借金取立人と高校時代
グランデとバッソは高校からの同級生だ。
高校以前の接点は特に無く、学校も遠く離れていたから、いつの間に一緒に過ごすようになったのか。何故、誰もが見上げるほど背の高いグランデと、誰もが見下げるほどに背の小さいバッソの歩幅が合うのか。と皆、首を傾げた。
グランデは読書家だった。
暇なときはいつも図書室にこもって本を読んでいたし、その上どんなジャンルにも手を出す乱読家だったから、とても物知りだった。
中央銀行に勤め始める前に通っていた大学を志望した理由も、「図書館が大きかったから」。
あまり激しい運動は好まなかったが、嫌いというわけではなく、体育の成績も悪くはなかった。本人曰く、「生まれつきの体力だけが取り柄なんだ」。
執筆にも手を出した。彼が書いた冒険小説は、校内ではなかなか好評だっが、周りからいくら勧められても、賞に応募したり、雑誌に寄稿することは絶対にしなかった。何故。と問いかけても、曖昧に言葉を濁すだけ。
成績、社交性ともに悪くない。温厚で、優等生タイプ。
ただ、本当に怒ると誰も止められないほど暴走した。
たぶん、一人殺す程度ならいとわないだろう。
バッソは絵が得意だった。
美術部期待のルーキー。大会に出品する度に、かなり良い賞を貰ってくる。
黒くて丸いぬいぐるみのような手が握る筆からは、鮮やかな色があふれ出していた。
少し影のある性格をしていて、滅多に口を開かず表情も変わらなかったが、どんなときでも冷たいほどに冷静で判断力を失わなかったからか、周りからの信頼は高かった。
一部から妬みを買い、いじめにあっていた時期もあったが、グチャグチャに落書きされた机に絵筆を滑らせ、それを大きな大会に出品。「立体アート部門」で最優秀賞を受賞してからはぱったり止んだ。
成績はそこそこいい方。美術の他に音楽など芸術をこよなく愛し、静かな場所を好む。
その割に行動範囲が広くて、用がある時は探すのに一苦労だった。
グランデとバッソが出会ったのは、文化祭の会計担当会の時だった。
その日は会計担当者たちの顔合わせと、予算の使い方の説明会だったのだが、この時点では二人に特に接点はなかった。同じ学年ではあったけれど、別に話し合いがあるわけでもない。
二人が本格的に関わり合うようになったのは、次の日に起きたある事件がきっかけだった。
文化祭の各出展団体に配られるはずの資金が盗まれたのだ。
その日のうちに全校集会が開かれ、会計担当達も、今後の話し合いをするために集まった。
しかし、所詮は普段お金を扱った事のない生徒の集まり。しかも例の資金とやらを見たことも無いのだから、もうどうしようもない。
何の解決策も出ないまま、その日の会議は解散になった。
二人の話はここからだ。
会議の際、グランデは終始端っこの席でボーッと虚空を眺めていた。優等生のグランデにしては珍しいことだったが、今はそれどころではないので誰も気には止めない。
だが、会議が終わってからもその状態が続いているとなれば話は別だ。
帰りの準備に少々時間の掛かっていたバッソは、席に座ったままぴくりとも動かないグランデに、仕方なしに近づいた。
「……」
くいくい、と細いグランデの腕を引っ張る。
「? ああ。こんにちは、バッソ。どうかしたの?」
「……」
辺りをぐるっと指さす。
「あれ。誰もいない。もしかして、会議はもう終わったの?」
「……」
一つ頷く。
「そっか。ずいぶん長いこと考え込んでたなあ。教えてくれてありがとう。バッソ」
「……」
もう一つ頷いて、バッソはグランデに背を向けた。
バッソは支度を終えて、教室を出ていこうとする。
しかし、突然聞こえた大きな声に、思わず足が止まった。
「ねえ。バッソ」
「……」
振り返った。
「君は、絵を描くのがとても上手いよね」
グランデは椅子から立ち上がり、バッソの正面に立った。
「ちょっと、協力してくれないかな」
「……?」
翌日の放課後のこと。
グランデは、とある空き教室である人物を待っていた。
教室は一面黒い布で覆われていて、その中心に置かれた椅子に、グランデは座っていた。
午後7時。ガラガラと教室のドアが開いた。
「うわっ!」
ドアを開けた人物は、その部屋の異様さに声を上げる。
「こんばんは。ジミー先生」
やってきたのは二足歩行するワニ。グランデやバッソの学年を担当する数学教師だった。
「やあ、グランデ。こんな時間にどうしたんだい? 職員会議がもうすぐ始まるから、なるべく手短だと助かるんだけれど」
「分かりました。ジミー先生、資金を盗んだのは、あなたですよね」
「は?」
首を傾げるジミーにグランデは同じように首を傾げた。
「僕、昨日見たんです。ジミー先生が、デンソ先生の机の上から、文化祭用の資金を盗むところ。ほら」
グランデは数枚の写真を掲げて見せた。
そこには、職員室と思われる場所で、ジミーが机の上にあった封筒に手を伸ばし、それを懐に仕舞う現場が、確かに収められていた。
「ど、して。それ……」
「闇に紛れるのは得意でして」
グランデが冗談めかして言うと、ジミーは俯いた。
「ジミー先生。何故、こんな事をしたんですか。盗った資金は何処にあるんですか」
グランデが今度は真剣な顔をして問いかけた。
「し……」
「し?」
「し、知らないさ。そんなもの!」
「先生……」
「知らない知らない知らない!! グランデ、いくら教師受けが良いからって人を犯罪者に仕立て上げようだなんて、許させる事じゃないぞ?」
「先生」
「知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない」
「……」
グランデは狂ったように知らないと繰り返すジミーを見てため息を吐いた。そして、ドアに向かって歩き出す。
「どうしたグランデ? 違う事が分かったのか? なのに何も言わずに出て行くというのか? 人を! 犯罪者扱いしたというのに!」
「……」
「グランデ!」
「残念です。先生」
パチン。と、グランデは部屋の電気を消した。
部屋が真っ暗になる。しかしすぐ、ぼんやりと明るくなり始めた。
「? ……ヒッ!」
ジミーは明るくなった自分の足元を見て言葉を失った。
そこには、夜のオフィス街を超高層ビルの屋上から見下ろしたような景色が広がっていた。所々灯りの消えたオフィスビル。小さく見える車のライト。吹きすさぶ風の音が聞こえてきて、その中から、途切れ途切れに車のクラクションの音や、街の喧噪が聞こえてくる。
ジミーは、そんな中で、人ひとり立っているのがやっとの細さの棒の上に危ういバランスで立っていた。
「た、た、た……」
カチャリ
「!?」
ジミーははっとしてドアの方を見た。
グランデは居なかった。
それどころか、灰色の雲が見える。
「た、高い……。高い高い……!!」
ジミーは棒にしがみつくようにしゃがみ込んだ。
「助けて、助けてくれ!! 高いのは嫌だ! 落ちる! 言うから! 盗った金はまだオレの机の中にある! あ、あ、あ、落ちるうううあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「……」
「気になる? バッソ」
「……」
バッソは叫び声の聞こえてくる空き教室のドアにピッタリと耳をつけて頷いた。
「先生はねえ、見ての通り、っていうか聞いての通り、高所恐怖症なんだ」
「……あれ。絵」
バッソが珍しく口を開いてそう言うと、グランデは特に驚きもせずに頷いた。
「そうだね。でも、本当の高所恐怖症っていうのは、お風呂にはいるだけでも、水の揺らぎで遠近感が狂って動悸や恐怖に襲われるんだ」
「……だから」
「そうだね」
グランデはもう一度頷いた。
「さあ、鍵を開けてから職員室に行こう。大事な資金を取り返さなきゃ」
グランデが持っていた空き教室の鍵を鍵穴に差し込むと、バッソがグランデを見た。
「……意外」
「意外? ああ、こういう事するのがってこと?」
「……」
頷く。
「うーん。まあ、その。勧善懲悪、姿の見えないヒーローに、憧れる年頃……っていうか、ね」
そう言って、グランデは音を立てないように鍵を開けた。
翌日、会計担当教師の机の上に、文化祭用資金と、『資金は我々が取り返した! 怪盗G・B』と書かれた紙が置いてあった。
翌日から、ジミーが学校にやってくることはなかった。




