話は確かにわたしも聞いてるよ。でもあれ、無知と思い込みからくる勘違いなんだよね。知らないの?」
「は?何言ってる?」
光魔法で対抗しようとした男たちの、困惑の声が聞こえる。
闇魔法は光魔法に弱い。それは確かにwikiにも載っているし、通常のプレイヤーなら誰もがそう認識している事。
でも、ウイザードを目指すほどの突き抜けた魔法特化プレイヤーや、リナのような闇魔法専門家は知っている。そうではないと。
そう。
一般に闇魔法であると言われているのは、闇魔法の中でもダンジョンや洞窟のような暗い場所で使う事を前提にしたものばかり、しかもあまり高度なものは網羅されてないのである。というのも、闇魔法というのはあまりにも守備範囲が広く、また扱いにくいものだからだ。だからプレイヤー的に「これが闇魔法」と分類しやすく、他とくらべて差別化しやすいものを闇魔法と称しているにすぎない。
そう。魔法特化である程度突き抜けたプレイヤーなら、それはプレイヤーでもいずれ気づく事。
だが、今ここにいるプレイヤーたちは違う。
彼らは確かに攻略プレイヤーなみのレベルだったりするが、それは好みの女をゲットするための方便にすぎない。言葉巧みに口説くにせよ、力でむりやり囲うにしろ実力はどうしても必要だから、課金して強引にレベルアップさせた。ただそれだけのものであり、ちゃんとツンダーク世界の中で見聞きして研究したものではない。
必要な威力が足りればそれでいい、という考えの中に、ツンダーク魔法の真髄をつかもうなんて考えが馴染むわけがない。むしろ彼らにとり、それはキモいヲタクの世界の話。
これは闇魔法の実体だけではない。一部の極大魔法、ウイザードの転職条件の一部、それに各武器の最大奥義のいくつか。これらはwikiには敢えて載せられていない。そして多くの者が、その先には自力でたどり着いているのだ。
しかし、理解しようがしまいが魔法の効果も、そして彼らの運命も変わらない。
「ま、いいわ。そんじゃ、美味しく生贄になってねえ。いってらー」
そう言うと、闇の中からゴリゴリ、ガリ、ボリボリと、何かを齧るような奇怪な音が響き始めた。男たちの悲鳴と共に。
「ぎゃあああ!いてえ!イタタタタたタヒィィッ!た、助け……!」
「テメこらやめろ!PKだぞ貴様わかってんのか!通ほ……」
「ん?通報?うん、できるもんならやってごらんよ。ブラックリストのってるヤツの言葉をどれだけ聞いてくれるかは知らないけどさ?」
「……」
だんだんと男たちの声は減っていき、そして咀嚼音しか聞こえなくなった。
がり、ぼり、ばきばきとその奇怪な音はしばらく響き続け、そして最後に「ごっくん」と飲み込むような音を最後に途絶えた。
「……満足した?」
『……』
誰もいなくなったはずの闇にリナが問うと、何やら嬉しそうな気配が漂ってきた。
「うん、そんじゃあ契約してくれるかな?」
『……』
了承した、という声がどこかから聞こえたような気がした。
次の瞬間、リナを包み込む闇はグッと深くなった。
「え、わたしを運んでくれるの?いいの?」
『……』
「ありがとう、大丈夫問題ないよ。さて、そんじゃ行こうか!」
『……』
その時、闇の中から、ぬるりと名状しがたい不定形の何かが染み出してきた。
それはリナを静かに飲み込んだ。その動きはご主人様を大切に運ぶ奴隷のようでもあり、または、可愛い子猫を大切に持ち運ぶ飼い主のようでもあった。
全てが去った後には、夕闇から夜空に変わり始めた静かな世界だけが残った。
◆ ◆ ◆
闇魔法は未知の部分が多い。
近年の研究によると、空想魔法を技術により制御するようになった最初の魔法群と言われているが、それゆえに非常に混沌としている。闇魔法の闇とは生命の闇であり、原初の闇でもある。ツンダーク世界のはじまりは混沌と闇からであり、その意味でもおかしくない。
異世界人たちの珍現象のひとつとして、何故か闇より光が勝るという誤解がはびこっていた件があげられる。これは異世界における宗教観のせいとされているが、本当のところはよくわかっていない。まぁどちらにしろ「光が闇に勝る」という彼らの常識が事実の認識を歪めてしまった、ひとつの例といえる。このため闇魔法の使い手は多くなかった。
そういう誤解を解き、正しく魔道を極めた者として異世界人のウイザードが数名知られているが、闇魔法使いリナ・ウェーゲナもまた、そうした「誤解しなかった一人」と言えよう。
リナはラーマ神以前からツンダークにいたとされる、古い異界起源の存在との契約に成功した。この存在は、未だ物質化していない混沌と闇の世界にあり、リナはそれとアクセスする事に成功した闇魔法最上位の使い手のひとりとなった。
なお、この契約には本来男女ペアの生贄を必要とする。リナ嬢は異世界では男性、ツンダークでは女性であったため、辛うじてこの条件を満たしたとされている。
しかし代償としてリナ嬢はこの異界存在に侵食を受けてしまい、ある時代から突如として行方しれずになってしまった。以降、リナ嬢とおぼしき娘が何度か現れた記録があるものの、歳をとる事もなく、また辛うじて情報を聞き出した者によれば「心臓がいきなりおかしくなってね、うん。たぶん死んだと思うんだけど、気がついたらアレに取り込まれてたんだよ。たぶん完全に死ぬ前に、時間を止められ取り込まれたんじゃないかな」との事。おそらくは異界存在に気に入られすぎて、死という形で逃げられないようにされたのだと推測される。
ただ、とある時代、異界存在との霊的つながりを破壊しようとした、とある空想魔道士を拒んだリナは、こう言ったとも伝えられている。
「なんかね、こうなるのがわたしの運命だった気がする。だからいいよ、このままで」
なぜか頬を赤らめ、うっとりとした目でつぶやいたという。




