すれ違い
私がエリオットの元へ通い続けて1ヶ月がたった。ついに痺れを切らしたのだろう、今日はローザリア大臣が執務室に現れた。
「 陛下、少しよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「後宮の事なのですが……」
大臣は長い前置きをつらつら述べた後、本題を語った。直訳すれば、そろそろ後宮内のバランスを考えて欲しいこと、1人の者に肩入れすべきではないこと、もっと言えば息子のガブリエルの立場を考えて欲しいとのことだった。
それを黙って最後まで聞いた私は手に持っていたペン先をバキっと折る。
「つまりお前は自分が王族に連なる者を選べる人間であると、そう思っているのだな?」
大臣は血相を変えた。
私は立ち上がり大臣の元へと進む。
「いいえ!そうではないのです!!ただ私は陛下に仕える者の意見を代表として……」
「随分と大きな主語だな。城の代表?今の言が城の者の総意として捉えてよいのか?もし嘘ならば相応の措置を用意するがよいか?」
折れたペンを大臣の首元に向ける。
最近女帝は丸くなったと言われていたからだろうか。大臣がここまで踏み切った意見を言ってくるのは初めてだった。
「申し訳ございません。出過ぎた真似をしました」
「とはいえ、ガブリエルのバラの宮にもしばらく訪れていないのは確かだ。奴の顔を立てることも必要だろう」
「はい」
大臣は目に期待を込め私を仰ぎ見る。
「よかろう。明日の昼ガブリエルの元へ行く」
「ありがとうございます」
全くもって人付き合いとは面倒くさい。因みに、ガブリエルと席を設けて話すのは初めてとなる。昼と明言したし、意味合い的には「お茶をしにいく」と言っているに近い。
(話題あるかなぁ……)
そもそも、ガブリエルは今までプライベートで女帝と深く関わってきた人物と言える。ボロが出ない様、ずっと天気の話でもしてようかな。
そして先触れはガブリエルの元へと向かう。
次の日、昼はガブリエルとお茶をし、夜はいつもの様にエリオットの元へ向かった。
「陛下!!」
「どうした?」
ユリの宮に着くと、エリオットが柄にもなくあつい出迎えをしてくれる。
「そんなに慌ててどうした」
「……ガブリエルと昼に会ったと聞きました」
お茶をしただけなのだが。そんなに思いつめた顔をされてはなにか一大事件があったかと思うじゃないか。
「顔を立てに行っただけだ。ただ今後バラの宮にも少しずつ顔を出そうと思う」
「それは、どうして……」
「少し気になることがあってな」
それは彼の立場を見やってのことではない。彼の側近でありこの物語の主人公、サクラを見つけてしまったからだ。
小説では、男爵であるサクラの父親が治める土地が女帝の政治放棄で荒れ、それをどうにかしようと女帝が入り浸っている後宮に彼女が潜入するという話だった。
小説よりも彼女が後宮にくる時期はずっと早く、またここにくる理由はないと言えた。
私は持てる時間の殆どを仕事に割いたし、国は良くなっている。付け入る隙は無いはずだ。
しかし、サクラをただ放っておくのは余りに危険だ。あくまで主役は彼女だ。物語が小説通りに進むのならどんな結果を出しても自分は吊るし上げられるのかもしれない。
そう考えてゾッとする。今は自分の出来るベストを尽くそう。
お茶会で見たサクラとガブリエルは、とても仲睦まじくやっていた。小説では、彼女は男装しての潜入中、後宮中の男共を大いにときめかせていた。流石のヒロイン力と脱帽するしかない。
ガブリエルとサクラのやりとりは付き合ったばかりのカップルに似たものを感じ、今回のお茶の時間は寧ろ疎外感さえ感じたものだ。
「ガブリエルは陛下にとって欠かせない存在なのでしょうか」
エリオットが私に尋ねる。他の男性についてここまで聞いてくるのは珍しい。
「お前、本当に様子がおかしいぞ。どうした?」
彼に触れようとした瞬間。エリオットは目を見開き私の手を払い、仰け反った。
「あっ……。」
エリオットは明らかにしまった、という顔をした。振り払われた手がジンジンとする。絶対におかしい。こんな拒絶反応をするなんて。
まさか、もうサクラと出会ってしまった……?
彼らしからぬ対応に酷く胸が痛い。
エリオットは私がこの世界で出会えた唯一の友人であり、私の話を聞いてくれる人だった。
彼は物語のヒーローだからと最初はあれ程警戒していたのに、こんなに心を許してしまった自分が情けない。
「妾とガブリエルのことが気になるか?それは何の為だ」
エリオットは何か言いたそうに口をパクパクさせた後下を向いて押し黙ってしまった。
情報収集。私の頭にはそれしか浮かばない。そういえば、原作通りに進むならば出会った2人は直ぐに意気投合し、後宮の調査をしていた。私になんらかの不備がないかサクラと調べているのだろうか?
彼が私に興味ないことなど、小説を読んで知っている。これだけ一緒に過ごしたにも関わらず私に触れてこないのがいい例である。
そこで私はあっ、と気づく。〝触れてこない〟その言い方では、まるで触れて欲しかったみたいだ。
私はエリオットのことを好きになっていた?
思い起こせば私のキラキラした思い出の中にはいつもエリオットがいた。いつの間に彼がこんなにも私の心の中に入り込んでいたのだろう。
私がもう少し早く自分の気持ちに、サクラの存在に気がつけたら何か変わっていたのだろうか。
彼を責めるつもりはない。
サクラはそれ程魅力的で、エリオットの隣が似合う人物だった。もし彼が後宮を出たいと言ったら私は喜んで受け入れよう。
「ガブリエルの側近のサクラという人物を知っているか?」
私の問いに、エリオットは少し戸惑いを見せた後、はいっと小さく答えた。
ああ、間違いない。物語は小説に沿い進んでいるのだ。
(そりゃ、好きな人がいるのにこんな立場じゃ辛いよね)
「今までご苦労だった」
私はそれだけ告げユリの宮を後にした。もう夜に彼に会いに行くことは無いだろう。




