エロい生活
ツンダークには多くの人が訪れ、様々なドラマが繰り広げられた。
だけど、その全てが異世界もの小説の定番のように進んだわけではないし、王道展開だったわけではない。むしろ千差万別であり、クエスト?なにそれおいしいの?のような個性的すぎる旅を繰り広げた者もいた。
さて、今回の主人公は……。
◆ ◆ ◆
趣味に没頭する人生が行き過ぎて、気づいたらいい歳になっていた。もちろん女づきあいもなく、婚期も逃していた。
まぁ強いていえばニートではないわけだが、友達も皆結婚し、話もあわなくなった。たまに連絡はとっているものの、普段は完全にひとりぼっちだ。ちょっと事情があって両親も既にない。それが俺だった。
そんな俺だったんだが……たまたま遊んだネットゲームがきっかけでまさか……。
まぁいい。今回はそんな俺……ああ、名前は長瀬雄一郎だ。え?どうでもいい?すまん。
変な話だが、まさかネトゲに風俗があるなんて思いもしなかった。
いや、風俗という言い方はちょっとアレかな。もう少し優雅に遊郭と言う方が近いかもしれない。ちゃんと一般の町からは隔離されていて、どう判断しているのかは知らないが、中のひとが未成年だと入る事ができないし、そもそもきちんと認識すらできないんだという。いやほんと、どうやってるんだろう?
ちなみにお値段はそう高くない。少なくともプレイヤーの感覚では驚くほど安いんだけど、聞けばプレイヤーはほとんど来ないんだという。なんでなのかね?
そんな質問をしたら、馴染みの店員にはこう言われたもんだ。
「ほとんどの異世界人の方は、おそらく戦ったり何かを作ったり、商売なさるためにいらしているようですからね。話の種に一度来るならともかく、常連になる方というのは確かに珍しいと思いますね」
「そんなもんか?」
「はい、おそらくは」
なるほど、もっともだ。ていうか、女が欲しいならそもそもネトゲなんかやってないよな。
俺は現実の女を知らない。だから、おそろしいほどにリアルとは思うが、これが本当に現実の女と同じかと言われると断言できないんだよな。
だけど、信じられないほどに気持ちよくて、身震いするほどクセになるのも事実。ああ、これが女ってやつなのかと。
女を知ってからというもの、俺のツンダーク生活は一変した。
まず、メインクエストの攻略にはさっぱり興味がなくなった。それよりも幅広く色々な冒険をしてみたくなり、冒険者ギルドに登録した。同ギルドは何故かメインクエストや開拓クエスト等、プレイヤークエストの類には一切関わらないので攻略プレイヤーはまず登録していないのだけど、地元密着型でまったりやっているプレイヤーの中には登録している者が結構いると聞いていた。だから登録してみたんだが。
登録してみて、その本当の意味を知った。
ツンダーク上のギルドは明らかにプレイヤーを想定していない。
「おじちゃん、ありがとう!」
「おう。今度はちゃんとかわいがってやれよ?」
「うん!」
迷子の子猫探し。まさかツンダークでこんな事までやるなんてなぁ。
だけど、これがいい。
確かに猫探しで報酬なんてゼロに等しい。はっきりいってカツカツか赤字だろう。
だけどよ、これってツンダークの町を縦横に駆け巡り、いろんなヤツと話すって事なんだよな。
で、これが滅法面白い。
ツンダーク人って、今のスマートになりすぎた日本人みたいにスレてないんだよ。みんないいヤツばっかでなぁ。生きてる、人に関わってるって実感が湧いてくるんだこれが。
思えば、どうしてあんな生き方をしていたんだろうな、俺。
人を見る目線が変わったせいか、リアルの方も少し変化した。まわりに人がいない事は今さらどうにもならないが、床屋で地元のおやじと話したり、そういう事が面白いと思えるようになってきたんだ。まわりに目が行くようになったというか。
……とはいえ、日本でツンダークみたいな生活を構築できる自信はない。おそらく今からじゃ難しいだろうしな。
仕事あり、友あり、キモチイイ息抜きあり。めしも空気もうまい。
充実してんなぁ、うん。
ああ……ツンダークが本当のリアルな生活ならいいのになぁ!
そんな事を考えていたせいかもしれないな、うん。
あの事件が起きたのは。
「狼男が出るって?」
「いや、たぶんメスだろうって話だから狼女というべきかな。結構被害が出ているらしいぞ」
「へえ……」
いつもの食堂で物騒な話をきき、俺は眉をしかめた。
ツンダークは多種族世界だ。地球と違い、動物めいた姿をしてるから動物と断定する事ができない。人と獣の境界線はとてもむずかしく、一般には、話が通じるかどうか、なんらかの意思表示をするかどうかで分類しているケースが多い。
で、狼男、もとい狼女の被害が出ているという。
一口に狼男といっても色々考えられる。いわゆる人間っぽいのがグワッと変身するタイプだと魔族に属するらしいが、変身しない、頭が狼でしっぽもあるけど二本足で立ち上がるだけでも三種類もいるらしい。つまり本来の意味での獣人である狼人族と、見た目はよく似ているけど実際は精霊の仲間といえる『狼人』。それと、いわゆるコボルト族だ。コボルトはさすがに小さいし可愛いからすぐわかるそうだけど、狼人族と狼人は、そのまぎらわしい名前と同様に区別が難しい。そもそも狼人は狼人族にまぎれて暮らしている事もあり、昔は区別がなかったとも言われている。よけいにややこしい。
さらにいうと、獣人系でも完全に四本足の狼と区別のつかない種族もいるとか。わけがわからん。
しかし逆にいうと、そんな混沌状態だからこそ、地球みたいな人種差別など起きないとも言える。あまりにも違いすぎる事、そして知性ある民同士で争う事を良しとしない神様がいるおかげで、気が合えば混在、あわなければお互いに無視するという形でコミュニティが成立しているようだ。
そんな連中が『狼女』と断言する。この意味は大きい。その表現は魔物を意味するからだ。
つまり、本当に洒落にならない被害が出ているのだろう。
「で、そんなわけでだ」
「断る。ではお休み」
「まぁちょっと待てよ」
飲み友達からこれ以上話が続く前に帰ろうとして……失敗した。
「そもそも何で狼女とわかったかっていうとな、被害者が全員男なわけで」
「そうかそうか、よくわかった。まぁ依頼があるなら冒険者ギルドに出せよ、じゃあな」
依頼があっても受けないけどな。
「しかもだ、発見された時の男たちの状態がまた酷い。下半身すっぽんぽんとかで衰弱して放心状態でな。こう、死んだ魚の目みたいな……」
「いちいち説明するなよ!想像しちまうじゃねえか!……うげ」
「まぁ、後はわかるよな。複数の女の臭いがプンプン臭っちまって、ああこりゃヤラれたなと」
「だからやめろって!酒がまずくなるだろこの野郎!」
男は俺を逃がす気が全然ないようだった。
「まぁ待てよユウ、おまえ異世界人だろ?今こそおまえの強さが必要とされる時だって」
「断る、断じて断る!」
「しかも相手は女だぞ?異世界まできて女買ってるおまえにゃぴったりじゃねえか、な?」
どんだけ女好き認定されてんだよ俺。いや好きだけどさ。
「そもそも何で男を当てるんだよ!男が狙われるんなら女ぶつけりゃいいだろうが!」
「それがなぁ、みんなキモいっていって引き受けたがらなくてなー」
「そんなん俺に振るなよ!」
「なぁおい頼むよ」
「ざけんな!知らんわ!」
そんなこんなで……え?結局どうしたのかって?
そりゃもちろん、断ったに決まってるだろ。
俺は女と楽しくヤりたいのであって、女の集団によってたかってヤられる趣味はねえし。
だけど。
「……」
ギャースカ騒いでいた俺は、そんな俺をじっと見ているヤバげな瞳に、全然気づいてなかったんだ。
「……」
食堂を出て歩き出した俺は、そのおかしな気配に気づいた。
明らかに不穏で。
だがモンスターのそれとは違う、別の意味で大変やばそうな気配。
「これは……」
女の気配とモンスターの気配が、渾然一体となったようなこの奇怪な気配は……。
(偶然、じゃあ……なさそうだな)
さっきの男はもしかして、手下か何かだったのか?
これは……逃げ切れそうにないな。完全に包囲網だ。
ちっ、仕方ない。
俺は、町外れに足を向けた。
ツンダークにおいて市街地は聖域ではない。
城壁は一応あるんだけど、そもそもラーマって神様は人間だけを依怙贔屓しないからな。ただ、理由なく同族殺しをするとか、いろんな理由で神様に犯罪者認定された者は神殿エリアには入れなくなるそうなんだが、他の町ではそんな事もないわけで。
で、町外れに出てきた俺を、ゆっくりと周囲から囲んできやがった。
ひい、ふう、みい……六匹か。種族は……なるほど狼女だな。
獣人というと、人間の戦士に獣耳がついているのを想像するかもしれない。いや、かくいう俺も以前はその一人だった。
だってそうだろ、ゲームだぜ?そういうとこはほら、プレイヤーへのサービスさ、サービス。可愛い女の子だけど耳と尻尾ついてて、それでプリプリで可愛い。な?いい感じだろ?
でもここは「実は異世界ではないか」なんて言われるような世界。当然、そんな読者サービスみたいな展開は用意されちゃいないわけで。
「……うわぁ」
あれだ、ミノタウロスって知ってるか?
あるいはあるいは牛頭って地獄の獄卒でもいい。あれの狼版のメスを想像してくれるとわかりやすいぞ。現実はもっと酷いけどな。
首から上は狼。で、首から下も……二本足で立ち上がった狼。
いやぁ、たしかに、乳らしいものはあるし、ちん◯もついてないんだけどさ。
これは、なんていうか……『女』じゃなくて『メス』だろ。悪いけどさ。
「……貴様、我らを女と思ってないな?」
「はぁ、種族が全然違うんだから当然だろうが。そんな事もわからんのか?」
「知らぬ。オスなら我らのもの。いくぞ」
問答無用かよオイ!
「そうか。だったら駆除するしかないか」
どうせこいつら「殺す」じゃなくて「駆除」といった皮肉の意味さえわからないんだろう。
だったらこっちも遠慮なんかしねえぞ。ただのモンスターとして駆除してやるわ!
短剣を抜き、俺は一気に加速した。
「そんなチンケな剣で我らをやれると……な!」
なに、という言葉をそのメスは続けられなかった。俺が首をふっ飛ばしたからだ。
メスだったそれは首から血を吹きつつ、ゆらりと倒れた。
「り、リーダー!」
「な、ナンダ今の速サは!?」
ふん、こちとら腐っても元攻略プレイヤーだっつの。落ちこぼれた軟弱者と侮ったんだろうが、そうはいくかよ。
攻略やめたおかげで攻撃の威力は頭打ちなのは事実。だけどよ、女遊びって本気でやるとすげえ金かかるんだぜ?知ってたか?
おかげさまでよぅ、金になりそうな中級モンスターを一匹でも多く狩れるように、スピード向上やら小技の類をとりまくってんだよな、こちとら。きちんと冒険者稼業をしつつ女遊びもするってのは、つまりそういう事さ。
だけどモンスター、しかも……こいつら雑魚いな。話にならん。
いいや、伝言用に一匹残そうかと思ったが、かまわん。全滅させちまおう。
この事件以降、なんか知らないが狼女とか牛女とかにやたらと襲われるようになった。
「ぎゃあああっ!」
「いいかげんにしろ!ったく!」
あんまり頭にきたので、冒険者ギルドに相談してみる事にした。
「ユウさんのお名前や顔が流出、ですか?でも名前はともかくお顔をどうやって?」
ツンダークには写真みたいな技術はない。名前はともかく顔は、という事だろう。
でもねえ。
「できるじゃないの。俺の顔、ギルドで記録してますよね?」
「な……!ユウさん、まさかギルドをお疑いなんですか?」
「ははは、それこそまさかだな。
だけどよ、ギルド本体とか、みよちゃん個人はともかく、狼女や牛女の友達がいるヤツから言葉巧みに情報引き出した可能性はあるわけで……」
そう言った瞬間、受付の奥の方で、ガタンッという音がした。えらいピンポイントなタイミングで。
そして、何か嫌な意味で馴染みのある気配が、コソコソと逃げていった。
「……なんだ、ギルド内に間者いるじゃねえか」
「な、なんの話ですか!?」
「なんでも何も、今、気配殺して狼女が逃げてったじゃねえか、奥へ」
「う、うちの職員に獣人はおりませんが?」
なんだよ、みよちゃんも同じ穴のムジナなのか?もしかして。
ちょっとショックなんだが。
「あのね、みよちゃん。利用客の俺がそっちの内輪の事情なんて知るわけないじゃん。それにそもそも、今逃げてった女がギルドの人間なのか、それとも悪意の侵入者なのかは俺にとっちゃどうでもいい事だからさ。
俺にとって大事なのは……ここの支所が俺にとって敵か味方か、それだけじゃないのかい?」
威圧スキルをオンにして凄んでみた。
「ちょっとユウさん、ギルドに喧嘩を売るおつもりですか!?」
「喧嘩?いいや違うな、事実の確認だよ」
そう言うと、俺はポケットから携帯を取り出して操作した。
「もしもし、やあこんにちは。うんそう例の件。どうやらマジみたいだわ。狼女が聞き耳たててたし。うん、はいよろしく、すんません」
それだけ言うと、俺は電話を切り、ポケットに戻した。
「なんですか今の?」
「異世界にある携帯電話ってのを不完全ながら再現したもんだな。作った本人は売れねえってぼやいてたけどよ、特定人物との対話には便利なんだよこれ。戦闘中に着信しないようシールドしないとダメだが」
「そうなんですか……えっと、すると今、誰かとお話されたって事ですか?」
「ああ、そうさ。今の話をしてある知り合いにね、対処よろしくってな」
「……?」
「そんじゃあなー」
ハテナマークを浮かべた受付嬢のみよちゃんを放置して、俺は立ち去った。
その夜、冒険者ギルド支所は大騒ぎになったらしい。なんでも支所長だけが使える特別回線で連絡があり、登録冒険者の情報を漏洩したかどについての最終通告があったという。関係者の適切な処分が行われない場合、支所の閉鎖と全職員の解雇、そして各種全ギルドに対して名前と容姿の情報を流し雇用禁止の命令を出すと。
え、厳しい?
いやいや、はっきりいって俺がプレイヤーだから何とかなってるだけで、本当ならとっくの昔に殺されるかどうかしちまってるから。モンスターとの戦闘や依頼の仕事の途中ならともかく、ギルド職員の流した情報で登録者が死ぬとか、ギルド自体の存在意義の危機だから。もしこれ広がったら、冒険者ギルド自体がおしまいなんだからな。いやマジで。
それに……俺が連絡したお相手ってまぁ、風俗仲間だから個人名は伏せるけどさ、まぁお偉いさんだったのよ。で、ここの支所が裏でどうもよろしくない方面とつながってるようで内偵してるって話も聞いてたわけで。
フウ。やれやれだ。
「あ、ユウさんユウさーん!」
おっと、気づいたらいつのまにやら、ここはおなじみの遊郭街。足が向いちまったのか。
いつもの馴染みの子やら姐さんたちが、きゃいのきゃいのって騒いでる。ああ、楽しそうだな。
あ、でもいけねえ、金はあるが格好が汚すぎる。うん、一度出直そう。
「あれ、ユウさんどうなさったの?まさか、いい人が」
違わい。そこだけは訂正しとくか。
「いやいや、こんな汚い格好で着ちゃったからね。ちゃんと身ぎれいにして出直すよー、ごめん」
「ええ?そんなのいいのに」
「ユウさーん、うち、お風呂も入れるわよー♪」
ああ、知ってる。知ってるけどさ。
「ありがとう。でもな、みんなをお金で買おうってのに、そのうえこんな汚い格好で迷惑かけるのは俺が嫌なんだよ。こんな野郎のお相手させてるだけでも申し訳ないってのにさ。
そんなわけでよ。ちょいと身ぎれいにしてくるから、ちょっと待っててくれるかい?ずばっとすませちまうからよ」
「……」
「……」
あ、あれ?なんか女の子たちが沈黙しちまったぞ?
そう思ったら次の瞬間、わっと賑やかになった。
「わかったぁ、ユウさん、待ってるからねえ!」
「はやくねー、はやくこないとマキ、許さないからぁ!」
「あ、はいはい。行ってくるよー」
うん、マジで急がないとな。
金の切れ目が縁の切れ目、人情紙風船。わかっちゃいるけどよ、でも今くらいはいいじゃねえか。
そんな事を思いつつ、俺は踵を返した。
◆ ◆ ◆
ユウ・ナガセは特別な偉業を成し遂げた人物でもなければ、特殊な技能を持っていたわけでもない。長く遊郭通いをした末に古馴染みの遊女を身請けして結婚、ツンダークに移住した。移住後は冒険者を廃業し、歌が歌えるという妻の伴奏をしたり遊郭街の用心棒をしたり、遊郭預かりの子どもたちがいい仕事を見つけられるよう勉強を教えたりしつつ、悠々自適に暮らしたという。
そのさまは、とある異世界人いわく「遊郭に住み着いた浪人みたい」だったそうである。




