異世界の車上から
ツンダークには多くの人が訪れ、様々なドラマが繰り広げられた。
だけど、その全てが異世界もの小説の定番のように進んだわけではないし、王道展開だったわけではない。むしろ千差万別であり、クエスト?なにそれおいしいの?のような個性的すぎる旅を繰り広げた者もいた。
さて、今回の主人公は……。
◆ ◆ ◆
和人は大のドライブ好きだった。クルマ屋の子として生まれ、ゆりかご代わりに車に揺られて育った者であり、魂にまで「車でおでかけ」が染み付いている人物だった。
ただ、大きくなってからの彼の生活は、ドライブとは対極の世界となってしまった。
上京。ドライブと同じくらい好きだった専門分野にはまりこみ、研究室から出ないような暮らしをしていた学生時代。
就職してからも大差ない。大学から企業に移っただけで、やはりまた閉じこもるような暮らしを邁進していた。それは楽しいものだったし、それについて後悔はなかった。
しかし。
大の車好きだった父親の死。母は突然に行方不明になって。
実家には多額の借金があり、姉と自分は相続放棄の手続きをした。
だがその姉も、今はいない。
過ぎ去る毎日の中、かつて車と共に育った年月を思い出した。いまさら車を得たとしても家族もいない、ひとりぼっちなのは間違いないが、それでも、僅かな慰めにはなるのではないか。そんな事も考えた。
しかし和人は免許すらない。かつては免許だけでも持っていたのだが、親の死からこちらのどさくさの中、失効してしまっていたのだ。
そんな和人がツンダークに訪れたのは、どういう偶然によるものか。
「……馬車しかないのか」
戦士になり、戦いつつ旅でもしようかと思っていた和人が見たのは、当たり前だがモータリゼーションなど影も形もない社会。
それは仕方ない。
だが、馬車にサスペンションすらないのは、さすがに来るものがあった。好奇心で乗った乗合馬車でひどい目にあったのだ。
「……サスペンションって難しいものかな?」
ネットで調べてみると、本当に色々あった。馬車の写真を見たり現物をチェックしてみて、さらにツンダークの鍛冶スキルでこれを実現できるかについても調べ、プレイヤーでないツンダークの鍛冶師にも相談した。
リアルから絵図や写真の持ち込みが必要だった。わずかな課金でそれは可能だったので、大人買いよろしくサスペンションや機械工学の専門書でここぞと思うものを取り込み、これも鍛冶師に見せた。
「これは凄いな。もしや、第一期の技術に匹敵するかもしれん」
「第一期?」
鍛冶師が聞きなれない事を言うので質問してみたら、興味深い答えが返ってきた。
なんでも、ツンダークには昔、星まで届くような文明があったという。その時代の技術についてはあまり記録がないが、断片的に残る資料をみると、今では熟練工でないと出せないようなミクロの精度で多くの物資が製造されていて、しかもそれが当たり前のようであったと。
(へぇ、ツンダークってそういう設定なんだ)
和人は、よくいるツンダーク異世界説の類を知らなかった。それどころかオフィシャルページにある年表も知らなかったので、鍛冶師の言葉を普通に聞いて、そんなもんなんだと興味を持った。
で、だったらと旋盤やフライス盤の資料や設計図も持ち込んでみた。反応を見たかったのだ。
実は、和人の頭には昔の日本の話があった。
和人は以前、科学番組で明治のはじめに作られた旋盤などを見た事があった。当時の日本には戦国時代に毛が生えたくらいの技術力しかなかったはずで、それはもちろん工業製品ではなく、卓越した職人の手によるものだった。
作り上げられた工作機械類は高い精度を持っていた。つまり、高度な技術をもつ職人でなくとも、機械の扱いに長けるだけで精度の高いものが作れるようになったわけだ。
工業文明の基本は、優れた技術ではない。その技術が広まり、一般化しているかどうかで決まる。
古代文明の時代にだって、現代技術で再現不能な技術が既にあった。エジプトの遺跡で百トン単位の巨石を人力だけでどう扱ったのか、という点は今も推測するしかないし、マヤやインカでの出土品には現代の常識でも首をかしげるようなものがあり、それがゆえに時々、宇宙人がきていた等という説まで生まれるほどだ。
だけど、それらを支えた技術は今はない。
それらは広まる事なく、遺失化した、失われてしまった技術の産物なのではないか?全機械式のからくり人形のように。
和人は、それと同じものをツンダークの鍛冶師の会話に感じたのだ。
かつてはあったというのなら……再発明できないわけがない。
(今のツンダークでは、馬車に板バネが付けられるかどうかすら怪しいだろう。でも)
きっかけさえあれば、それは可能なはずだった。
和人の持ち込んだ資料の数々は鍛冶師を狂喜させた。鍛冶師は和人に許可をもらうと仲間を呼び集め、そしてあれこれと工夫しながら工作機械の作成にとりかかった。それはもう、ものすごい気迫でだった。
気づけば、和人自身も戦士をやめて鍛冶師になっていた。
定年まではもう少しあるとはいえ、日本での和人も既に第一線ではない。大学の研究室にいるなら生涯続ける事も考えたが、企業内では高齢というだけで新しい事がなかなかやりづらい。
ジャンルが違うとはいえ、好きにやれるツンダークに夢中になるのに、そう時間はかからなかった。
そして、年月が過ぎた。
ツンダーク・サービスの終了日。和人はテスト用の車と共に郊外にいた。
試作品のヘッドライトは前をよく照らしてくれていた。ガラス加工の技術がいまいちのため原始的なものにすぎなかったが、これでも今までのランプよりはずっとよく前を照らしてくれた。あとはガラス技術がもう少し進んでくれればフロントガラスも作れるだろうし、言う事はないんだがと和人は思った。
「ふふ……」
結局、最終日まで試行錯誤に没頭していた自分に苦笑する。
馬車しかない世界にサスペンションを持ち込んだ男はその後も試行錯誤を続けていた。天然ゴムを探してタイヤの試作をしてみたり、独立懸架に挑戦してみたり。あくまで車中心であったが、最近ではその副産物が生み出す富に資本家まで顔を出すようになっていた。和人はカズの名で親しまれ、多くの人に囲まれていた。
気づけば車の方もずいぶんと進化していた。エンジンこそ魔力タンクとゴーレム技術を用いた魔力機関で代用しているものの、その形はダイムラーあたりが十九世紀の終わりに作り上げた黎明期の車にも少し似ていた。まだ馬車に毛が生えたような姿だが、当時の車と違って現代的アプローチを知っている和人の手で、既に原始的とはいえハンドルとアクセル・ブレーキも装備し、馬車でなく自動車メソッドで操縦できるようになっていた。
だけど、それも今日まで。もうすぐおわり。
「……」
夜空を見上げた。
もう、時間まではいくらもない。天空が不思議なほどにキラキラと輝いているのは、やっぱり運営側の演出ってやつなのだろうか?
「……」
ふと、口がさびしいと思った。
運転中は酒は飲まない。酒好きの父ですらそうだったのを彼は覚えていて、ツンダークにおいても決してそれを破る事がなかった。
そんな事を考えていた矢先だった。
「ん?」
唐突にグループ着信のチャイムが鳴り響いたかと思うと、メッセージがポンと現れた。
『こちらは西の国のプレイヤー協会ギルド、自分は代表のボコボコ王子です。このメッセージは運営に頼んでオンにしてもらいました。鬱陶しかったら拒否してくれてもかまわない。そして、もしよかったら少しだけ耳を貸して欲しい。
今、接続しているキミ。キミは居残りの手続きをしてしまったかな?
いや、手続きをするしないは自由だ。だけど、ひとつだけ言いたい。
自分たちは、このツンダークで何をしてきたかな。生産組は少し違う意見かもだけど、基本的には戦いにあけくれていたんじゃないかと思う。ぶっちゃけ、殺して、殺して、殺して、殺しまくるっていうのがこのツンダークでの生き方だったと思うんだよね。
そんな自分たちのコピーをこの世界に残す。本当にこれは……』
「……」
無言で着信拒否した。
「今度は居残り者を攻撃かい。暇なもんだ」
和人は、このボコボコ王子なる人物を個人的に知っていた。
カリスマ持ちの仕切り屋、しかも暴走癖があり、彼には昔、ずいぶんと迷惑をかけられたものだ。ツンダークに来たのも、そもそも彼に巻き込まれたためでもあった。
もっとも、2日とたたないうちにテイマー事件が発生。ほっぽらかしになった和人は自分の好きな事をはじめたというわけだが。
「そうか。ツンダークが終わるという事は、あいつもリアルに……ちょっとまてよ」
いやな予感がしてきた。
ここ十年ばかり和人がマイペースに楽しめたのは、ひとりぼっちである事だけではない。良くも悪くもリアルの生活が落ち着いており、こっちに没頭できたという事もあった。
しかし、ボコボコ王子がリアルに戻ってきたら……。
「あの調子でまたかき回されるのか。正直勘弁してほしいんだが」
ふうっとためいきをついた、そんな時だった。
「ためいきをつくと幸せが逃げるって言いませんか?カズさん……いえ、横田和人さん?」
「!?」
唐突に女性の声が、しかも真後ろでした。
ここは試作品の車の中。車といっても馬車がベースなので確かに座席はあるのだけど。
しかしそこには誰も乗ってないはずだった。
「だ、誰だ!?」
そこには、どこか艶やかな衣服をまとった色気のある女がいた。にこにこと微笑みながら和人を見ている。
「あ、あれ?君、えーと……確か色街の?」
間違いない。事あるごとに遊び人の友達に誘われ、何度か連れていかれた店にいた遊女だった。
なぜ覚えているかというと、和人自身があまり女遊びに慣れてなかった事、そして、行くたびにこの遊女が専任で遊ばせてくれたからだった。根っからの堅物だった和人はそれを大変な贅沢に感じていたし、遊女というイメージにあわず大人しげで好意に満ちた、彼女がとても印象的だったのだ……たとえそれが、仕事上の笑みであったとしても。
しかし、彼女はフフフと笑うだけだった。
「いえ、違いますよ和人さん。確かに彼女の身体を借りていますけど、中身である私は違います」
「えっと、そうなのかい?」
不思議に思ったが、それがおかしいとも思えなかった。
理屈はさっぱりわからないが、確かに目の前にある遊女と、しゃべっている中の人が別人である事だけは理解できたからだ。
「ええ。ちょっとお話を聞いてくださるかしら?」
そう言うと女性は、ひとりの娘の身の上話をはじめた。
子供の多い貧乏な家。食べるために遊女となった心優しい長女。
お金のために男に身体を開く生活は、とてもつらいものだった。だけど彼女にはひとつの望みがあった。
「望み?」
「ええ……私が彼女の夢枕に立ち、教えてあったのですよ。良き男性が現れるので、彼に相談なさいと。きっと貴女を大切にしてくれるだろうからってね」
「はぁ」
よくわからない話だった。
そもそも、他人の夢枕に立ったり、その人の身体を借りて自分の前に現れたり。中の人は何者なのかと。
「それでね、和人さん。もうおわかりかと思いますけど、良き男性とはあなたの事なのですよ。身に覚えはありませんか?」
「は?でも僕は……いやまてよ?」
そういえば、と和人は首をかしげた。
思えば彼女は、和人が遊びに行くたびに待ちかねていたようにすっ飛んできたのではなかったか?行くたびにとても親密な感じになって、そして自分も、それに違和感を覚えなかったのではなかったか?
彼はそれを、彼女がプロであるがゆえの心遣いなのだなと感心していたのだけれど。
(もしかして……それは俺を単なる客でなく、良かれと思ってくれていたのだろうか?)
和人にはわからない。そもそも彼は、女性にそういう意味の興味を向けられた記憶がないからだ。
とにかく話してみたい。そう思った。
「その。少し彼女と話させてくれないか?その、もう時間がないが」
思えば、もうそろそろサービス終了のはずだ。さっき夜空がどうのと言っていたし。
だけどせめて話くらいは。
そう思った和人に、女はにっこりと笑った。
「ええ、かまわないわ。本当は『決まって』からじゃないとダメなのだけど、特別に延長してあげるから好きにお話なさいな。……その代わり、終わったらひとつだけお返事をくださるかしら?」
「返事?」
「ええ。……この世界、ツンダークに残ってくださるかどうかって事を。彼女と共にいてくださるなら、自動的にそうなるのですけどね」
「はぁ?」
「よくわからないって顔ね。まぁ、まずはお話してみてくださる?」
「あ、はい」
わけがわからない。
だけど、とりあえず和人はうなずいた。
◆ ◆ ◆
カズ・ヨコタというとツンダーク式自動車の発明者として有名である。異世界より持ち込んだ自動車技術をツンダークに適合するように改良し、根付かせた。ツンダークのインフラにあわせて最高速でなく耐久性や利便性を考えた構造にし、ゴーレム技術をベースとした魔力エンジンや魔力タンクを開発。各所に普及した。
ただ、ツンダーク式自動車は馬車を置き換える事なく、異世界とは別の形で進化する事になった。化石燃料がほとんど見つかってないツンダークでは仕方のない事といえるが、安価な燃料の代わりに魔力を元にする事、そして馬車中心の低速なインフラは大出力&高速走行する車を求めていなかった事もあり、ツンダーク式自動車は年月がたつごとに異世界とは全く別の乗り物に変わっていったのである。
そんなカズであるが、ツンダークに居残ると同時に妻を娶り家を買い、妻の実家の人たちも招いたらしい。
彼の家は試作品の車をいじったり走らせるために庭がとても大きく、そこは子供たちの遊び場にもなった。カズは近所の子供たちにも「くるまのおじさん」と呼ばれ、大人たちには、いつも何かをいじっている男とニヤニヤ笑いと共にささやかれた。車と奥さんをかけたその下世話な言い方に、妻はいつまでも少女のように赤面し、カズは「俺の女で遊ぶな」と困ったように眉をしかめたという。
黎明期の自動車はハンドルやアクセル・ブレーキが今と全く違っています。これは、当時の一般的な運転メソッドである馬車の操縦法に似せてあったためで、T型フォードの時代までは、ハンドルでなく馬車方式で運転する車が作られていたようです。




