マイペース
ゲームに興味があったのではない。
人なつっこい弟が、なぜかとても、とても愛したもの。彼女はそれを知りたいと思った、ただそれだけだった。
◆ ◆ ◆
個性派プレイヤーというのは大抵、まわりの事など気にしないで自分のやり方で楽しんでいるものだ。彼女もまた、その意味では個性派と呼ばれる連中の定番から外れてはいなかった。
たったひとりの血を分けた弟が交通事故で亡くなり、その遺品の中にVRMMOマシンがあった。VRMMOのリアルさと面白さを弟からよく聞いていたもののゲームなどした事のなかった彼女であったが、その弟が残したVRMMOマシンを処分する事なく、自分の部屋に移設してもらった。
説明書をみながら中に座り、起動ボタンを押した。
『はじめまして、ツンダークにようこそ。これからの旅にふさわしい貴女の姿をつくりましょう』
「姿を作る?」
『はい。もちろんゼロから作る事もできますし、おすすめから選ぶ事もできます』
「おすすめで」
『わかりました』
即答だった。
見た目には興味がなかったし、おすすめにしておけば無難だろうとも考えた。ただそれだけの理屈なのだけど、迷いもしないあたりに彼女の個性が伺えた。
果たして、ちょっと地味めのローブ姿の女の子が表示された。魔法使いだろうか?
「なんか、顔がわたしに似てるわね」
『はい、似せてみました。第三者が見た場合には気づかないくらいに、そして、貴女ご本人なら違和感を持たない程度に』
「なるほど。職業はこれ?」
『はい、見習い魔道士です。威力の大きい魔法が使えない代わりに、あらゆる魔法を使う事ができます』
「ふうん。ある程度より強い魔法が使いたいと思ったら専門職って事?」
『はい。あるいは上位職といって、ある条件を満たさないと就けない職業の中にも全ての魔法が使えるものがありますが』
「なるほど」
どのみち切った張ったは難しいだろうから、これでいこうと彼女は考えた。
「これでいいわ。名前は……なにこれ、ミルク?これで決定なの?」
外見といい名前といい、乳臭さ全開だった。彼女は思いっきり萎えた。
なんとか気力を取り戻し、言葉をつなぐ。
『問題がございませんでしたら、それで』
「普通、こういうのって入力させるんじゃないの?」
『入力したいですか?』
「……めんどくさいから、いいわ」
最悪、自称何とかで普通の名を名乗ればいいだろう。
『はい。ではそのように』
そうしていると、キャラクターデータが表示された。
『ミルク』職業:見習い魔道士Lv1
特記事項:先祖返り(精霊系)
旅の途中で倒れた兄の足跡を追い、やってきた娘。
項目についての解説は以下の通り。
『先祖返り(精霊系)』:先祖のどこかに精霊種が混じっていたと思われる。剣を持つ力は持たないが、とても魔法使い向きである。また人間の目に見えない精霊種を見て対話する事もできるため、神職の適性もある。
「兄じゃなくて弟なんだけど?」
『弟さんは大剣使いの巨漢でした。小柄な姉というのも可愛いものの、妹の方がよいと思われますが?』
「弟にして」
『わかりました』
「この先祖帰りって何?変な設定いれないでほしいんだけど?」
『肉体的に強くなれませんが、魔法使いとしては大変なメリットになります』
「そう。だったらそれでいいわ」
『承知しました』
『ミルク』職業:見習い魔道士Lv1
特記事項:先祖返り(精霊系)
旅の途中で倒れた義弟の足跡を追い、やってきた娘。
「!」
文面を見た途端、彼女の目が丸くなった。
『どうされましたか?』
「弟っていったのに、どうして義理の弟に……いえ、いいわ。なんでもない」
なんか妙な小細工がされている。
こういうのもヲタク趣味って奴なんだろうかと彼女は内心、ためいきをついた。
弟は義母の連れ子だから、確かに義弟といえば義弟だ。だが現実問題として、一緒に育ったに等しい弟に変な気持ちをもったら、それは危ない人ではないだろうか?
やれやれと思った。
だけど、そんな枝葉はどうでもいいとも彼女は思っていた。
『以上でよろしいですか?』
「ええ……いいわ」
『了解しました。それではこれからツンダークに接続します。
はじめまして、ミルクさん。貴女のツンダーク生活に、よき風が吹きますように』
はじまりの町に出た彼女は「ほう」と周囲を見渡したが、やがて人の少ないところ、少ないところに移動をはじめた。なぜか『チュートリアルはこちら』というメニューの表示なんかも無視である。
彼女はネトゲの類を戦うゲームだと思っていたから、まずは戦力の確認をしようと思っていた。それゆえの行動なのだけど、さっそくマイペースな本性が露わになりはじめていた。
町外れの広場にやってくると周囲に人がいない事を確認し、そしておもむろに両手に魔力を集めてみた。
「えっと、魔力を高めて炎を燃やしてみるんだっけ?……あ、出た」
いとも簡単に両手から炎が出た。
ちなみに人間のプレイヤーでも最初から火は出る。いわゆる生活魔法『着火』も、この小さな炎からつくり上げるのだ。この時点でやっているのは魔力を意思で炎に変換する、ただそれだけの事なのだから呪文も何もいらないのである。
では各種の炎の魔法はなぜあるかというと、この炎を強化したり飛ばしたり、結界にしてみたりと応用を効かせるためのものなのである。
実は、この時点での炎は、江戸時代的な言い方をすれば陰火や狐火と呼ばれる類のもので、ものを燃やす力はない。当然である。もし考えるだけで燃える炎が出ていたら、そこいら中火事だらけになってしまうだろう。
そんなわけで、その燃えない火をちゃんと燃える火にするための技術がつまり、魔法やら魔術やらと呼ばれる代物だと言える。
だけど、そんな事ミルクは知らない。というより魔法の説明そのものを全く読んでいない。
ゆえに、そのままその炎で近くにいた虫みたいなのを攻撃しようとした。
「あれ?」
だがもちろん、虫はなんともない。炎の光やら音に驚いて飛んでいってしまったが。
「なんで効かないの?あれ?」
もう一次炎をボッと出してみて、そして気づく。
「……熱くない。ダメじゃん」
そこでヘルプを見ればいいのだが、やっぱりミルクはマイペースなので説明書なんて読まない。
「念じたら炎は出たわけでしょ?だったら、熱くなれって念じたら熱くなるのかしら……って、あちちちちっ!」
手をかざしたまま念じたら、急に熱くなってびっくりした。
「ふう、びっくりしたぁ。なるほど、でもそういう事か。『熱い炎』をちゃんと念じないとダメなのね。そっかそっかー」
ちなみに、彼女の結論は間違いではない。しかし同時に正解でもない。
長年で作られた呪文や呪法は、魔力を効率よく利用するための技術といってもいい。プレイヤーむけのメニューシステムによる魔法もそうで、それらの呪法をプレイヤーにも扱いやすくするためのもの。つまり研究され尽くしているのである。
それに頼らず、意志の力だけで魔法を使おうとしたらどうなるか?
確かに実現可能なのだが、その果てにあるのは空想魔法と呼ばれている。確かに何でもできる、しかしとんでもなく魔力を喰う。具体的には、プレイヤーのチートを極限までつぎ込まなくちゃ育てきれないほどに効率が悪い。
しかし、そんな事知らない彼女は気にしない。ひたすらトライを繰り返す。
「よし、今度こそ。……燃えちゃえ!」
ごうっと吹き出した炎が大きなヤンマのような虫をとらえ、一気に焼きつくした。
「おお……できたー!……なんか疲れたけど」
魔力を食い過ぎているようだ。
無理もない。種族特性があるからギリギリ使えているようなもので、人間ならとっくに倒れているはず。
「虫一匹で魔力切れとか……。だめじゃん」
さて、ここでネット情報に頼る事にしたのだが、なぜか公式の情報を見ない。そこには魔法の使い方をちゃんと書いてあるにもかかわらず、そこを見ないで怪しげな「見習い魔道士さん必見!見習いだからできる魔力増強法!」なるゲーマーの日記を発見。
「ほほう、なるほど。付呪するのね。ん、でも付呪するものがないなぁ」
日記によると、付呪師は練習用の指輪をもらうらしい。それを練習代わりにして書いては消し、書いては消しして試していくのだという。
付呪師でないミルクは練習指輪なんて持っていない。ウーンと唸っていたら、
「もしもしお嬢ちゃん、どうしたんだねこんな処で?」
「!」
知らないプレイヤーに声でもかけられたのかと思ったが、何やら雰囲気が違う。
そう。動きに不自然さがない。このツンダークとやらの住人なのだろう。
「なぁに?おじいさん?」
話しかけてきたのはローブ姿の老人だった。
「それは、わしのセリフなんじゃがな。お嬢ちゃんは異世界人であろう?何をそんなに困っている?」
「えっとね、練習用の指輪っていうのがほしくて」
「ああ、付呪の練習用の指輪かね。確か付呪師になれば異世界人は貰えると聞いたがな?」
「んー、よくわかんない」
「……ほう。もしや、見習い魔道士のみで付呪をやってみようと?」
「本格的な付呪師になりたいんじゃないの。魔力を鍛えるために簡単な魔法を繰り返し使うのを自動化したくて、でもそれには付呪するものが必要なの。あれって宝石か貴金属じゃないとダメなんでしょう?」
「正しくは、初心者が付呪をするには宝石が必要、じゃよ。高レベルになれば木石だろうと紙だろうと付呪できるでな」
「そうなの?」
「うむ」
老人は優しげに頷くと、懐から小さな指輪を出した。
「もしかして、お嬢ちゃんがやりたいのはこれじゃないかの?魔力探知の指輪に小細工をしたものじゃが」
「え……これ」
老人のさしだした指輪を見たミルクは、それに刻まれている魔術式に気づいた。
「あ、よく似てる……でも微妙に違う?」
そこに刻まれていたのは、日記サイトにあった練習用付呪式によく似たものだった。
「ほほう、どのあたりが違う?」
「えっとね、後ろ半分がほとんど違う」
「なるほどの。そこにあるのは魔力蓄積式じゃよ」
「蓄積?」
うむ、と老人とうなずいた。
「魔力探知は自分自身を魔力センサーに変えるものじゃ。外に魔力を流出させぬから敵にも気づかれにくい。よって、これで自動的に魔力を消費させ、しかも魔力切れにならないように維持する。魔力を高めるための訓練と考えれば、確かにその方法は賢いのう。
じゃがのう、魔力が減っている時に戦闘になったらどうする?」
「……」
「ゆえに、わしの方式では魔力を使うだけでなく、一部を貯金としても使用する。いざという時は指輪から逆に魔力をチャージできるのじゃ。これにより、特に魔力が足りぬ初期の戦いにおいて、自分の魔力を二倍にも三倍にもして使える、というわけじゃ。わかったかな?」
「……すごい!」
おお、と感心した声をあげるミルク。
「では、そんなわけでこの指輪はお嬢ちゃんにさしあげようぞ」
「え?でも」
眉をしかめたミルクに、老人はクックッと自嘲するように笑った。
「せっかく作った道具じゃがな、有効活用してくれる者がおらんので全くの無意味なんじゃよ。作った者としてはな、それではあまりにも寂しい。
おまえさんなら有効活用してくれるじゃろう?ん?」
「……それはまぁ、有効活用なのかはわからないけどバッチリ使わせてもらいますけど」
「充分じゃ。使ってこその道具じゃからの」
ミルクはちょっと困っていた。老人が何気にイケメンなのに気づいてしまったからだ。
(勘弁してよ。わたし年寄り趣味とかないってば)
見た目がどうより、話して小気味いいのが困りものだ。
「ふむ、では進呈しようか。サイズ調整はこの場でできるが、はめる指はどこがよいかな?」
「あ、はい」
(ここ、もしかして、結構いいところかも)
指にはめられた『練魔の指輪』を見ながら、ミルクはそんな事を考えた。
そんなこんなで、少女ミルクの個性的なツンダーク生活は始まった。
魔道士でありながら呪文を一切持たず、しかし空想魔道士でもない。これでは大きな戦闘力など望むべくもないはずだったが、もともとの種族特性、それから老人にもらった『練魔の指輪』のおかげで、ミルクの魔力は急上昇を続けていた。後発の、しかも本来ゲーマーでもない、まともなプレイもしていない者としては、当然ありえない速度であった。
少し解説しよう。
まず、種族特性について。
精霊系の先祖返りといっても色々あるが、そもそもツンダークにおける精霊を無理やり科学的に分析すれば、それはアストラル体でできた生命体のようなものだといえる。そしてツンダークにおけるアストラル体について強引に解説を試みるなら、それは物質以外のもので構成された肉体。それは半ば物質化した魔力の塊ともいえるし、炭素やケイ素の代わりに魔素で構成された肉体であるともいえる。
そんな身体に『魔法』の訓練をしているのであるから、これはもう伸びないわけがない。
さらに指輪であったが、これも何気にチートな代物だった。
もともとミルクが見たデータのそれは、単に『「魔力があれば使い、なくなれば休息する」というサイクルを無限に繰り返す』というものだった。しかし限界まで酷使した魔力を回復させるのは当然時間がかかるし、その間は魔力を使う事は何もできないはず。
しかし『練魔の指輪』の付加機能には魔力タンクだけでなく、回復力そのものを大きく引き上げる工夫も含まれていた。これにより、本来のデータでは一日一回できればいい程度の自動訓練が、一日五回ないし六回は行われていた。しかも後に魔力の使いすぎで『魔力回復増強』スキルを入手すると頻度は爆増し、最終的には一日二十回以上の訓練が自動的に繰り返されていた。
この状況と種族特性が組み合わされた結果、最終的にミルクの保持魔力は計測するのもバカバカしいレベルに到達していた。
そして……このため、さらなる問題も発生した。
たとえば魔法『炎弾』を使い炎を放つとする。この場合、どんなに魔力があろうと汲み出される魔力量も威力もだいたい決まっている。そもそも魔法の呪文とは、特定の手続きをすると安全かつ簡単に効果を取り出すものであるから、良くも悪くもこれは当たり前の事だ。呪文そのものを改造して威力をあげたり、並列起動でもしない限り。
だがミルクの場合、単に魔力を炎に変換して吹き出すにすぎないのだから、そもそも制限などない。つまり魔力が大きくなればなるほど、ミルクの戦闘力は上昇していく事になった。指数倍的に魔力喰いになるという問題はもちろんあったが。
そんなミルクであったが、ならば戦いの日々にあったかというと、むしろ真逆の生活と言えた。
ある時は、誰かの頼みでモンスター溢れる森に薬をとりにいき。
またある時は、材料を見つけたからといって、プレイヤーが入れないはずのコボルトの村でジャム作りに没頭。
そしてまたある時は、危険な山にたったひとりで登山。
しかし、そんな脇道だらけのツンダーク生活を、彼女は満喫しまくった。
(あの子がツンダーク好きだって言ったのは、こういう事だったのかなぁ)
ミルクは知らない。もういない自分の弟がどんなプレイヤーで、どんなツンダーク生活を送っていたのかを。
だけど、それでもいい。そんな気がした。
◆ ◆ ◆
ミルクという名前のこのプレイヤーがその後どうなったかは、よくわかっていない。
彼女の魔法は明らかにツンダーク一般の魔法とは違っていた。空想魔法の一種なのは間違いないが、どこぞのご立派様が武闘派寄りなのに比べて彼女は純粋に魔力のみが武器であり、また特殊すぎる種族特性もあって、強力になればなるほど、一般プレイヤーとは馴染みの悪い世界に行ってしまったと思われる。
ただ、ツンダークサービスの最終日、シネセツカに避難中の西の国の王族と共にいた事がわかっている。この時の彼女は正体のよくわからない精霊種の青年と一緒であり、リアルで失ってしまった唯一の肉親の代わりだろうと言われている。が、これには異説があり、実は死んだ弟君もラーマ神の力でツンダークに保護されており、彼とついに再会する事ができたのだという、ある意味ロマンチックで、そしてある意味無責任な憶測もなされている。




