借金取立人と大学時代
月日は流れて、二人は大学生になった。
グランデは一般推薦。バッソは美術の技能推薦で同じ大学に入学。
グランデは広い図書館に入り浸り、バッソは美術室に籠もる。相変わらずマイペースに二人は日々を過ごしていた。
そんなある日、『中央銀行』の職員が大学にやって来た。
中央銀行は世界最大の銀行。
通常の銀行のように預金や融資の他に、これはあくまでも噂にすぎないが、各国の臨時の通貨発行場所としての役割もあると言われる、少々特殊な銀行。
『全ての金は、一度は必ず中央銀行を通る』と言われるほど巨大で、金が入り、また出て行く場所だった。
そんな中央銀行で働く者というのは、世界中から羨望と憎悪の目を向けられる花形だった。
「何だか外が騒がしいね。中央銀行の人が来てるんだっけ」
「……」
グランデは今日、図書室ではなくバッソがいる美術室で小説を書いていた。いつもは図書室の隅っこで黙々と作業するのだが、今日の図書室は『彼ら』に、少しでも良いところを見せようとする学生たちで溢れかえっていたのだ。
「そうか、そろそろ手に職をつけることを考えないとね。バッソは、やっぱり絵描きになるの?」
「……」
バッソはちょっと首を傾げた。
バッソの元には、中学や高校の時と違って、大会で入賞するとそこそこの額の賞金が入るようになっていた。時折ふらっと入ってくる依頼もあって、足りなくなった画材をちょこちょこと買い換えても、それなりの生活が出来るくらい、バッソは金を稼げるようになっていた。
しかし、それで一生食べていけるかというと、可能性は極めて低い。
まだ時間が欲しかった。
「……グランデ、小説家」
「ああ。そうだねえ」
グランデにとって、小説家になる、というのは人生においての最終手段だった。
最近、賞への応募や雑誌への寄稿をするようになって、そこそこの評価を貰ってはいるが、まだ何か、面白い転機のようなものを、グランデは期待していた。
「まあ。まだ時間はあるしね」
「……」
グランデが言うと、バッソも頷いた。
その時だった。
ガラリと美術室の扉が開いた。
「おや。使っているのか」
立っていたのは、カッチリとスーツを着た人間が一人。白髪頭の、厳しそうで優しそうな男だった。
「こんにちは」
「……」
ぺこりと会釈。
それだけやって、二人は自分たちの作業に戻った。
将来について考える年頃だが、花形にゴマを擦る必要はどこにもないと二人は判断した。
小一時間ほど経ったとき、バッソが筆を止めた。のどが渇いたから、外の自販機で飲み物を買ってこようと思ったのだ。
グランデも何かいるだろうか。そう考えて振り返った。
「……」
「どうしたの。バッソ。……うわ」
グランデは目の前に座る初老の男を見て、さして驚いていないような声を上げた。
「ここはとても良い空気をしている」
男が言った。
「君たちは、仲がいいの?」
グランデとバッソは顔を見合わせた。
「どう思う? バッソ」
「……」
ぷいっとバッソがそっぽを向いた。
「仲は良いですよ」
「……本当に?」
「今更聞くなって意味なんです」
「……」
こくっと頷いた。
「ほらね」
グランデが言うと、男は愉快そうに笑い出した。
「なるほど」
二人を交互に見る。
「……君たち、中央銀行銀行員に色目を使うつもりは?」
グランデとバッソはまた顔を見合わせた。
「……あなたが何を考えているのかは分かりません。ですが、早すぎる判断は身を滅ぼしますよ。中央銀行総裁、ミスターカタギリ」
「私の事を知っているのか」
「新聞やテレビによく出てるじゃないですか。お騒がせ総裁」
男はまた笑った。わはは。
「なるほどなるほど。……確かに君の言うことは一理あるだろう。しかし、私はますます君たちに興味がわいた」
「あらら」
「……グランデ」
「えー。僕のせい?」
「ははは」
男は持っていた鞄から、大きな封筒を二つ取り出して、その上に、小さな名刺を置いた。
「重労働だが、やり甲斐のある仕事だ」
それだけ言って、男は部屋を出ていった。
「今のは、やり甲斐が無くてただの重労働って意味だと思うんだけど、どう思う? バッソ」
「……」
頷く。
二人は揃って封筒を開けた。
中にはペラ紙が一枚。
『融資金特別回収人募集。
社会に貢献するやり甲斐のある仕事!
連絡先:××××ー××××』
「……」
「うわーお」
グランデは紙をめくったが、裏には何も書かれていなかった。
「……借金、取り立て」
「融資金回収人だってば」
「……取り立て」
「特別って書いてあるし」
「……特別取り立て」
「……」
グランデはちらりと自分たちの前を見た。グランデの前には原稿用紙と万年筆。バッソの前には絵筆とキャンパス。
「選択」
ばっと、二人揃って封筒を掲げた。
「連絡する前に、コーヒーを飲もうか。時間はあるしね」
「……紅茶」
「……それもいいね。時間もあるし」
「……」
バッソは一つ頷いた。




