第10話 何者でもない
翌日は、車で少し遠出することになった。
「えっちばっかりやったら体目的って思われそうやし……」
っていう類斗の可愛い言葉によって、小さな水族館に行くことにした。だけど類斗が運転しながら、わたしのスカートの中に手を伸ばしてパンツの上からクリトリスや膣を刺激してくる。信号が赤になると、深いキスをしてくるからもう頭がめちゃくちゃ。
「ふふ」
類斗が笑いながら、車を発進させる。昨日も今日も会えるなんて。
《ツアー終わったら、みんなで旅行行こう?》
蒼くんからのラインが届く。わたしはロック画面でそれを確認してから、閉じた。蒼くんは本当に家族想いで優しい。バンドも作曲も忙しいのに、そんなことないみたいに家族の時間を大切に思ってくれる。ごはんも食べに帰って来てくれる、わざわざ遅い時間でも。なんなら、疲れているはずやのに休みの日には料理したりお菓子まで作ってくれる。颯太がぐずったら連れ出してくれる。
わたしには本当にもったいなさすぎる。
「ゆりこそ大丈夫なん?」
「なにが?」
「旦那さんとか子供とか」
「え? ちゃんと育ててると思うし、料理も家事もがんばってるよ」
「へーゆりがなあ。俺も食べてみたいな、ゆりのごはん」
「まあ、がんばってるけど、おいしいかは……」
焦げても失敗しても、しょっぱくても蒼くんは笑顔でなんでも食べてくれる。「うんまー」って笑顔で。なんにもできない自分がたまに嫌になる。
「釣り合ってないなーって毎日自己嫌悪」
「釣り合ってない?」
「世界のギターリストの嫁として」
「でも、ゆりが結婚したのは、ギターリストやったからじゃないんじゃないの?」
「え」
「だから、そのー旦那さんも、ゆりが何者じゃなくても好きなんじゃない?」
わたしの方を見ず、真っ直ぐ前を向きながら言う類斗。信号が青になって、右に曲がると水族館についた。こじんまりとしているけれど、家族連れがチケットを求めて列を作っていた。
わたしは車から降りる。海を見て嬉しくなる。類斗が隣に来る。
「海のにおーい」
「浜辺行く?」
「いいの?!」
「おう。そうそう……」
類斗が荷台を開けると、ボールが出てくる。
「どっかで蹴ろうと思って持って来た」
サッカーボールを片手に、そして反対の手でわたしの腰に手を回す。
「やったー久しぶりやね」
わたしたちは駐車場を出て、ぐるっと回って階段を降りて浜辺に向かった。潮の匂いだ。んーってわたしは鼻から空気を吸い込む。
「F県でしょっちゅう海行ってたわ」
「え、いいなあ」
「サッカーで悔しかった時とか、むかつくことあったときとか。実はひとりで座ってた」
「へーいいなあ」
「で、夕日見ながらゆりに会いたいな。絶対に迎えに行こうって決心して家に帰ったり近くで練習したりしたわ」
高校生の類斗を想像する。傷ついた時に思い出して元気を出してくれていたなんて嬉しすぎる。
類斗が蹴ったボールがわたしの足元に転がる。わたしも蹴り返す。
体だけお互い大きくなったのに、気持ちは小学生からなにひとつ変わっていない気がした。




